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「一般社会のゲイ」

茶屋ひろし2010.08.06

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「ウチの会社には、僕を含めてホモが三人、レズが二人いるんですわ」
と、営業口調で語り始めたのは、先ほど知り合ったばかりの、聞けば同い年の人でした。ゲイバーのカウンターで隣になりました。
「それでウチの社長が、ホモは病気だから病院へ行けつって、みんな、社長命令で精神科に通わされてるんですわ」
マジすか。
しばし時間が止まりました。
まず、自分のことをホモって言ったー、という軽く驚きました。私が二丁目で聞く自称には「ゲイ」が多くて、「私はビアンじゃない、レズです」という友人はいるけれど、「僕はホモ」という人にはあまり出会いません。あ、間違えました。います。「オネエ言葉」の文脈で、「ウチらホモだしー」と、昼間の通りで酔っ払った店子たちがノンケのお客さんをからかっているような状況には、よく出会います。隣に座っている彼は「オネエ」で使っていません。ふだんから「ゲイ」よりも「ホモ」を使用している印象です。新鮮な気分になりました。
次に、「ホモが三人、レズが二人」いる会社に、レインボーカンパニー? となんだか嬉しくなりました(虹色はセクシュアルマイノリティーの象徴です)。社員が十五名の建築事務所だそうです。
社内でそのことは公然だということで、聞きようによってはセクシュアリティに開かれた会社のようにも思えます。
けれど、その社長によって「それは病気」と診断されていて、そのことも公然だというオチに驚いてしまって、少し思考が止まってしまいました。
診察券を見せてくれました。
「これ持っていると、電車とバスが無料なんだ」と言います。
診断名を聞くと、「ホモセクシュアルだよ」と答えました。
嘘でしょう~! となぜか爆笑してしまいました。
「ほんとだよ」と少し悲しそうな顔になって、ジーンズの尻ポケットから、ほら、と錠剤を取り出しました。安定剤のようです。
どこの病院? と診察券を確かめます。下町の個人病院です。うーん、と唸りました。本当なのでしょうか。精神医療の世界で同性愛は病気ではないはず・・と、私は聞いていたはず・・。妙に自信がなくなります。
それで、あなたは病気だと思っているの? と尋ねると、「思ってないよ。僕はホモだけど病気じゃないし」と笑顔になりました。
「じゃあ、その薬はどうしてるの?」
「飲まずに捨ててる。だけど、病院に行かないと社長がうるさいんだ。医者は、僕がホモだということで社長に気をつかってストレスがたまっている、みたいな診断をして薬を処方しているんだ。それに会社の保険を定期的に使うことも社長に都合がいいみたい」
電車もタダだしね! ってそうなの? そうなんだ・・、っていうかその社長はなんなんだろう、と、頭がバーコードで脂ののったオッサンを想像していたら、オバサンでした。性別じゃないか、こういうことは。同性愛を病気だと思っている人が社長で、そこで働くにはそんな社長の意向にも沿わないとやっていけないということか、とようやく落ち着いて納得しはじめました。
そう、「納得」です。無知が差別を助長することはわかっているつもりですが、この話にはなんだかあまり差別を感じませんでした。
この社長も彼のためを思って病院に通わせているのだろうし、それがわかっていながら本人もそれに従っていて、あえて「病気じゃない」と主張も抵抗もしないで、必要のない薬は飲まないで、電車をタダで乗って、給料日に二丁目で飲むのが楽しみで、「社長がうるさくて」という話っぷりもすでに何度か酒の肴にしてきたような様子で、とくに不都合はない、そういうふうに生きている、という印象でした。
なんとなく、会社で、「僕はホモ」と言えている時点で、大方のストレスが解消されているんじゃないか、ということで、いい話にも思えました。「病気」にしているのは社長くらいで、他の社員たちは彼がホモだということで、だからどうの、ということもないそうです。
「ないない。仕事キツイしさぁ。若いやつらは給料もらったら、すぐパチンコとキャバクラ行って使い果たして泣きついてくるんだよ。貸してやるけどさぁ、あいつらにメシ食わせねえわけにはいかないからさぁ」
酔いがまわってボスキャラになりつつある彼に、それってやっぱり、あなたが「ホモ」っていうことでなめられているんじゃないの? という疑問がふと浮かびましたが、飲み込んで、人が良くてちょっとダメな人だ、と思うことに止めておきました。
先日ひさしぶりに飲み友達に電話をしたら、「最近ぜんぜん二丁目に飲みに行っていない。近所のノンケのバーで飲んでいる」と言います。
二丁目のゲイバーが苦手になってきたそうです。要約してみると、「ゲイだけの空間に、ゲイにしか通じない記号があふれていて、それは性的な欲望を意味していて、それに乗らないと浮いてしまって、楽しめないことが嫌」ということのようです。
その点、近所のバーではそういう心配がなくて楽しいそうです。
まあ、そうでしょう、という話ですが、「じゃあ、その近所の店では、オカマ、って言われているでしょう」と聞くと、「そうだよ。へっちゃらだけど」と笑います。
そして、「一般社会ではオカマは底辺だから、そういう扱われ方が当たり前で、そのほうがホッとする」と続けました。
違うわよ、それはオカマだから底辺なのではなくて、あなたが個人的にそういうふうに扱われるのが好きなだけよ、と思いましたが、遠慮深くて身の程をわきまえた人だわ、と思うことに止めておきました。
「一般社会」での「ホモ」や「オカマ」の演出にもいろいろあるようです。なにかしら、「男らしさ」から逃れるために使われているような気がしないでもありません。

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茶屋ひろし

茶屋ひろし(ちゃや・ひろし)

書店員
75年、大阪生まれ。 京都の私大生をしていたころに、あたし小説書くんだわ、と思い立ち書き続けるがその生活は鳴かず飛ばず。 環境を変えなきゃ、と水商売の世界に飛び込んだら思いのほか楽しくて酒びたりの生活を送ってしまう。このままじゃスナックのママになってしまう、と上京を決意。 とりあえず何か書きたい、と思っているところで、こちらに書かせていただく機会をいただきました。 新宿二丁目で働いていて思うことを、「性」に関わりながら徒然に書いていた本コラムは、2012年から大阪の書店にうつりますますパワーアップして継続中!

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