ラブピースクラブはフェミニズムの視点でセックスグッズを売り始めた日本で最初のトーイショップです。Since 1996

母としてのわたし

北原みのり2008.05.19

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私は、母親になった、と思う。
猫との生活のなかで。
 
 
少し前まで私は、猫や犬のことを子どものように扱い目をのぞきこんでは「ママでちゅよー」とか言う人を、「あらま」というような気持ちで見ていたはずだった。その「あらま」には様々な感情が含まれているけれど、赤ちゃんごっこかよ、という冷笑が80%で、残りの20%はその人との関係とかその人のパーソナリティによって変化するいろいろな感想ではあるけれど、決してポジティブなものではなかった。
 
 
少なくとも私はペットとの関係で自分をママだと感じたことはなかった。犬と人間の間にしかうまれない絆を、”親子”というような俗っぽい関係にしたくない、という思いがあるし、自分より先に死ぬことが運命づけられているペットを「子ども」という風に考えるのには無理があるように感じていた。
 
 
それなのに。猫との関係の中で・・・。私は自分を「これはもう、母であろう」と規定するしかない状況になっている。お母さんごっことか、家族ごっことか、そういう「ロールプレイ」というには、あまりに深刻に母、になっているのではないか、と。
 
 
ある日のこと、ハチ(2歳。去勢済みの長毛猫。のんびりとしたやさしい性格。)がニャニャニャと高い声をあげながらソファに座っている私の足下にやってきて頭をゴリゴリと足にこすりつけてきた。甘えたい、という合図である。よーしよーしなんでしょー、とハチの耳の下のあたりをコリコリと掻くようにしながら(猫はこのあたりがいつも痒いのだ)抱き上げたとたん、ハチの口元に何やら見知らぬ黄色い液体がくっついていた。それは、明らかに、不吉な色、であった。
 
 
なに食べた!!!!????
 
 
その時、とっさに私がとった行動は、自分でも信じられない。私はハチの口元に指をやり、その液体を躊躇なく舐めていたのであった。
タバコか、腐ったなにかか、洗剤か、それとも?!
なにも考えていなかった。ハチが悪いものを食べてしまったのではないか、という恐れで瞬時にとってしまった行動であった。
 
 
果たしてそれは、ハチのゲロだった。
 
 
おどろいたのはその後で、ゲロだと分かった瞬間に私は「あ、ゲロ。よかった食べたものじゃなくて」とほっとしたあまりに力がぬけたのであった。そしてフツーに口をゆすぎ、ハチの吐瀉物を探して捨てた。ただただハチが悪いものを食べていないことがわかった安心感で満たされていた。
 
 
え? 私、ハチのゲロを舐めたの? 気持ち悪くない?
と気が付いたのはそれから1時間くらい経ったあとであった。そう考えた瞬間、口の中がすっぱくなり、具合が悪くなったような気になった。そして思う。私の行動は常軌を逸したのではないか、と。
以前、友人が食卓に犬を座らせ一緒にご飯を食べたり、自分が食べているものを箸をつかって犬の口元にもっていったりなどしたのをみてから、その人に会うたびに、犬の体臭が蘇ってくるようになった。粘液を交換するというのは最も親密な関係において可能だけれど、種が違う場合は生理的に不可能である、という認識が私にはあったはずなのに。
 
 
それなのに。
 
 
粘液の交換をいとわず、何も考えずに行動する自己犠牲的匂いがプンプンする愛! これをすなわち「母」と呼ぶのは乱暴かもしれない。それでも、私が「子」として受けてきた「母からの愛情」を思うとき、それは拒絶しがたく、ある意味で権威的であり、とてもおしつけがましく、怖いほどに優しく、差し迫ったものであり、有り難すぎて、だけれどもどこか哀しくて、同じ女として戸惑う・・・そういう「愛」の形と、私が取った行動はとても似ているのじゃないか、と思うのである。そういう「愛」をもつ精神状態を、母(大文字のMOTHER、という感じで)、というのであるとしたら、私は猫との関係で、母になってしまった・・・と。
 
 
ちなみに、パートナーのモッコチャンは母にもならず、もちろんパパにもなっていない。モッコチャンは「おばあさん」としてのアイデンティティを、猫たちに対して発揮しているようである。それは、「近代的な教育をする母親に対し、前近代的な放任主義と当然のように労働を強いる、厳しく古いおばあちゃん」というような立場として。例えば私がハチの嘔吐を口にした、と聞いたモッコチャンが言ったことは、「まったく、甘やかして」という反応であった(意味不明)。そして、ハチに対し、「やたらとゲロ吐くんじゃないよっ!」と怒ったのである。
 
 
先日、友人のライター、吉田潮さんのブログを読んだらこんなことが書いてあった。起きたら飼い猫のお尻が目の前にあったのだが、お尻の穴があまりにもかわいかったので思わず舐めてしまったよ、と。
いやだー、それは無理ぃいーと、コンピュータの前で笑っていたらハチが来たので、ためしにお尻の匂いをかいでみた。あまりに臭くて、吐き気がしたのだけれど・・・しかし、その臭さがどういうわけか嬉しいのであった。生きてるね、ハチ、うんちしたね、ハチ、という思いか。
「母」とは病気、ということであるかもしれない。
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北原みのり

ラブピースクラブ代表
1996年、日本で初めて、女性だけで経営するセックスグッズショップ「ラブピースクラブ」を始める。
著書に「はちみつバイブレーション」(河出書房新社1998年)・「男はときどきいればいい」(祥伝社1999年)・「フェミの嫌われ方」(新水社)・「メロスのようには走らない」(KKベストセラーズ)・「アンアンのセックスできれいになれた?」(朝日新聞出版)・「毒婦」(朝日新聞出版)など。佐藤優氏との対談「性と国家」(河出書房新社)・最新刊は香山リカ氏との対談「フェミニストとオタクはなぜ相性が悪いのか」(イーストプレス社)など。

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