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『日本会議の研究』著者の性暴力事件裁判、いよいよ判決。この事件から見えてくること、考えるべきこととは

山崎舞野2017.08.04

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 7月4日、私はその日東京地裁である裁判を傍聴していた。5年前に起こった、ある性暴力事件の民事訴訟が結審したのだ。被告は、菅野完氏。著書『日本会議の研究』で話題になった人物で、先頃は森友学園問題の籠池夫妻の取材を取り仕切る姿が、メディアに多く露出されていたので記憶にある人も多いかもしれない。
 事件が起こったのは今から5年前、2012年夏のことだ。被害者のAさんは、当時生活保護バッシングに対する意見広告を新聞に出す運動をしていた菅野氏にツイッター上で賛意を示し、数回のやりとりの後、直接一度会って挨拶したいという氏の希望により都内で彼と会った。氏は会うなりAさんに公安に追われている旨を記したメモを渡し、「今日一日ずっと尾行されている」「殺されるかもしれない」と怯えた様子を見せつつ、早急にPC作業をする必要があるのでAさんの自宅のパソコンを借りたいと申し出た。Aさんは戸惑ったが、その切羽詰まった様子からそれを承諾。ところが家に上がると菅野氏はパソコン作業をしながら「眠たい、セックスしたい」とつぶやきはじめ、その後いきなり彼女を押し倒し、悲鳴を上げる彼女にキスをしようと強引に顔を押しつけてきた。Aさんの両手を押さえつけるように上半身を密着させた菅野氏は、「ほんまに怖いねん、だっこして」とAさんにせがんだため、犯される恐怖に怯えた彼女は、逃れたい一心で菅野氏の背中に数回両手を当てたところ、菅野氏はようやく体を離した。その後も「おまえとセックスしたい」などの性的な言葉を繰り返す菅野氏に対し、Aさんはできる限り氏の神経を逆なでしないように平静を装って接し、なんとか家を出て行かせるだけでせいいっぱいだった。(以上原告側の裁判陳述書より概要を抜粋)
 菅野氏の電話やツイッターを通じたストーキング行為はその後も続いた。今回の裁判で最後の意見陳述に立ったAさんは、事件以来、知らない男性と二人きりになるだけでも体が緊張し、加害者に似た男性を見かけるだけでも、冷や汗が止まらず呼吸も苦しくなる日々が続いていること、5年間カウンセリング通院しており、それまで就いていた仕事も辞めざるをえなかったことなどを訴え、被害が過去のことではなく「現在進行形」で続いていると述べた。
「私の全ての時間を奪ったと言っても過言ではない、この忌まわしい出来事に対して私は泣き寝入りしないことを選びました。ボロボロだった私はきちんと闘えるまでに3年の月日を要しました。それもまた、完全に回復したわけではなく、民事訴訟においては時効が成立してしまう、という理由から止むに止まれず辛い体調のままスタートさせました。」(Aさんの意見陳述より)
Aさんは本裁判で200万円の損害賠償を求めているが、菅野氏は、本件を報道した記事が流布したことで社会的制裁を受けたとして「本件で認定されるべき損害額は5万円を超えることはない」と被害を軽視する見解を示している。

<もうひとりの被害者>

 Aさんがそうだったように、性暴力の被害者にとって、告発の声を上げるということは想像を絶するほどの勇気が必要なことだ。「なぜ被害当時に声をあげず今ごろになって声をあげるのか」という物言いは、性暴力告発者に向けられる典型的な二次暴力だが、心ない言葉に傷つき、自分を責め、世の中に自分の味方などひとりもいないような孤独感に襲われる中、カウンセリングを受けたり、友人や家族など周囲の強いサポートなどがあったりして、やっと声を上げられるところまで来られるかどうか、というのが現状だろう。
 実は、菅野氏に関しては他にも被害者が存在する。そのひとりがBさんだ。彼女もまた、被害を長い間口に出せずひとりで苦しんできた。「Aさんひとりに告発させて、自分は何もできなかった」という申し訳なさがずっとあったが、今回のAさんの告発と今回の裁判結審で、ようやく前を向く決心がついた、と、今回初めて詳細を語ってくれることになった。
 Bさんもまた、Aさんと同じく菅野氏ががツイッター上などで語っていた反原発運動に共感し、ネット上やメールで数回やりとりした後に、菅野氏と電話で話すことになった。2012年8月のことだ。初めての電話で、菅野氏はインターネット上で様々なバッシングを受けていることで「参っている」と彼女に訴えた。女性に性的暴行を加えたというような「冤罪」をかけられているとも語っていたという。これはAさんの事件のことだ。Bさんは突然の話に驚きつつも、彼の話すことをそのまま真に受けてしまったと言う。しかしその後話を続ける中で、菅野氏は突然「自分はセックス依存症なので、性の処理をしてくれる人を求めている」と言い出した。それはBさんに対して「その相手になれ」と言わんばかりの物言いだった。
「初めて話す私に対して性的関係を露骨に要求するような物言いで、それがあまりに悪びれない態度だったため、その時の私は平常を装おうと思う気持ちと、その露骨さに対する反発心のような気持ちもあって、その程度の物言いでひるむ自分ではないと、極めて冷静に、どこか露悪的に振る舞ってしまったと思います。今思うと、もうその時点で彼のしかけたマインドコントロールのようなものにに引きずられてしまった気がします」(Bさん)
 それ以来、菅野氏は、毎日のように電話やメールで彼女にさまざまな要求をするようになった。電話の量もメールの量も尋常ではなく、時には電話の途中でタクシーで乗り付けてやってくることもあった。氏はBさんに対し様々な要求をしたが、その多くはネット上で彼を「バッシング」する様々な輩に対して、菅野氏を擁護するような書き込みを書け、反論のツイートを書け、というような彼への「援護」を強要するものだった。Bさん本人のアカウントだけではなく、架空のアカウントを作ってそれを行うよう指示されることもあった。日々の電話やメールは日増しに多くなり、ひどいときには一日中10分おきに何度も電話がかかってくることも。対応をしなかったり断ったりすると、泣き落としのような、恫喝のような物言いで執拗に電話やメールを繰り返す状況が続いた。Bさんは疲れ果て、菅野氏にコントロールされていく状況を自覚しながらも、それに抗うことはできなかった。
「自分の頭で思考するということができず、彼の要求に応えられない自分が悪いのだ、と思い込むようになっていました。」(Bさん)。

 ある時には「デモで身近な知人が体を触られた」という虚偽のツイートをするように強要されたこともある。その「被害」を弁護士に訴え出ろとも要求された。「事実ではないことでそんなことはできない」と拒否すると、「自分のアカウントで書けないのなら別アカウントを作って広めろ」などと強要されたという。
「私と同じく彼に命令されてネット上だけではなく身近な人間関係に<このように言え>と言われたり仕向けられたりし、結果的に情報操作に協力させられていた人は多かったと思います。自信のない、弱い人間に近づき、弱みを見せたり恫喝したりしてコントロールする。それで私のように参ってしまった人も男女を問わずいました」(Bさん)
 大量の電話やメールによる菅野氏の執拗なアプローチに疲労困憊し、心身を病んだBさんは、周囲のサポートもあって、菅野氏と距離を置くことを決意、電話も着信拒否した。しかしそのころから、一日何度も非通知の無言電話がかかるようになった。電話の主が誰だかはわからないが、追い詰められ心身疲れ果てた彼女をさらに追い詰めるには十分な量の無言電話だった。菅野氏との関わりを断った彼女に対して、氏は彼女や、彼女をサポートする友人に対しても、彼らを貶めるような事実ではない情報を流し、周囲を巻き込みながら追い詰めていった。Bさんや友人らを外側からも追い詰め、社会的な居場所を奪っていくようなやり方だった。
 助けを求めて相談した相手に「菅野氏が特に女性に対して問題のある人物だということはみんな知っているのに、関わるほうが悪い」と返されたこともあった。何よりBさん自身が「自分が悪いのだ」と長く思い込んでいたこともあり、Bさんはますます怯え、疑心暗鬼になった。睡眠障害で眠れず、外出時も過呼吸症状が出るなど、外出するにも辛い状態が続いた。
 この5年の間にも、Bさんは菅野氏の名前や顔をネットで見るだけで激しいフラッシュバックに襲われ体調を崩してしまうことが続いていた。特に、菅野氏が注目を浴びメディアでの露出が増えた今年春ごろからは、再び心療内科の治療やカウンセリングを再開、投薬が欠かせない日々だ。菅野氏に対し、法的手段に出ることを何度も考え、専門家に相談したこともあった。しかし、被害の立証の難しさや、この問題について話したり思い出そうとするだけで体調や精神状態が悪くなり、頭に霧がかかったのようにぼんやりしてしまうという状況だった。結局、法的な声を上げることができないまま現在に至っている。
「Aさんひとりに告発させて、自分ができなかったことをずっと申し訳なく思っていた」と、Bさんは未だ体調の優れぬ中、取材に協力してくれた。その勇気に感謝したい。だがそれでも残念なことに今の日本では、性暴力やハラスメント被害に対しては「本人が直接顔を出して訴える」ことをしない限り、その被害は事実上「存在しない」ことにされてしまう。Bさんの被害や苦しみをこのまま「なかった」こととして終わらせるわけにはいかない。

<性暴力被害を勝手に「判定」する輩たち>


 今回、渾身の勇気で法に訴えたAさんもまた、凄まじい二次被害にあっている。個人情報をさらされるアウティング被害にも遭い、「たかが押し倒されたくらいで」「ハニートラップではないか」などと、被害を矮小化する心ない物言いも受けた。被害届を出そうと何人もの弁護士と相談したが「警察に届けても聞いてくれないだろう」「逆に二次被害を受けるのでは」と止められた。それでも被害届を2016年6月に提出。現在も捜査は続いている。
 今年5月、元TBS記者山口敬之氏から準強姦被害を受け、名前と顔を出して告発した詩織さんも、被害を届け出た警察や病院でも屈辱的な扱いを受け、ネット上で今も凄まじい二次被害を受けている。
Aさんは今回の意見陳述で、詩織さんの訴えを「自分のことのように理解できる」と強く共感を示し、「もう二度と、誰かに同じ思いをさせたくない、性暴力被害についてもっと話せる社会にしたい」と訴えた。
 しかしその思いにすら「実際にレイプされた詩織さんと一緒にするな」という罵倒が飛んでくる。#FIGHTWITHSHIORI というハッシュタグをつけながら、「この被害者はOK」「この被害者はNG」「○年前のことを今言い出すなんて怪しい」「売名行為だ」と日々好き勝手な「判決」を下している「にわか裁判官」があまりにも多すぎる。書いた本人は単なる「つぶやき」のつもりでも、その言葉はそのまま凄まじい二次暴力となり、被害者を襲う。これもまた、今の日本においては、見慣れた風景だ。
 SNS上の反応を見ていても、安倍政権の圧力で被害を握りつぶされた詩織さんは応援できるが、今話題の日本会議本を出した菅野氏の事件を大声で言い立てるのは「ネット右翼」たちがほとんどだから「相手にするのもばからしい」というムードも感じられる。菅野氏の事件を冷静に批判する人たちもいるが、大きな反応が返ってくることは少なく、時には「そんな批判はネトウヨを喜ばせるだけ」と揶揄する声すら伝わってくる。性暴力で裁判係争中だったり、著名人の過去の性的暴力について被害者が告発する例があっても、その人物が今のメディアにとって重要な人物であれば「それはそれ」「これはこれ」と割り切られる。そんな例はこれまでも多くあった。
 「魂の殺人」と言われる性暴力への告発は、告発すると決めたときから、多くの被害者にとってある程度の二次被害は、覚悟の上のことだ。むしろその渾身の告発に対して、それを矮小化したり、被害の大きさを勝手に比べて分断したり、加害者とされる人物の政治的な立ち位置によって「応援」したり「黙殺」したりを自由に使い分けるダブルスタンダードを平気で行うような仕打ちこそが、被害者の魂を二度も三度も「殺す」ことに繋がるのだ。
 既に受けた傷をさらに広げて塩を塗られるような凄まじい二次被害を覚悟の上で、なぜ被害者たちは告発の壇上に立つのか。その答を、Aさんは意見陳述の最後に、涙をこらえ、まっすぐ前を見つめて伝えていた。その渾身の言葉を最後に引用したい。
「性暴力被害というのは、一人一人違う個別の案件であり、その一人ずつに計り知れない痛みがあって、『レイプ神話』を信じ込んで語ったとき、被害者がどう感じるのか考えてほしい。そしてそれがまた、被害者の口を封じることに繋がり、加害者を利することになるのだ、ということを知ってほしい。そして、(二次被害など)今話したこと全てが「性暴力被害」であり、その日、その時起こったことだけが加害ではない、ということを知ってほしい。
 あの日以降私に起こったことを、被告は「自分には関係ない」と言うかもしれません。「法的には関係ない」、と。でもそれが起こること、その全てが「性暴力」であり、人の人生を壊すのが性暴力です。女性の人権を語るのならば(※菅野氏はツイッターなどで女性の人権についても言及している)、こんな当たり前のことは知っておいてほしいと思います。
 勇気をくれた詩織さんに私は続きたい。そして私が、同じように黙らされている誰かに勇気を与えられることを信じて、裁判官に公正な判決を期待します」(※筆者補足)
 この渾身の訴えの後には、告発を諦め、傷つき、黙らされた多くの被害者たちがいる。第三者の私たちにできることは、当事者の渾身の告発を、少しでも多くの人に届けること。同じような思いを抱える人たちへと確実なネットワークをつなげていくこと以外にないのではないだろうか。
本裁判の判決は8月8日に言い渡される。

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