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「こんな風に過ぎて行くのなら」

茶屋ひろし2010.01.28

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浅川マキさんが亡くなられました。
大学生の時に初めて彼女のアルバムを聞いて以来、ずっと好きです。歌の世界もさることながら、ジャケットに印字された曲のタイトルを眺めているだけで、なぜか落ち着きます。
「夜が明けたら」「ふしあわせという名の猫」「淋しさには名前がない」「愛さないの愛せないの」「あんたが古いブルースを歌えと言うから」「今夜はオーライ」・・そして今回のタイトルに拝借した「こんな風に過ぎて行くのなら」。
大学生だった頃のある日、学校の友達(マキちゃん、と言う)の家で、ノブコという友達と三人で、夕暮れ時に、浅川マキの一枚目のアルバムをかけながら、赤ワインを飲みながらダラダラ過ごしていた記憶が鮮明です。ワインにどうかと思うけどこれしかなくて、とマキちゃんがカボチャの炊いたのをアテに出してくれました。なにを話していたのかは覚えていませんが、三人でそのアルバムを繰り返して聞きながら、なんだか穏やかで幸せな時間だったような気がします。冬だったか、小春日和でした。
二年前に新宿でマキちゃんに再会したときに、ふと思い出して、その記憶を話してみると、「そうそう! なぜか私も、あの時のことをよく憶えている」と投合しました。
当時私が入っていたゼミの教授も、浅川マキが好きでした。社会学を受け持っていた彼は六十歳くらいだったでしょうか、全共闘や日米安保で闘ってきた人でした。下宿の近所にあった教授の家に遊びに行ったときに、夫婦で浅川マキのファンだということを知りました。彼女は彼の元教え子で小学校の教師をしていました。二人して、浅川マキのCDは同じものを必ず三枚買うというコレクターでもありました。保存用、観賞用、視聴用だそうです。
学生たちを招いてご飯とお酒を振舞うのが好きな人たちで、私もしょっちゅうお邪魔しました。食事が済み、お酒の席になると、照明が落とされて、浅川マキのCDやレコードがかけられました。「もう、この人も声が出てないんだけどね」と言いながら、教授はそれでも嬉しそうにブランデーを飲んでいました。私も酔いながら聞いていると、音楽と一体化した気分になりました。
その後、順当に酔っ払い生活を続けている今でも、この世に浅川マキとトム・ウェイツがいてくれて本当に良かった、なんて、とつぜん感謝してしまいます。二人が酔いを正当化してくれているような気分になるのです。
二丁目で働き始めた年の終わりに、ビデオ屋から歩いて一分のところに、浅川マキさんが毎年、大晦日公演をするライブハウスがあることを知って感動しました。行ける、見れる、と生で彼女を見たことのなかった私は興奮しました。周囲のゲイたちに話してみると、知らないか、知っていてもあまり関心がないようでした。
研ナオコやちあきなおみは好きなのに? 金子由香利も戸川純も聞いてきた人が、なぜ? と疑問に思いました。
自虐、自嘲、自意識過剰、演出過剰、といった要素が、浅川マキの世界にはないせいかしら、と今では思います。
浅川マキの世界は、スーパークールです。ほとんど男との関係について歌っているのに、べったりとした情がありません。突き放すというより諦めて、孤独で、乾いています。けれど、その闇の中に温もりを感じます。
ライブハウスは超満員で、一番後ろで人に押されながら、歌う姿を拝見しました。真っ黒な長い髪に、真っ黒なサングラス、真っ黒な衣装、煙草を吹かしながら、歌っていました。ジャズバンドをバックに、歌っているのか語っているのか、もはやよくわかりませんでしたが、曲が変わっても、たぶんずっと同じことを歌っているんだろうな、なんて思いながら聞いていました。心地よい時間でした。
こんな風に過ぎて行くのなら いつか また 何処かで なにかに出逢うだろう
好きな一節です。この先も口ずさんでいくんだろうな、と思いながら、追悼です。
私がよく行くゲイバーは曜日によってカウンターに入る人が変わります。ある曜日のゲイ男子は、私と同い年の、セクシュアリティのバリアフリーみたいな人で、もともとお店のコンセプト自体にそういうところがありますが、彼の日に来るお客さんも多様です。
先日お店に行くと、ノンケ男子が一人でカウンターにいました。少し年下の、スポーツ新聞の記者です。もともとそういう人だったのか、バーテン君との付き合いで変化したのかわかりませんが、とてもゲイフレンドリーです。最近の私は、バイセクシュアルの男に会ってみたい、と意味もなく思っていて、記者は女好きだと言うのにバイに見立て始めました。「男とは、絶対に、エッチは無理なの?」と無理めな質問をすると、彼は「そういう状況になったことがないからわからない」と答えました。「じゃあそういう状況になったら無理じゃないかもしれない?」と聞くと、「そうですね、まずはデートして手を繋ぐところから始めていただきたいです」と笑いました。
そこへ入ってきたお客さんは、見た目は女性で体は男性の人です。40歳、体は男のままでいいそうです。体以外は異性愛者の女性で、異性愛者の男性を好きになるそうです。最近知り合った男性とデートを重ねるうちに、いよいよ今度のデートでラブホテルに入ることになりそうだ、ということでした。その男性には、体も女性だと思われているそうです。ホテルに入る前に「実は(体は)男なの」と言うべきか、ホテルに入ってから言うべきか、悩んでいました。ホテルに入ってそうなりかけた時に言ったほうが、もしかするとそのまま勢いでセックスできるかもしれない、と無責任にけしかけてしまいました。その男性が、「異性愛者過ぎない人」であることをバーテン君と三人で願っていると、記者が腰を上げました。
記者と入れ替わりで入ってきたのは、大阪から来たゲイ男子で初来店でした。32歳の彼は、男同士のパートナーシップへの興味と、カミングアウトしたあとの親との関係と、「性同一性障害」への関心について、たくさん話しました。その合間に、先ほどのお姉さんが帰りました。大阪の彼は、男同士は長続きしないものだと思っていて、親には結婚をあきらめてもらうという罪を犯して、男が好きな男は最終的に「女」になるしかないのか、とテレビに出てくる「オカマ」たちを見ていると思ってしまう、と語りました。「いろんな人に会うと楽になるんじゃないか」と応じました。
それで、夜も更けて酔いも回ってきたので、私は帰ることにしました。

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茶屋ひろし(ちゃや・ひろし)

書店員
75年、大阪生まれ。 京都の私大生をしていたころに、あたし小説書くんだわ、と思い立ち書き続けるがその生活は鳴かず飛ばず。 環境を変えなきゃ、と水商売の世界に飛び込んだら思いのほか楽しくて酒びたりの生活を送ってしまう。このままじゃスナックのママになってしまう、と上京を決意。 とりあえず何か書きたい、と思っているところで、こちらに書かせていただく機会をいただきました。 新宿二丁目で働いていて思うことを、「性」に関わりながら徒然に書いていた本コラムは、2012年から大阪の書店にうつりますますパワーアップして継続中!

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