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捨ててゆく私 Vol.64 「二丁目の朝日」

茶屋ひろし2008.02.20

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「二丁目の朝日」という映画が、今、公開されています。「三丁目の夕日」という作品からつけたタイトルだと思われます。現在の二丁目を描いたのではなく、赤線時代の二丁目の話のようです。私はどちらもまだ見ていません。

いつか見るかなー、とあまり興味なく思っていたら、職場のオーラちゃんが、「四丁目の夕日」というマンガを紹介してくれました。山野一という人の作品で86年に出版されたものです。「ガロ」に連載されていたようです。これも、「三丁目の夕日」を意識したタイトルだと思われます。

というか、「ガロ」のマンガはひさしぶりです。学生時代にいくつか読んだきり、ここ何年かはすっかり遠ざかっていました。絵をみた瞬間に、「ああ、ガロだ・・」と思いました。パラパラめくっていると、かなりスプラッターなシーンが目に入ったので、読めるかな、と迷いましたが、読み始めると引き込まれました。二日酔いで、しかも仕事中なのに、一気に読んでしまいました。読んだあとはしばらくその世界から抜け出せませんでした。

大乗仏教的ですらある不幸の無間地獄・・と文庫版の裏表紙に紹介されています。意味がわかるような、わからないような・・ですが、そんな感じもします。

?? 東京の下町の「四丁目」にある自営の印刷工場。そこの長男である主人公のたけしは公立高校の3年生。父親がことあるごとに、「俺は無学でつらい思いをしたからオマエは大学に行け」とたけしを煽ってきました。そのために父は多額の借金をしてまで独立したのです。たけしは父の期待通りに進学校で10位以内に入る秀才です。
他の家族は、母と、妹(中3)と、弟(小5)。

ある日の夕方、母親が工場兼自宅の裏庭でゴミを燃やしている最中にゴミの中にあったスプレー缶が爆発して大怪我を負います。
それから次々と不幸が一家を襲います。そのたびに、どんどん行き場をなくしていく主人公を物語は追っていきます。
「格差社会」という言葉がこんなに流行っていなかった時代です。「学歴社会」という言葉はありました。けれど、いくら勉強ができてもお金がなければどうにもならない、という現実に、次々に起こる不慮の事故という不幸が拍車をかけていきます。だんだん、主人公たけしの精神は壊れていきます。
長男だから、男だから、しっかりしなければならない、と、たけしを支えていたはずのプライドはふりかかる不幸によってあっさり取り外されてしまうのです。

今月11日に起きた足立区の「一家心中」の事件とシンクロしそうになりました。
妻と母を殺害し、次男の両手首を切り落とし、長男には手をかけず、自害した男の事件です。でも、けっきょくシンクロしませんでした。マンガのたけしは、外されたプライドにすがるようなことはしなかったからです。ただただ、一人で壊れていくのです。
さきほどから、ふりかかる不幸、とか、簡単に書いていますが、それがどんなものなのかはうまく書けません。社会と個人のありようが一致せず、その矛盾に巻き込まれてしまうこと、など、説明しようとするとよくわからないものになっていきそうです。
少し話は変わりますが、去年の12月に「カミングアウト・レターズ」という本が出版されました。(RYOUJI+砂川秀樹*編、太郎次郎社エディタス)

子から親へ親から子へ、生徒から教師へ教師から生徒へ、カミングアウトを巡る往復書簡がいくつか編まれています。
その本の帯に、ある母親の手紙から、「まるで『俺、人を殺してしまった』と言われたように響いた」という一文が抜粋されています。息子からゲイだ、と告げられたときの気持ちのようです。
そんな馬鹿な、と思いましたが、そうなのか、とそんな現実も受け入れてみました。

同性愛者であることが、殺人罪と同じ意味を持つということでしょうか。同性愛は病気の一種で、この社会には同性愛者など存在しないという社会で生きてきた母親にとって、息子の一言は何かを殺したのと同じだったのかもしれません。それは、彼女の生きてきた社会への否定となったのでしょうか。

マンガ「四丁目の夕日」は、結末で怒涛の展開をみせ、最後はささやかな希望を残して終わります。
私は仕事を終えて、二日酔いも消えたので、いつも行っているお店へ飲みに行きました。
カウンターに三体の、紙で出来た小さな人形がありました。誰かが持ってきたという台湾からのお土産で、カミングアウト人形、だそうです。マスターの説明によると、この三体はそれぞれのカミングアウトの状況を示しているということです。
ひとつめの人形は、クローゼットの上に立って拡声器を持っています。ふたつめは、開いたクローゼットの前に座り横笛を吹いています。みっつめはクローゼットから出てきていますが、顔を扇で隠しているというものでした。
マスターは最初、みっつめから順にカミングアウトの三段階を示していると捉えたようです。クローゼットから出てきたが顔は見せない?そのうち笛を吹く余裕がうまれる?ついに堂々とゲイだと言えるようになる、といった具合です。
「でも違ったの。これはそれぞれ別の人たちなんだって」
と、マスターが説明をしてくれました。

拡声器の人は、ゲイだと公言している、それによって、なんだなんだと人が集ってくる。笛吹きは、言葉ではなく音楽を通してそれとなくカミングアウトをしている、そしてそれを聞きに来る人たちが集る。扇の人は、外ではカミングアウトをしないという状態を選んでいる、でも顔を隠しているということは、その周りには人がいるということ。
三体の人形は、クローゼットから出たあとのそれぞれの社会との関わり方を現している、ということで、どれが一番いいということではない、という話でした。
私は、どれが一番不幸というわけでもないんだな、と思いました。

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茶屋ひろし

茶屋ひろし(ちゃや・ひろし)

書店員
75年、大阪生まれ。 京都の私大生をしていたころに、あたし小説書くんだわ、と思い立ち書き続けるがその生活は鳴かず飛ばず。 環境を変えなきゃ、と水商売の世界に飛び込んだら思いのほか楽しくて酒びたりの生活を送ってしまう。このままじゃスナックのママになってしまう、と上京を決意。 とりあえず何か書きたい、と思っているところで、こちらに書かせていただく機会をいただきました。 新宿二丁目で働いていて思うことを、「性」に関わりながら徒然に書いていた本コラムは、2012年から大阪の書店にうつりますますパワーアップして継続中!

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