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ニュイ・ドゥブー(共和国広場占拠運動)

中島さおり2016.04.25

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 「ここで何が起こっているか、君は知っているか? パリのレピュブリック(共和国)広場に何千人もの人が集まり、いまやそれはフランス中に広がっている。3月31日以来ずっとそうなのだ。人が議論し意見を交わすところに会議が生まれ、一人一人が言葉とパブリック・スペースを自分のものとして取り戻している。
 理解されることなく代表してもらってもいない人間たちが、あらゆる分野からやって来て、我々の世界の未来について自分で考えるようになった。政治はプロに任せる仕事ではなくて、みんながやるべきことだ。人間こそが、指導者の関心の中心であるべきなのだ。ひとりひとりの利害の方が、一般的利害より大事なのだ。
 毎日、我々は何千人と集まってパブリック・スペースを占拠し、我々の場所/広場を共和国の中に取り戻そうとしている。君たちも我々に合流し、共通の未来をともに決めようではないか」


 これはフランスで今、起こっている新しい広場占拠運動Nuit Deboutのマニフェストだ。Nuit Deboutは日本の大新聞で統一した訳語が存在しないらしく、ネットで調べても個人のブログや在フランス日本語メディアやネットメディアがそれぞれに「立ち上がりの夜」「夜通し起きて」「夜明かし」「夜立ち上がれ」とバラバラな訳語をあてている。Nuitは「夜」、deboutは「立って」の意味と「目覚めて」の意味のある副詞で、形容詞的に使われると「立ち上がった」という意味になり、間投詞として使われると「立ち上がれ」という意味になる。なので、まあ、そういう全部の意味を内包していると理解していただきたい。

 マニフェストがよい説明になっている通り、そこでは政治家ではない普通の人々が社会をどうするか議論している。話し合いたい議題をプラカードに掲げて、人が集まればそこに「委員会」が生まれる。そんな直接民主制の実験室のような場所だ。委員会の例を挙げれば、メディア委員会、住居委員会、アクション委員会、移住委員会、フランスアフリカ委員会、フェミニスト委員会(今回の記事中、フェミニズムに関することはここだけで御容赦!)、気候/エコロジー委員会などなど、これで終わりではない。そして毎日、18時からは総会が行われる。広場にはテントが並び、Radio Debout 、TV Deboutのような独自のメディアも創設され、食べ物の屋台も出て、小さな街のようなお祭りのような様相を見せる。警察に言われて夜中には撤去しなければならないテントが、翌日になるとまた現れる。4月20日には350人のアマチュア・オーケストラが「新しい世界」の象徴としてドヴォルザークの「新世界」を演奏した。

 始まりは3月31日だった。その日、パリでは今年何度目かの大規模な労働法改悪反対デモが行われたが、その参加者がデモ終了後に帰らず広場を占拠したのだ。彼らは、左派的傾向の地方独立系新聞Fakir(ファキール)の編集長、フランソワ・リュファンが撮った「Merci Patron!(社長さん、ありがとう!)」という、マイケル・ムーア張りの映画、フランス一の金持ちLVMHのベルナール・アルノーを相手どり失業者の窮状とその救済の試みを追う感動的かつユーモア溢れるドキュメンタリーを大画面で上映した後、議論をし続けて広場を去らなかった。「寝袋を持って集まれ」という呼びかけがSNSを通じて行われていたのだ。呼びかけたのは、それより一月ほど前に、「Merci Patron!」の上映会に集まった、Fakirのメンバーや学生、社会活動家などの人々だった。彼らは労働法改悪反対デモを初めとする頻繁なデモの盛り上がりを通じて、それらをひとつの新しい動きにまとめる必要を感じていた。

 2011年5月にスペインの「インディグナードズ(怒れる者たち)」がマドリードのプエルタ・デル・ソル広場を占拠したり、同年9月にニューヨークのOccupy Wall Street(ウォールストリートを占拠せよ)運動が始まったとき、フランスでは同様の運動が起こらなかった。翌2012年に大統領選を控え、フランス人たちはまだ政権交替による変化に希望をつないでいたからだったかもしれない。しかし政権交替後、オランド大統領率いる社会党政権は、左翼とは思えない右寄りの政策で完膚なきまでに人々の希望を裏切り続けた。極めつけが今回の「労働法改正」だ。社会党自身が導入した「週35時間制」を実質なくす方向を打ち出し、レイオフを容易にしたり、解雇補償に上限を設定したり、残業手当の削減を容易にしたりと、経営者が大喜びする内容で、左翼政党に投票してきた人々の離反を起こしている。
 そういうなかで、既成政党の政治に失望した若いフランス人たちが、代表民主制を疑問に付す形で、新しい政治的動きを始めたと考えられる。

 Nuit Deboutの特徴は、上の年代を排除はしないが中心が20代、30代であること、そしてなんといってもリーダーがいないことだ。彼らはリーダーに率いられた運動として政治的に回収されることを極端に恐れているらしい。それは、Nuit Deboutの行方にどう作用するのか、人々の疑問が集まっている。最初に呼びかけた人々の思惑すら超えて、ひとつの方向への収斂がむずかしくなっているようだ。しかし、広場を占拠して話し合っているだけでは世界を変えることはできない。イングディグナードスがポデモスを生んだような何かがNuit Deboutから生まれるのかどうか。あるいは別の何かが?

 フランソワ・リュファンは、5月1日のメーデーに、Nuit Deboutは労働組合と共同で行動を起こし、改正労働法を撤回させると言う。
 既成政党による政治が人々の信用を失い、新しさを求める人々を極右勢力が吸収していく中、この若い新しい運動がどこに向かい、何を成し遂げるのか、他人事ではなく感じている。
 

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中島さおり

中島さおり(なかじま・さおり)

エッセイスト・翻訳家
パリ第三大学比較文学科博士準備課程修了
パリ近郊在住 フランス人の夫と子ども二人
著書 『パリの女は産んでいる』(ポプラ社)『パリママの24時間』(集英社)『なぜフランスでは子どもが増えるのか』(講談社現代新書)
訳書 『ナタリー』ダヴィド・フェンキノス(早川書房)、『郊外少年マリク』マブルーク・ラシュディ(集英社)『私の欲しいものリスト』グレゴワール・ドラクール(早川書房)など
最近の趣味 ピアノ(子どものころ習ったピアノを三年前に再開。私立のコンセルヴァトワールで真面目にレッスンを受けている。)
PHOTO:Manabu Matsunaga

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