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捨ててゆく私 Vol.41「祭りのあと」

茶屋ひろし2007.09.02

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(長くなってごめんなさい。前回の続きです)

彼女は玄関で、私に家の中を見られないようにするためか、仁王立ちになりました。
私は玄関の脇に掛けられた手書きの表札を見て、初めて苗字を知りました。とりあえず私は中川さん(仮名、でも苗字はもう忘れました)に、自分の名前を言いました。
「あの、もう少し静かにしていただけるとうれしいのですが・・」
私がそう切り出すと、待ってました、とばかりに、彼女は子どもたちを呼びつけました。
「この子たちがうるさいって言うんでしょう、今、謝らせますから!」
後ろから子どもたちがやって来ました。中川さんは、私に向かって子どもたちを並ばせようとします。
「いや、そうではなくて・・」
よくわからない展開の早さに戸惑うと、部屋の中から「ねえ!」と女性の声がしました。
見ると中川さんと同い年くらいの女性が座ったまま私の顔を見ています。どうやらみんなでご飯を食べていたところのようでした。
「あなた、子ども産んだことあるんですか!」
その女性がそう言った途端、「ミチコは黙っとき!」と中川さんが大声で彼女を制しました。とっさに私は、(ないわよっ!)と心の中で叫びました。
でもそれで、わけのわからないなりに、私も体勢を取り戻しました。
「いえ、お子さんのことはある程度仕方がないと思っているので、そんなでもないんです・・」
言いかけると、中川さんはすぐに次の口上を切り出します。
「そうや、多かれ少なかれみんな我慢して生きてるんや。それをなんやの、ここの人たちは、陰で大家に文句言ったりして気持ち悪いわ!」
ええ? と私が首をかしげると、
「あなたもこないだウチを覗いてたでしょう。ちゃんとわかっているんよ。そういうことは止めてちょうだい!」
と言います。さすがに私も腹が立ってきて、
「覗いてなんかないわよ! なに言うの!」
と、ついオカマちゃん口調で叫びました。すると沈黙が降りたので、覗きとはなんのことか、と思いを巡らせました。わかりました。早口でその旨を告げます。
「あ、あれは、洗濯物がお宅の裏に落ちて拾いに行こうとお宅の玄関をノックしたらお留守のようだったから裏に廻って取りに行っただけよ。覗いたなんて言うけどカーテンは閉まっていたはずよ!」
それは、ちょっと後ろめたい出来事でした。
それから、ムゥーー、といった感じで、二人の間が膠着しました。
するとその足元に、あのキャンキャン吠えていたダックスフンドがやってきました。私はやっと本題に入ることが出来ました。
この子が部屋で吠え続けていたことを言うと、「この子は吠えません!」と、中川さんに即、反撃を受けます。「人がいないと吠えるんです!」と私も断言で返すと、「わかりました! じゃあ出かける時は必ず連れて行くようにします!」と、やっと話がまとまりました。
お互いに荒い息を吐きながら、私が最後に「ここは犬を飼ったらダメなんですよね」と言うと、「来月には出て行きますからご心配なく!」とぴしゃりとサッシのドアを閉められました。
なんというか、その勝負は、迫力負けでした。生活負けというか・・。

中川さんにじっさいに会ったことで、私は彼女の抱えている生活のイメージに襲われました。
夫と離婚したかどうかはわからない。けれど彼女は子ども三人と犬一匹を連れてこのアパートにやって来た。きっと部屋を見つけることも困難だったと思われます。やっと住み始めたアパートに、その夫か今の恋人かわからないけれど、男が訪ねてきては喧嘩をする。周りの住人から苦情が来る。そんな中、毎日、朝は上の二人の子を小学校へ送り出し、下の子を幼稚園に車で送り、家事をこなし、夜はスナックに勤めている(たぶんミチコは同僚)。

彼女が全身で私に言っていたのは、「オマエに何がわかる!」だったと思われます。
私を含め周囲の住人が中川一家の生活音に悩まされていたのと同じくらい、彼女も周囲の住人たちの動きに敏感で、それらを自分の家に立ち入らせないように、踏ん張っていたのかもしれません。

二丁目の夏祭りで、ゴミ問題に悩むバイトちゃんを前にして、私は京都の過去を思い出しました。
「善悪や常識で判断するから怒りが収まらないんじゃない?」と、私は適当なことを言ってバイトちゃんをあしらいましたが、祭りの明けた朝方、バイトちゃんは45?Pのゴミ袋3個分のゴミを拾ったそうです。
「それでもおっつかないくらいだったけど、あとは他の人にまかせたの」
そう言って笑うバイトちゃんは、なにか吹っ切れたような感じでした。
そう、ゴミを捨てる人を悪人や敵に見立てるより、目の前のゴミを、あまり何も考えずにさくさく拾う方が、精神的にはいいような気がします。
けれど、今の私が、あの頃と同じように、コンビニの店員をやっていて店先にゴミを捨てられたら・・、隣に住んでいる人の犬の鳴き声がうるさくて夜も眠れなかったら・・、その相手と良好なコミュニケーションが取れるかと言うと、やっぱり難しいかもしれません。思わず喧嘩腰になってしまうかもしれません。
でも、今の私も、あの中川さんの喧嘩腰には負けると思います。


(長い話を最後まで読んでいただき、ありがとうございました!)

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茶屋ひろし

茶屋ひろし(ちゃや・ひろし)

書店員
75年、大阪生まれ。 京都の私大生をしていたころに、あたし小説書くんだわ、と思い立ち書き続けるがその生活は鳴かず飛ばず。 環境を変えなきゃ、と水商売の世界に飛び込んだら思いのほか楽しくて酒びたりの生活を送ってしまう。このままじゃスナックのママになってしまう、と上京を決意。 とりあえず何か書きたい、と思っているところで、こちらに書かせていただく機会をいただきました。 新宿二丁目で働いていて思うことを、「性」に関わりながら徒然に書いていた本コラムは、2012年から大阪の書店にうつりますますパワーアップして継続中!

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