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男というのはプライドが高い生き物なんだそうである。恋愛指南サイトには、男のプライドを傷つけちゃいけない、とか、プライドをくすぐって思い通りに操る方法、とか、男のプライドは高いってことを前提としたアドバイスが連ねられている。

20年近く前だったか、わたしが仕事を辞めて大学院に入り直した頃、母親や親戚から、「旦那さんに感謝しなさいよ」と言われまくって辟易した。中には「旦那さんはよく許してくれたねえ」とあきれ顔で言う人までいた。
もちろん、連れ合いがわたしの意思を理解し、応援してくれたことには、とても感謝している。今でも、末端とは言え、研究界隈にぶら下がっていられるのも、応援し続けてくれる彼のおかげだ。でも、親や親戚の言う「感謝」とは、そういう意味ではないらしい。

叔母の一人は言う。世の中には、女が学問をすることを快く思わない男性が多い。ましてや、大学院に結婚した女が行くなんて、とんでもないこと。自分よりも学歴の高い妻を、快く思う男性なんていない。あんたのやっていることは、世間的には非常識もいいところ。男性は、妻には自分より若く、小柄で、お馬鹿さんであって欲しいと思うもの。あんたの旦那さんはあんたの我が儘をきいてくれているのだから、感謝しなければならない、と。
大学院に入ったことを、わたしの「我が儘」と言われたことにはカチンときたが、反論したところで、世間とかなんとか、正当化する言葉を連発するのは目に見えていた。

叔母は、連れ合いの「プライド」のことを言っていたのだった。男のプライドを逆なでしているであろう姪っ子(わたしのことね)を、ハラハラして見ていたようなのだった。下手すりゃ、離婚の原因にもなりかねないくらいの気持ちで。いくらわたしが大丈夫だと言っても、平成のこの時代に、と言っても、譲らない。男のプライドを傷つけたらどうなるか。叔母たちの男性イメージは、彼女たち自身の経験に基づくものだということが分かるだけに、それ以上言うのは憚られた。本当は励まして応援して欲しい先輩女性から、この手の話を聞くのは、とても、ツライ。

組織勤めの頃の、エピソードを一つ。
仕事のポジションは、部内の試験に受かると上がるシステムになっていて、その受験資格は、「男女平等」に開かれていた。試験は、選択式、筆記、実技・面接。わたしと連れ合いは同じ試験を受けていた(わたしは、いわゆる職場結婚だったのです)。
選択式の試験には二人とも通り、筆記試験は……わたしは合格し、連れ合いは不合格だった。合否結果が発表されてしばらく、家の中にいやーな空気が漂っていたことは事実である。

しばらくして、わたしは職場の上司から呼ばれた。そして、上司はわたしに、次の実技・面接試験を受けるのかと聞いたのだった。夫婦が同じ職場で働いている場合、夫の方が先に昇進するのは問題がない。夫婦揃って昇進するのも、まあ、問題はないだろう。しかし、妻の方が先に昇進するのはいかがかものかという空気がこの職場にはある。男のプライドが傷つくだろうし、夫は職場でも居心地の悪い思いをするだろう。ここで受験を取りやめることもできるが、どうするか、意思を知りたい、と。え? 何、それ……。

妻は合格しても、落ちた「夫の」心情を慮って自分の試験を棄権して、二人揃って不合格になった方が、妻が合格して夫が不合格になるパターンより、職場環境的にもいいんじゃない、ってわけですか? それってわたしに失礼じゃない? わたしのプライド傷つけてない? わたしのやる気、削ぎまくってない?

そう思ってムッとしたわたしはまだまだ甘かったことを、その後に知る。上司は、わたしのことを気遣って、呼び出してくれたらしいのだ。本心は、夫より先に昇進なんてしたくないのに、夫のプライドを傷つけたくなくて自分は試験を棄権したいのに、組織の手前、それを言い出せないのではないか。言い出したら、上司からの心証が悪くなるとか、組織に迷惑がかかるとか、思い悩んでいるのではないか。自分からはそんなことを言い出せないと苦しんでいるのではないか。だったら、こちらから聞いてあげよう。夫のプライドを守るべく苦しんでいる妻(わたしのことね)に、棄権という選択肢があることを伝えてあげよう。なんと、わたしの気持ちを「先回り」して、呼び出してくれたらしいのだ。お気遣いありがとう、でも、そんなこと、一度も思ったことねーわ。

これ、逆だったら言うだろうか。妻が落ちて夫が受かった場合、夫の方を呼び出して、棄権することもできるよと、上司が告げるだろうか。あるわけない。そもそも、夫が先に昇進するなら問題がないけど、妻が先なら問題って、どういうことよ。「男女平等」の言葉が泣くよ。当然のことながら、わたしは続く試験を受けて合格し、連れ合いよりも先に昇進した。

こんなことはもう昔の話だと思っていたら、似たようなことを、地方都市に住む若い女性から聞いて、ああ、21世紀なのに、と頭を抱える。こんなにまでして守ってあげなきゃいけない男のプライドって、一体何なんだろうか。

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牧野雅子

牧野雅子(まきの・まさこ)

龍谷大学犯罪学研究センター
『刑事司法とジェンダー』の著者。若い頃に警察官だったという消せない過去もある。
週に1度は粉もんデー、醤油は薄口、うどんをおかずにご飯食べるって普通やん、という食に関していえば絵に描いたような関西人。でも、エスカレーターは左に立ちます。 

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