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「親族の希望」

茶屋ひろし2010.10.29

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チリの鉱山で起こった落盤事故のニュースを見て、鉱員たちが無事救出されていく姿に、本当に良かったねー、大変だったねー、と思いながらも、「チリ万歳!」の歓喜の叫びを聞くと、そこなの? と喜びの意味がわからなくなって、現場にテント村をつくって住んでいた鉱員たちの家族の映像を見るたびに、なぜか違和感を覚えます。
二十代から六十代までの三十三人の鉱員たちはすべて男で、誰かの父親で、誰かの息子で、誰かの夫です。心配して救出を待っている家族は、誰かの母親で、誰かの子どもで、誰かの妻です。
有り得ないこととは思いつつ、もし私があの現場にいたとしたら、独身の男で鉱員という立場がギリギリで想像できるところかしら・・、いや、家を出て独身で生活しているという設定がもはや有り得ないことで、今回の事故にあった鉱員の男たちは、安全が保障されていないような、危険で、だから高額の仕事に就く以外に選択肢がなくて、それは「家族」を養うためと同時で、なぜかそれが即、国家に繋がって「チリ万歳!」で・・、あ、そうか、と気がつきました。
私はこのニュースの中に、自分を投影できる存在がいなくて、見ていて、どうしても意識が遠のいてしまうのかもしれません。
でもそれって人としてどうなのかしら、と思います。
地に足がついていない、と時々人に言われますが、「新しい家族」を持つこと、「それでつながったすべての家族」を大事にすること、「その家族たち」のために働くこと、が出来ていたら、そうは言われないような気もします(大変・・)。
九月の終わりに、母方の祖母の一周忌で、高知県へ行ってきました。去年、祖母が亡くなったときは、葬式に行けませんでした。その時に、私と同じく参加できなかった孫たちが何人かいたようで、母の兄が、「来年の一周忌には親族一同が集れるようにしよう」と提案したのでした。
祖母には私の母を含めて四人の子どもがいて、それぞれが結婚をしていて子どもがいます。それが私を含む孫たちで、私のいとこにあたります。
今回は、おばあちゃんへの供養はもちろんですが、子どもの頃以来会っていなかったいとこたちに会えることも楽しみにしていました。いとこは数えると私を含めて十人います。三十代から五十代です。そのうち結婚した人は三人です。あとの七人は結婚していません。
「もしかすると、中にはゲイがいるかもね」
と、職場のオーラちゃんと話していました。
夕方に高知の伯母の家に着くと、すでに宴もたけなわで、よく見ると、楽しみにしていたいとこは、私たち兄弟を含めて全部で七人でした。全員とまではいかなかったようですが、全国からよく集ったものです。
平均年齢が七十何歳の伯父や伯母たちの間に挟まれて、結婚していない中年の子どもたちは、矢継ぎ早に、「いつ結婚するか」を問われています。
この場を仕切っている母の兄が、「親の法事でもない限り、こうしてみんなが集ることもないからな、あとはお前らが結婚してくれたら、またこうした機会も増えるというもんや」、みたいなことを言います。
「おい、ひろ(私のこと)。早う、結婚してくれんと、もうわしらもこんな年で、なかなか結婚式に行こうと思っても、行けんようになるぞ」と笑います。
来なくていい、と結婚の予定もないまま思いますが、集りたいのか? と真意を計りかねました。結婚しても式はあげるかどうかはまた別問題だし、これはもう、なにもかもがいっしょくたになっている、と感じました。
三年前に祖父の法事で訪れた時は、結婚の話はされなかったように思います。それどころか、同じ伯父は、「近頃は、俺はホモです、とはっきり言う奴がいるらしいぞ。俺はそういうのは男らしくていいと思う!」と、カミングアウトもされてないのに、私に聞こえるように言っていたものでした。
今回は形勢が不利のようです。別の伯父は、顔をしかめて、「わしはああゆうのは気持ち悪くて好かん」と、テレビに映る「オカマタレント」を指差して言います。
流して行こう、と注がれるビールを次々に飲みながら、二十年ぶりくらいに会った(ほぼ初対面・・)一つ違いのいとこのヒトミちゃんを見て、「可愛いね、綺麗」と感想を述べると、「いとこに言われてもな」と返されて、いよいよダメだ、と思いました。ヒトミちゃんも「いつ結婚するか」攻撃を受けているようでしたが、「結婚したいけど、相手がいない」と交わしているようでした。
翌日には伯父が予約していた、近くの島の旅館にみんなで一泊することになりました。大浴場につかったあと、和室の広間を貸しきっての宴会が始まります。
私は片隅にカラオケの機械が設置されているのを確認しました。
広間は海に夕陽が落ちる展望です。それと海鮮料理を堪能して、酔いが回り始めると、伯父たちはまた、昨夜と同じことを子どもたちに言い始めました。
適当にあしらいながら、なんとなく私は、となりに座っていた同じく結婚していないいとこのシンちゃんに、こっそりカミングアウトをすませました。そして、さあ歌ってしまおう、とカラオケのリモコンを取りに行って、それから次々と伯父たちを歌に誘いました。歌いだしたら止まらなくなった男たちに混じって、私や伯母も歌って、二周したあたりで、介護施設で働いているというヒトミちゃんが、ペギー葉山の「南国土佐を後にして」を歌ってきれいにお開きとなりました。
帰りの空港で一緒になったヒトミちゃんは、「ひろくんは、あしらうのが上手だね」とほめてくれました。ほんとに・・、それだけで生きているようなものです。

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茶屋ひろし

茶屋ひろし(ちゃや・ひろし)

書店員
75年、大阪生まれ。 京都の私大生をしていたころに、あたし小説書くんだわ、と思い立ち書き続けるがその生活は鳴かず飛ばず。 環境を変えなきゃ、と水商売の世界に飛び込んだら思いのほか楽しくて酒びたりの生活を送ってしまう。このままじゃスナックのママになってしまう、と上京を決意。 とりあえず何か書きたい、と思っているところで、こちらに書かせていただく機会をいただきました。 新宿二丁目で働いていて思うことを、「性」に関わりながら徒然に書いていた本コラムは、2012年から大阪の書店にうつりますますパワーアップして継続中!

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