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第7回 雨宮処凛 「化粧する私が化粧する男が好きな理由」

雨宮処凛2015.04.23

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 すっぴんを見せられない。メイクしないで外出なんてもってのほかだ。数少ない私のすっぴん目撃者は、「詐欺だ!!」と憤慨する。それらいの落差がある。体調が悪い日、午前中にすっぴんで病院に行き、午後にフルメイクで同じ病院に薬を取りに行った時などは、同一人物と認識されなかったこともある。

 今回、「化粧する私」という原稿を書くにあたり、今まで考えたこともなかった「化粧」について、考えた。気がつけば、毎日毎日ほぼ休むことなくしている化粧。一言で言うと、私は化粧するのが大好きだ。それは自分のすっぴんが地味すぎるから。だけど10代まではそんな貧相な素顔を晒して生きていたわけで、しかし、化粧をするようになった瞬間、私の世界はがらりと変わった。

 一言で言うと、他人の態度が変わったのだ。それは男性一般の態度もそうだけど、「メイク」は私にとって、別の意味も持っていた。私のメイクの入り口は、コスプレだったからだ。

 好きなミュージシャン一一ぶっちゃけるとX JAPANのYoshikiやLUNA SEAのSUGIZO一一になりたい!! と熱望していた10代の頃の私は、毎日毎日穴の空くほど彼らの載った音楽雑誌を眺め、彼らの顔に少しでも近づくよう、彼らと同一化できるよう、ヴィジュアル系特有の厚化粧をしては深夜一人、悦に入っていた。可哀想な女子高生もいたものである。

 使うのは安物の「ちふれ化粧品」。当時は今のように100円ショップにコスメなど売っていなかった。地肌より数段白いファンデーションを塗りたくり、目元にはもはや「殴られた人」みたいな紫のシャドーを親の仇のように乗せ、唇に黒い口紅などをぎっとり塗ると、鏡に映る自分は普段の地味で存在感のない自分とはまったく違った。それだけでドキドキした。それだけで、彼らに近づけた気がした。

 そんな夜を繰り返す中で、私はメイクにハマっていった。メイクによって、憂いの表情や目力の強さなど、いろんなことが表現できると知ったのだ。そうしてメイクの腕を上げていった私は、学校のマラソン大会の日には「ナチュラルゾンビメイク」で登校。私の顔を見た瞬間、教師は「大丈夫か? 顔色が悪いぞ」とマラソン大会参加への辞退を促した。

 世を欺ける!! それが化粧するようになった私の最初の発見だった。
 同時に、ヴィジュアル系メイクを深夜の自室でするだけでは飽き足らなくなり、レースのカーテンで自作したYoshikiの衣装などを身にまとった上にフルメイクをしてコスプレ仲間と街を徘徊する、という活動にも打って出るようになった。

 そんな姿で街を歩けば、みんなが注目するのだった。時には汚物を見るような視線の大人たちもいたけれど、それすら誇らしかった。20代を迎える頃、気がつけば私はコスプレをしなくなり、だけどメイクはずっとしていた。その頃から、私のメイクは「女コスプレ」だった。

 清楚っぽくしたり、派手にしたりするだけで、本当に面白いほどに他人の態度は変わる。そうして20代なかばでゴスロリを始めた途端、もっと極端に世間の態度は変わった。ゴスロリを着ていた十数年間、私はひたすらにモテず、一言も発語してないのに常に「不思議ちゃん」扱いされ、一度もナンパされず、宗教の勧誘やキャッチセールスにひっかかることもなく、一度足りともセクハラ被害に遭わなかった。しかし、当時でも普通の格好をすると、ナンパされたり宗教に勧誘されたりセクハラに遭ったりするのだ。自分の見てくれを変えることによって、バカバカしいほど鮮やかに反転する世界。それは私に「どうしようもなく信用できない世界や他人」を再確認させてくれるものだった。

 だけど、私は化粧を落とせない。すっぴんの自分が、どれほど世間から冷たくあしらわれるか、知っているからだ。今まで付き合った男も、フルメイクとすっぴんの時では、明らかに態度が違った。フルメイクでは許されるワガママが、すっぴんだと許されない、なんてことが何度もあった。まぁ人間、そんなものである。

 一方で、私は無性に「化粧をした男」が好きである。数年前まで「好みのタイプは?」と聞かれたら、「自分より細くて白くて自分より化粧が濃い男!」と即答していた。随分とストライクゾーンが狭すぎるが、今もやっぱり、「メイクした男子」は好きだ。

 といっても「その辺の男がメイクした」だけではもちろんNG。やはりヴィジュアル系バンドに限るのだ。しかも最近のヴィジュアル系の進化は凄まじく、全員が全員、完璧な肌を持っている。ブログなどを見れば毎日パックをするなどお肌のお手入れに余念がなく、時々酔っぱらってメイクを落とさず寝てしまう私などは足下にも及ばないのである。

 かなり前のことだが、そんな男子と付き合ったことがある。普段からやはり「肌」にかける情熱は驚くほどで、「撮影の一週間前からはお酒を一滴も飲まない」などのストイックぶり。それはそれで「すごいなー」と思っていたのだが、ちょっと引いたのは一緒に温泉に行った時のことだった。それぞれがお風呂に入ったのだが、部屋に戻ってもなかなか帰ってこず、「もしやのぼせて倒れているのでは?」と不安にかられ始めたところ、彼はいつにも増してつやっつやのお肌で戻ってきた。「一体こんなに長く何してたの?」と聞くと、「パックしてた」という。男湯の、脱衣所で。
「え・・・」と言葉を失う私に、彼は「人の目気にするより自分の肌気にしろってことよ」という名言なんだかよくわからない台詞を吐き、またしてもお肌のお手入れを続けたのだった。

 どうして「化粧する男」(普段からしていなくていい)が好きなのに、私はあの時、引いたのだろう。そしてそもそもどうして私は「化粧する男」が好きなのだろう。

 たぶん、彼らも「見られる」立場として必死だからなのだ。本人の内面や人格なんか暴力的なほどに後回しで、まずは見た目に人気が大きく左右される世界の人々。ヴィジュアル系の世界は、「普段男がやってることを堂々と女ができる数少ない世界」でもあって、まずは見た目で徹底的に「値踏み」される。そのために、男たちは美しく装い、綺麗な色に染めた長めの髪をセットし、煌びやかな化粧でバンギャ(ヴィジュアル系ファンの総称)の心を掴もうとする。そしてバンギャたちは、彼らに序列をつけ、点数をつけ、時に辛辣なダメ出しをする。そんな時、私の心はささやかな復讐心に似たものに震えている。ザマアミロ。どうしていつも、少しだけそんなふうに思ってしまうのだろう。どうしていつも、そんな後ろめたさを抱えながらステージを見つめているのだろう。

 私は今後もずっと、化粧し続けるだろう。そして化粧をし続けている限りはずっと、「化粧する男」が好きだと思うのだ。

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雨宮処凛(あまみや・かりん)

1975年、北海道生まれ。
作家・活動家。
00年、 自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版/ちくま文庫)でデビュー。
以来、「生きづらさ」についての著作を発表する一方、06年からは格差、貧困問題に取り組み、取材、執筆、運動中。
07年に出版した『生きさせろ! 難民化する若者たち』(太田出版/ちくま文庫)はJCJ賞(日本ジャーナリスト会議賞)を受賞。
著書に『プレカリアートの憂鬱』(講談社)、『雨宮処凛の闘争ダイアリー』(集英社)、『14歳からの原発問題』『14歳からわかる生活保護』『14歳からわかる生命倫理』(河出書房新社)、『小心者的幸福論』(ポプラ社)、『何もない旅 何もしない旅』(光文社文庫)、『排除の空気に唾を吐け』(講談社新書)、小説『バンギャル ア ゴーゴー』(講談社文庫)、『バカだけど社会のことを考えてみた』(青土社)、『命が踏みにじられる国で、声を上げ続けるということ』(創出版)など多数。最新刊は『仔猫の肉球』(小学館)。
「反貧困ネットワーク」世話人、フリーター全般労働組合組合員、「こわれ者の祭典」名誉会長。

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