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40年前に殺されなかった女の子と、心愛さん。二人を分けてしまったのもの。責任は誰に、どこにあるのか。

北原みのり2019.02.18

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「ソーシャルワーカーという仕事」という本がある。
著者はソーシャルワーカーの宮本節子さん。
2013年に出版され、じわじわと売れ続け、今年にはいって8刷りになったという。密かなベストセラーだ。その背景には、ソーシャルワーカーを仕事として考えている人が増えているのかもしれないし、また、ソーシャルワーカーという、戦前からあるこの仕事に人々が「気づきはじめてきた」のかもしれない。


宮本節子さんは、ソーシャルワーカーの道を切り拓いてこられた代表的な一人であり、本書には宮本さんがこれまで関わった仕事が記されている。社会からとりこぼされてしまった人々の困難に向き合い、具体的に支援をしていく仕事。困難を抱えている人と共に、生きる力を取り戻していくその過程、ソーシャルワーカーとしての“技術”が記されている。


私が今ここで「ソーシャルワーカーという仕事」を手に書こうとしているのは、千葉県野田市で父親と行政に殺された栗原心愛さんのことだ。


複数の大人たちが暴力の事実を知り、心愛さんと関わりながら、なぜ最悪の結果を10才の女の子に強いたのか。その答えとなるものが、「ソーシャルワーカーという仕事」には記されていると思う。
第2章第4話「“お願い、わたしを施設にいれて”」は、そのまま、40年前の心愛さん事件だ。


1970年代、ある町で起きたこと。
中学生の女の子が、ある日、クラスの担任に、父親に性行為を強いられていることを伝える。
「もう家にいたくない。お願いです。施設に入れて。助けて」
当時、児童相談所でソーシャルワーカーをしていた宮本さんは、教師からの連絡を受け、すぐに教師とその女の子に会い、彼女を一週間で児童養護施設に逃したのだ。


この時、宮本さんは、本来なら役所として事前にすべき2点を後回しにしている。
一つは親の同意書を得ること、もう一つは親側の事情を聞くこと。まずは、彼女をその場から逃がす、それを優先させた。
40年も前のことだ。今よりも児童救出のための法的根拠も手段もない中で、最善を最短でするために宮本さんは奔走した。当然、後から父親から訴えられるリスクもある中で、女の子の命を優先した。


女の子を安全な場所に逃した後で、宮本さんは父親の同意を取り付けに自宅に向かう。男は近所でも有名なヤクザまがいの暴力者だった。家に女性を連れ込んで妻の横で性行為をするような男だった。その男が、自分の行為を認めるわけもなく、そして娘を預けることに簡単に同意するはずもなかった。それでも、施設に入れるためには、絶対に必要な親による意思確認だ。それがなければ、全てがゼロに戻ってしまう。その時の宮本さんの恐怖、宮本さんの決意はどれほどのものだったろう。しかもその時、宮本さんは妊娠8ヶ月だった。


本には、男と宮本さんが対峙した時のことが、詳細に記されている。
男は酒を飲み、宮本さんたち役所の人間が家にやってくるのを待っていた。
恫喝するつもりだっただろう、暴れて騒ぐつもりだったろう。
ところが、男は宮本さんの姿を見て、一瞬ひるんだという。
性差別主義者の男だ。役所の人間が来るとなれば、当然、男が来ると思っていたのだろう。それが女だった、妊婦だった。男は宮本さんの姿をみて一瞬ギョッとしたという。その隙を宮本さんは見逃さず、すかさずこう言ったのだ。
「何をしたのか、お父さんご自身が一番よくご存知ですよね」
そして、同意書を差しだし印鑑をつかせた。
それは本当に一瞬の隙。そこでしか突けなかった貴重な一瞬。
修羅場を数多く体験してきた宮本さんならではの勘であるし、そして覚悟だったのだと思う。


40年前の中学生の女の子は逃げられて、2019年の心愛さんは殺された。
事件の構造は、驚くほど全く同じ。それなのに。


1つ違うといえば、40年前、この女の子の母親は、既に婦人相談所に一時避難していたことだ。
なぜ娘と一緒に逃げられなかったかといえば、日本の行政の縦割りの弊害で、婦人保相談所は婦人のため、児童保護施設は児童のため、と厳密に分けられていたからだ。
そもそも婦人相談所は、売春防止法を根拠にして運営している施設。これは、貧困に陥り性産業に搾取されている女性を「更生」させるためにつくられていた。とはいえ、70年代頃からは実際には性産業とは無関係にDVから逃れ貧困に陥る人(離婚と同時に貧困になる女性たち)が入居する例が増えていた。それでも子どもが一緒に入ることはできなかったのだ。行政の縦割りが生んだ、理不尽だ。


女性や子どもを取り巻く暴力的環境、構造は、驚くほど40年前と今も変わらない。支える法律は、2000年の児童虐待防止法などで良い方向に変わってはいるものの、女性福祉に関してはほぼ変わっていない。そういう中で、どんな暴力男でも経済的に切れるわけにはいかない身重の身体で、小さい子どものいる状況で、選択肢のない暴力の環境に身をおくしかない女性たちは決して少なくない。


心愛さんの前にも、たくさんの心愛さんがいたのだ。
心愛さんの母親、逮捕された母親の前にも、たくさんの同じような女たちがいた。


もし。
もし。考えてもしようのないことを、思う。もし、現場に、宮本さんのような人がいたら。役人としてではなく、ソーシャルワーカーとしての気骨のある人がいたら。もし、助けるべき人を絶対に助けるのだ、父親に訴えられようが、自分たちが守るべきものは命である。そのことを意識できる人が、現場に一人でもいたら。一人でいいから、いたのなら。


ソーシャルワーカーは専門職として行政にいるわけではない。例えば去年まで税務課にいて電卓を毎日はじいていた人が、今年から福祉課で働く、というようなことが起こりうるのが役所だ。
役人マインドとソーシャルワーカーマインドは、時に葛藤するだろう。
徹底的に弱者の側に立ち、困難を抱えている人の生きる力を共に取り戻していく、というソーシャルワーカーとしての気骨と、役人のそれは全く正反対を向くこともあるのかもしれない。その葛藤すらしなかったのが、「生活保護なめんな」というジャンパーを10年間も着用し続けていた小田原市の役人なのだろう。


誰に責任があるのだろう。
母親の逮捕は本当に正しいのだろうか。
責任の所在は、暴力の渦中にあった被害者だろうか。その外側にいて、自分の仕事の本質を忘れるような組織に、責任はないだろうか。
「(恫喝する父親が)怖かったから」と父親に命を売り渡す担当者、その程度にしかソーシャルワーカーとしての責任を果たさない行政。行政の長の責任、千葉県知事の責任も問うべき問題なのではないか。
責任を誰も取らないような組織をつくり、現場を萎縮させ、誰を守るのかという意識もないまま、命に直接関わる業務に携わる。そんな無責任で、どれだけの人が、どれだけの声が、殺されてきたのだろう。
これは警察が介入して終わる話ではない。ローラー作戦のように不登校の家を訪問するような施策が行われているというが、そんなことで変えられる話ではない。そもそもの行政の体質を変えるべき話であり、社会がソーシャルワーカーを育て専門職として見直さねばならない問題であり、そもそも「親権」が絶対であるかのような家父長的戸籍制度の問題であり、女性福祉の充実を実現していかねばいけない問題なのだと思う。命をとりまく制度を本気で見直さなければいけない問題なのだ。


40年前。今よりも、制度は全く整っていなかった。でも、出来たことがあった。現場に、気骨のある人が、本当のソーシャルワーカーが一人いたら。そのような人を育てず、そのような仕事に敬意を払わず、性差別文化を醜悪に深め、弱者を切り捨てる感覚を野放しにした社会のつけを、一番小さな命、弱い命に負わせている。私たち大人の、日本社会の、犠牲者だ。




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北原みのり

北原みのり

ラブピースクラブ代表
1996年、日本で初めてフェミニストが経営する女性向けのプレジャートイショップ「ラブピースクラブ」を始める。2021年シスターフッド出版社アジュマブックス設立。
著書に「はちみつバイブレーション」(河出書房新社1998年)・「男はときどきいればいい」(祥伝社1999年)・「フェミの嫌われ方」(新水社)・「メロスのようには走らない」(KKベストセラーズ)・「アンアンのセックスできれいになれた?」(朝日新聞出版)・「毒婦」(朝日新聞出版)・佐藤優氏との対談「性と国家」(河出書房新社)・香山リカ氏との対談「フェミニストとオタクはなぜ相性が悪いのか」(イーストプレス社)など。

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