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「原発との距離」

茶屋ひろし2011.04.08

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福島第一原発の事故が起きて、不安定な精神状態に陥りました。放射能が怖い。
東京は安全だと、数値で示されても意味がわかりません。情報を拾えば拾うほど、知らなかったことだらけです。原発の近辺で基準の何倍の放射線物質が検出されて、私の住んでいる新宿は、何キロ離れていてそれはなんとかの何分の一以下で安全です、という説明に困惑します。数字がやけに大きくなったり小さくなったりするせいかと思われます。
水道水が乳幼児の基準を超えて、ほうれん草は洗って食べれば平気、と言われて、その水道水で? と思って、トータル私は大人だから平気なのかしら と思ってみても、すっきりしない感じが残ります。
じゃあ、すでに(微量でも)被曝しているんだわ、と思うことにして、お湯を沸かしてコーヒーを飲むときも、シャワーを浴びながら、雨の日は濡れた傘をたたむときに、風の強い春の日に、「あー、わたしはいまひばくしていますー」と頭の中で声にしています。口には出しません。
そのあいだにどんどん文字を読んでいきました。ネットに雑誌に新聞・・、たくさんの人が発言しています。脳内でそれらがチャンプルーになって揺れ始めます。どれもそうか、と思うけれど、これか、と落ち着くことがありません。
ふと、いつも読んでいる友人のブログに「サマータイムブルース」というタイトルを見かけました。ジャニス? 美里(渡辺)? と、そのタイトルを歌っている二人の歌手を思い浮かべました。
「ちゃうわ! 清志郎じゃ!」と今なら、その友人(関西人)が即、突っ込んでくることがわかりますが、その時は、忌野清志郎を思い出しませんでした。
それはかつて、原発はいらない、と歌って発禁を受けた曲でした。
すっかり忘れていました。その歌を聴いていた十年前までは、もう少し、原子力発電所のことが頭の片隅にあったような気がしました。
小学生の頃に「はだしのゲン」を読んで以来、広島、長崎のことを思い、チェルノブイリが起こって、次にスリーマイル、生まれる前に戻って第五福竜丸、そして大学生の頃に「もんじゅ」、六ヶ所村・・と、原爆投下に水爆実験、原発事故、核廃棄物の問題と、核エネルギーの利用への不信を、常にどこかで意識していて、テレビで流れる電力会社のCMにも、けっ、と思っていたような気がしました。
それがこの十年くらい、すっかり頭から抜け落ちていたのだとわかりました。
きよしろうの「サマータイムブルース」で、気がつけば三十四基も建っている、と歌われた歌詞も、今では五十四基と増え、さらに十何基増設する予定だったこともこのたび、知りました。
原発事故について、いま溢れているどの言葉を読んでも落ち着かなかったのは、私が原発について長い間考えて来なかったせいだと思いました。
そのせいか、中でも、ずっと原発について考えてきた人の言葉が残ります。
とてつもないことを始めてしまったからには、ことさらに「安全だ」といいくるめていかないとバランス(精神?)がとれなくなってしまう、というようなことを言っている人がいました。
今回の事故で、人が制御出来るエネルギーではなかった事実がむき出しになっているように思います。最終的にコントロール不能なものが動いているからには、狂ったようにそれが安全だと唱え続けるしかない・・狂気には狂気でまかなえ、ということだったのかしら、と思いました。
原子力エネルギーの推進はすでに政策で、世界の国の反応から、核兵器を持つ正当性みたいなものとつながっているような、きな臭いにおいもします。東電もその流れの一部で、独立した一企業というような立場ではないのかしら、と会見を見ながら思います。
ここで原子力エネルギーをやめるわけにはいかない、という人(石原慎太郎とか)を見ながら、そりゃあんたは、ほっといても、あと十年か二十年で死ぬから、それでいいだろうけどよ、と思います。
私までいっしょに狂っている場合ではないわ、と思いなおしました。
それにしても、放射線の数値がわかりません。人体に影響を与える値かどうかというより、影響は多かれ少なかれあって、それをどこまでその人が我慢するかという値なのか、と現場で作業をしている(してきた)人の話を雑誌で読みながら、思います。
新宿で観測されている値はわずかです。それもどこかで、我慢したくないわ、と思うところもあって、「ああ、逃げよう」ともらすと、職場のオーラちゃんは、「何から?」と聞いてきます。
「もちろん、放射能からですよ」と言うと、「ほんとに? 茶屋ちゃんは違うものから逃げようとしているんじゃないの?」と笑います。ゲイバーの飲み友達とも同様のやりとりがありました。「なに。じゃあ、私は何から逃げるの?」と聞くと、「現実」とオーラちゃんは一言で返してきました。
たしかに・・。
私は今回、フランス人になりたいと思いました。チャーター機で本国へ帰ります、それか、香港の支社に移ります、と思いました。
ところが、フランスの電力は、その八十パーセントが原子力に依存していると知って、フランス人を辞めました。
じゃあ、大阪へ帰ります、と思ったところで、日本全国に原発があることをもう知っていました。地震はどの地でも起こりうる国でした。
東京は、現在、福島の人たちが避難しに来ている場所です。数値がわずかでも、本当は我慢したくないけれど、これまで原子力発電所を見てみぬふりをしてきたぶん、まだこの場所で、放射能を頭の隅に入れて暮らしてみよう、その不安と緊張を、「安全だ」と置き換えないで持っていたい、と思っています。
*このたび被災された皆様へ、心よりお見舞い申し上げます。     茶屋ひろし

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茶屋ひろし(ちゃや・ひろし)

書店員
75年、大阪生まれ。 京都の私大生をしていたころに、あたし小説書くんだわ、と思い立ち書き続けるがその生活は鳴かず飛ばず。 環境を変えなきゃ、と水商売の世界に飛び込んだら思いのほか楽しくて酒びたりの生活を送ってしまう。このままじゃスナックのママになってしまう、と上京を決意。 とりあえず何か書きたい、と思っているところで、こちらに書かせていただく機会をいただきました。 新宿二丁目で働いていて思うことを、「性」に関わりながら徒然に書いていた本コラムは、2012年から大阪の書店にうつりますますパワーアップして継続中!

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