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  • 繰り返された虐待、相談現場に携わる者として思うこと

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千葉県野田市で小4の少女が亡くなった事件が発覚して1カ月近くになります。
女性相談に携わる立場から、この問題を考えてみたいと思います。

今回の事件は、少女がSOSを発していたことは誰が見ても明らかなのに、痛ましい結末を迎える結果になりました。学校や教育委員会も、児童相談所での一時保護を経た重大案件であったのに、支援者や専門機関ですら、彼女を救うことはできませんでした。

「危険性を予見できなかった。判断が合っていたとはいえない」「早く気づけず、残念。対応に不足があった」これらは、一時保護の解除や自宅への帰宅了承を判断した当時の児童相談所所長と現所長の言葉です。やりきれません。

子どもたちの命のカギを握っている最前線にいる人たちは、現場で直接身を削って対応にあたっているし、懸命に取り組んでいる人がほとんどです。直接少女の面会に立ち会ったり、ケースワークに動いた支援者にとっても、この結末は衝撃だったはず。自分たちの判断や対応を悔いて、自責感にさいなまれているかもしれません。そんな支援者へのケアも必要です。
こうなる前にできることはあったのに、繰り返されてしまった虐待被害。両親だけが罪に問われる問題では片づけられません。
やりきれない思いは募りますが、相談現場に携わる者として、私自身も身を律して考えなければならないことです。

昨日、公開中の映画『ジュリアン』(フランス)を観てきました。
離婚した両親の間で揺れ動く11歳の少年を通して、DVの暴力性、恐怖感が理解できます。私自身も、上映中ずっと張り詰めた緊張感がありました。最後にサイレントで出演者の名前が流れるのですが、なぜかわかります。このままでは立ち上がれないくらいのクライマックスの後、自分の呼吸を整える時間でした。

メディアでは、少女の名前や顔写真、母親の実名をあげてさまざまに取りざたされています。だけど、ここではどちらの名前も勝手に使わないでおこうと思います。

私は、亡くなった少女の母親A子さんのことが気がかりです。
A子さんの容疑は、夫の暴行を「把握していたが、容疑者を止めたり警察に通報したりしておらず、県警は共謀にあたると判断した」とされ、夫の虐待を「黙認したか同調した疑いがあるが、積極的な関与はない」(朝日新聞2019.2.5)とされています。

連日の報道で、事件の事実と経緯が明らかになっていますが、まだわからないことだらけです。
わかっているのは、父親が10歳の娘を暴行で死に至らしめたこと。娘の死を前にしても
「しつけだった。悪いとは思っていない」(朝日新聞2019.2.9)と言う父親。その夫から自らも暴力(DV)を受けていた母親が逮捕されたこと。

県警は、事件当時は「(母親は)暴力の支配下にはなかった」とみています。残念ながら、私の身近でも「被害者かもしれないけど、加害者でもある。逮捕はやむをえない」という声があります。
私たち女性相談の現場にいるものからすれば忸怩たる思いがありますが、捜査で事実が明らかになるのを待つしかありません。

メディアでは、まるで母親が見殺しにしたかのように、批判や正論をぶつ人もいます。
「どうしようもなかった」というA子さんの言葉は、非難の的です。こういった事件につきものの「母親のくせに」という世論の厳しさには慣れているものの、やりきれません。「子どもを守らなかった」と、まるで「積極的に」虐待に加担したと言わんばかりです。

はたしてそうでしょうか?
権限のある専門家や教育機関ですら、彼の攻撃におそれをなしたのですよ。目の前で恫喝され、すごまれたら、私だって恐怖で凍りつくでしょう。何かできる自信はありません。
ましてや、A子さんに何ができたでしょう?
A子さんは自分の身を守ろうとして、何もしなかったのでしょうか?
あえて夫の暴行を黙認し、幇助したのでしょうか?

A子さんに非がないと言っているのではありません。考えてみてほしいのです。
ここで問題をすりかえてほしくないのです。
娘が亡くなったというのに、自らの非を認めようとしない父親。度重なる暴力で、骨折させる、長時間立たせ続ける、寝かせない・・・残酷な拷問といえるほどのことが「しつけ」で通用するはずがありません。
誰もがおかしいと思うことに気づいていないのは、この父親だけです。そして、A子さんも夫の暴力に逆らえないまま、感覚がマヒしていったはずなのです。

DV支配下にある被害者心理を学んだ人であれば、「これ以上何を言っても聞いてくれない」と諦め、従い、無力化されていく学習性無力感・・・加害者はそこに満足感と優越感にひたっていく、その感覚が麻痺していく、さらに暴力がエスカレートしていく、そんな状態だっただろうということは理解していただけるでしょう。

A子さんに夫を制御できるはずもなかったでしょう。言われるままにするしかなかったのです。
だからと言って、「仕方なかった」ですまされるものではありませんが、被害者が加害者にされてしまう残酷さがここにあるのです。

A子さんはこの夫と一度離婚しています。どうして離婚したのか気になります。
そしてまた、どうしてヨリを戻したのか?
報道で知る以外は、これも私の「推測」でしかありません。
それでも、フェミカンや女性相談では、考えられることを想定しておく必要はあります。2017年2月に再婚したときは妊娠中で、その夏頃に次女を出産。復縁は、第2子の妊娠があったからかな、と考えられます。

ただ、A子さんが妊娠も復縁も、本当に望んでいたのかどうか、です。
そこに性暴力があったかはわかりません。でも妊娠、出産が誰にとって都合のいい切り札か、と考えると。元夫が復縁を望んでいたとしたら、性暴力や妊娠という形での支配の可能性も考えられます。
こういう相手から逃げるのは難しいし、中絶させてくれません。産むしかない状況に追い込まれる。自分の身体なのに、自分の意志がもてなくなる。

A子さんは次女を低体重で産んでいて、精神的に不安定になって入院しています。
復縁したものの、夫はやはり支配的でDVがあり、A子さんの妊娠期は不安定なものだったとしたら、子どもの発育も順調にはいかなかったはず。
そしてその頃、A子さんが「夫からのDVを受けている。(子どもへの)恫喝もあると聞いている」と親族が自治体に相談しています。
その時点で、彼女がDV被害者として、なんらかの支援を受けていれば、母子ともに夫の元を離れる(逃げる)ことができていれば、と思わずにはいられません。

A子さんは今、容疑者としての取り調べを受けているはずです。
彼女自身、自分の身に何が起きたのか、自分が何をしたか、今はまだ茫然自失の状態にいるかもしれません。それほど感覚がマヒしていることが想定されます。
あるいは、淡々と冷静に、他人事のように事情聴取に応じて、捜査員を驚かせているかもしれません。
いずれにせよ、彼女が健全で正常な状態にはないだろうと思えます。

もし叶うならば、ムリな注文だとは思いますが、捜査の取り調べというよりは、相談員からの聞き取りやカウンセリングができないものかと思うのです。いったいこの間、彼女に何があったのか、こんな結末を迎えることになってしまった彼女の人生によりそって、気持ちによりそって、話を聴くことができないものかと。
誰にも言えず、夫に従い、夫の命に背かず、いいなりになるしかなかったとしたら、彼女こそ被害者として、まず救済されなければならなかったはず。誰かがそこに手を差しのべていたら、彼女にもほかの選択肢があることに気づけたのではないか、ここから、この相手から脱出できるかもしれないという、一縷の望みをもてたのではないかと。

A子さんのすべてをかばうわけにはいきません。
だから、何度も考えています。
こうなる前に、A子さんに何ができたでしょう?
娘が暴力をふるわれることを望んでいたでしょうか?
それでいいと思っていたでしょうか?
自分を守るために、自分さえよければいいなんて、思ったでしょうか?

あなたともし出会っていたら? 何を話してくれたでしょう。
もし、あなたから本当の気もちを聴くことができていたら、何ができるかをともに考えることができたでしょうか。
「自分に暴力が向かないと思った」という言葉の裏に何があったかを、あなた自身に語ってもらいたいのです。
もし、誰かが、あなたが救いを求めていることを知って、その手立てができていたら・・・子どもの命も、父親を犯罪者にすることも、避けられたかもしれないのです。

 もしも、は今となっては言い訳です。私には何ができるかを考えながら、もう少し現場を続けようと思います。

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具ゆり(ぐ・ゆり)

フェミニストカウンセラー
フェミニストカウンセリングによる女性の相談支援に携わっている。
カウンセリング、自己尊重・自己主張のグループトレーニングのほか、ハラスメント、デートDVやDV防止教育活動など、女性の人権、子どもの人権に取り組んで20年あまり。
映画やミュージカルが大好き。
マイブームは、ソウルに出かけてK-ミュージカルや舞台を観ること。

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