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フランス女性三世代、意識の変化はどこで?

中島さおり2018.03.26

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 ある日、ボルドーのブルジョワ家庭の一室に三世代の女性4人が集まって、セクハラ、性暴力について話をしていた(という記事が『ル・モンド』に載っていたので要旨を紹介しよう)。

 祖母、マリ=ジョゼは78歳。痴漢に遭ったことは何度もあるけれど、そんなことは「大げさに考える事じゃない」と言う。ただ、10年くらい前、同僚の運動療法士とすれ違うたびに胸を触られたのは嫌な思い出だ。とうとう「あんた、私が年寄りだってこと分からないの?」と言ってみたがそれでも止まず、しまいには湿疹が出るようになってしまった。

 娘のマリー(50歳)とヴェロニク(54歳)は「お母さん、それはセクハラ!」と言うが、マリ=ジョゼは理解しない。「いえ、悪い人じゃなかったのよ。知り合いだし」。娘たちは訴えを起こすべきだと言うが、マリ=ジョゼは、「こんな話、知られたくないし、警察に話すなんて恥さらしなことできるわけない」と拒む。隣で16歳の孫クロチルドは「そんな奴は罰を受けて当然。私なら警察に突き出す」と言う。

 おばあちゃんのマリ=ジョゼは50年代に教育を受けた。小学校から高校まで男女別学だった時代だ。公教要理を習いに行っていた教会では神父に「男性を挑発しないように気をつけなさい」と教えられた。男は何かしても当然、気を惹いた女性に咎があるという常識だった。その後、フランスでは1967年にピルが解禁になり、1975年に中絶が合法化され、結果、性の自由化もたらされるが、性革命の時代にはマリ=ジョゼはすでに母親になっていた。

 この60年代70年代を通じてフランスの社会道徳は大きな変化を遂げたのだが、そのメルクマールとなるのが1968年の五月革命である。ちょうど今年は2018年で1968年から50周年で、この3月22日は、パリ郊外のナンテール大学で5月革命の始まりとなる事件が勃発したとされている日だ。当時、男子生徒は女子寮に入るのを禁じられていたので、自由に行き来する権利を主張して学生が立ち上がったのが始まりとされている(実際は他にも色々な要求があったし、これ以前に他大学での動きもあって、もっと複雑だが)。五月革命についてはまた書く機会もあるだろうから、ここではこれだけに留めておく。

 さて、現在50代の娘二人は、五月革命当時には子どもで、青春時代には既にピルも中絶も勝ち取られており、性の自由化の恩恵を自然に受けた世代だ。彼女たちより一世代上が、性革命の渦中に青春を送り、一世代下になるとエイズの流行が若者の性行動を一変して慎重にさせるのだが、この家族にはどちらもいないようだ。そして、ヴェロニクの娘のクロチルドは、♯balancetonporc,♯metooが世界を席巻した2017年に16歳を迎えた。

 その♯metoo運動について、マリ=ジョゼは「被害体験を話したのは良いことだと思うけど、やり過ぎはよくない。何年も何十年も昔の話を蒸し返して、なにが得られるというの?」と冷ややかだ。道でヒューっと口笛を吹かれたりするのを「路上ハラスメント」と呼んで告発するのには、マリ=ジョゼは当惑して「私の若い頃にはそんなことで名誉が傷つけられたとは思わなかった」と言う。それに対してフェミニストでもある娘のマリーは、「私は侮辱されたと感じる。物として扱われていると思う」のだと反論する。

 マリーとヴェロニクにとっては、自由に話せるようになったのは歓迎すべきことだ。「2018年ですよ。言えるようになるまでこんなに時間がかかったとはね。」とヴェロニクはしみじみと言う。

 実際、考えてみれば♯metooがこんなに広がるまでに、フランスでは少しずつ変化が進んでいたのだ。2011年に当時欧州銀行総裁で次のフランス大統領選候補と目されていたドミニク・ストロス=カーン(略してDSK)が、ニューヨークのホテルで清掃係の女性に対する性的暴行で訴えられたとき、世論はあまり彼に厳しくなかった。昔、ブルジョワ家庭の主人や息子が女中に手を出すというのはよく行われていたため、「結局のところ女中に手を出しただけだろう」というようなことを口にする人もあった。しかし今やそんなことを言う者はいない。悪いのはやった男の方だ。犠牲者のイメージも変わって来ている。DSKの手癖の悪さは有名で、ニューヨークの事件の他にも多くの犠牲者があったが、同年、ジャーナリストのトリスタヌ・バノンが彼のレイプ未遂を訴えたときは、「嘘つき」「売名行為」と言われ、信じてもらうために「完璧な犠牲者」になるべく、肌を露出する服、ビキニ、ハイヒールなどを身につけなかった。今はそんな必要はない。語る者は「沈黙を破る者」と呼ばれ、「強い」「勇気がある」というイメージに変わった。

 そんな意識の変化はいつ起こったのだろう? まず文学が先頭を切った。クリスチーヌ・アンゴ、ヴィルジニー・デスパント、アニー・エルノー… そして2013年、自らもレイプされた経験のある国会議員、クレマンティーヌ・オテンが先導して「私はレイプされた」という313人のマニフェストが発表された。2016年には、エコロジー党のドニ・ボーパンが複数の犠牲者によって告発された。こうしてこの7年の間に、フランス人たちの意識は少しずつ変わって行ったのだ。ドニ・ボーパンを告発した女性の一人サンドリーヌ・ルソーが、女性たちに被害経験を語ろうと呼びかける自著を紹介しに来たテレビ番組でクリスチーヌ・アンゴに非難されて涙ぐんだ事件は、意識の変化をよく語っている。このとき、世間は圧倒的にサンドリーヌ・ルソーを支持したのだが、このとき、自らも父親の性暴力の犠牲者でありそれを書いたことのあるクリスチーヌ・アンゴは、「性暴力の問題は、女が一人で抱え、一人で解決するしかない」と言って、犠牲者の言葉の聞き役になれる人材を育てようと提案したサンドリーヌ・ルソーに食ってかかったのだった。
 ハリウッドでワインスタインが告発され、♯balancetonporc♯metooの運動がフランスを席巻したのはその直後のことだった。

 「これで、告発をしても頭がおかしいとか、女のほうが挑発した面もあるとか、よくあることとか言われなくなるようになった」とマリーは言う。
 その彼女が、実は15歳の時に、知人の家庭でベビーシッターをしていたとき、20歳も年上のその知人に夜中にベッドに忍び込まれ襲われた過去を持っている。ずっとトラウマになっていたが3年前に告訴をした。

 マリーもヴェロニクも、そのことを若いクロチルドには話していない。娘をできるだけ女であることの不利を感じさせずに育てたいと思っているヴェロニクも、マリーの体験のことを考えるとどうしてもクロチルドに「気をつけるように」と言わずにはいられない。少女は無邪気に「私は絶対に性暴力など許さないし、もし何か起こったら警察に訴える」と屈託ないけれども。

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中島さおり(なかじま・さおり)

エッセイスト・翻訳家
パリ第三大学比較文学科博士準備課程修了
パリ近郊在住 フランス人の夫と子ども二人
著書 『パリの女は産んでいる』(ポプラ社)『パリママの24時間』(集英社)『なぜフランスでは子どもが増えるのか』(講談社現代新書)
訳書 『ナタリー』ダヴィド・フェンキノス(早川書房)、『郊外少年マリク』マブルーク・ラシュディ(集英社)『私の欲しいものリスト』グレゴワール・ドラクール(早川書房)など
最近の趣味 ピアノ(子どものころ習ったピアノを三年前に再開。私立のコンセルヴァトワールで真面目にレッスンを受けている。)
PHOTO:Manabu Matsunaga

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