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「私たちの声」を議会、そして裁判所へ…

打越さく良2015.12.21

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当事者性がなくても想像力さえあれば…
 今回は何の本を取り上げようか。実は、12月16日、甘いとツッコまれそうだが、「人権保障の最後の砦たる最高裁判所は、一切の例外を認めず夫婦同姓を強制する民法750条を違憲と判断するに違いないっ」との期待が裏切られ、別姓訴訟弁護団事務局長の私はしばし放心状態であった。だからこの際「ほのぼの」したレシピ本とか漫画本を取り上げるかなあ…とも思ったが、それらの本をパラパラめくっても考えることは、「弁護団として、何が足りなかったのだろう?」「今後、どうすべきだろう?」ということばかりで、読み進められない。
 最高裁大法廷を構成する15人の裁判官のうち、3人の女性裁判官全員と2人の弁護士出身の男性裁判官の合計5人が違憲と判断してくださった。しかし、残る10人の男性裁判官が多数意見。あと3人で8対7、「多数」意見は変わったのだ…と嘆息しても、意味がない。意味がないのだが、「あと3人…」という思いがふつふつとよぎる。
 なお多数意見の10人の男性裁判官のうち、1人は弁護士出身だが、あと9人は裁判官、検察官、官僚出身、官、官、官…。おおお?「在野を経験せず、権力側を歩んできた男性たちVS女性、在野経験のある男性」、そして前者の判断が「多数」というオチ。そんな言い方はあまりに簡単すぎる、抑えねば、と思っても、やはり日本の権力構造を戯画的なまでに象徴していると思わずにはいられない。
「当事者性がなければ、判断に正統性がないってこと?」ということではもちろんない。ある面では少数者でもある面ではマジョリティ、当事者性なしということはよくあるのだし、きりがない。当事者でなくても、少数者への共感、想像力さえあれば、裁判官は判断できるはずだ、とむしろ私は楽観視していたのだ。ところが、12月16日の夫婦別姓訴訟の最高裁大法廷判決の多数意見に与した男性裁判官たちには…。いや、沸騰した頭のままこの判決のことを書き続けるのは止めよう。もっとクールダウンして、前進しますっ。

私たちの声が届いていない議会を再生するには
 最高裁大法廷は、夫婦の氏に関する制度については、「国会で論ぜられ、判断されるべき事柄」という。国会が何十年も決断しないから、司法判断に頼るしかなかったというのに…。そもそも、国会に、選択的夫婦別姓を望む私たちの声は届いていない。
 選択的夫婦別姓だけではない。私たちの声が政策に反映されていない、代表制民主主義が機能不全に陥っていることに、とうに私たちは気づいている。3.11以降、いやましに。今年(2015年)の安保関連法制の強行採決(があったかも不明)その他の出来事からも、機能不全が一層深刻になっていることがわかる。ぼう然、としている場合ではないことはわかるが、焦るばかり、一体何をしたらいいものか。

utikosi20151221-2.jpgそんなときに、三浦まりさんの『私たちの声を議会へ 代表制民主主義の再生』(岩波現代選書、2015年) のタイトルを目にしただけで、救いを感じ、一気に読み、民主主義の立て直しはまだとはいえ、萎えかかった気持ちの立て直しは充分なまでにエンパワメントされた。
本書は、代表制民主主義を立て直すには、「競争」「参加」「多様性」が確保される必要があるとする。

 そもそも代表制を通じての政治参加は充分に民主的なものであるといえるのだろうか。「私たち」と言ってはみたが、そもそも代表される人びととは誰なのか。国民国家を前提とする「国民」でも、ブルジョワジーを想起させる「市民」でも、「有権者」でも不足がある。社会の多様性を無視せず、共生する外国籍や無国籍の人びと、生まれていない次世代の人びとのことも考慮に入れるならば、それらの言葉は限定的すぎる。英語ではpeopleという的確な言葉があるのだが…。本書は、国家権力源泉ともなり、抑圧の対象ともなる存在として、「人びと」という言葉を用いる。
 そして、人びとの意思は多様であったり、明確でなかったり、流動的であったりする。そのときに必要なのは、人びとの利益を集約することとだけではなく、熟議を通じてそれを言い出すことなのだ。
 政治献金が認められていると、政治家が特殊利益の虜になり、政策判断が歪んでしまう。利益政治の偏りをただすには、多様な利益団体がつくられ、お互い牽制すればいいという見解もあろうか(毒をもって毒を制す。多元主義)?しかし、組織化しやすい利益と組織化しにくい利益がある。ううう。あらかじめ負けてしまう。と、一読者は諦めそうになるが、本書は諦めない。組織利益と未組織利益の不均衡は政治的平等と相容れない。この不均衡を解消するために、競争、参加、多様性のそれぞれを強化する必要がある、と説く。
では、競争、参加、多様性のそれぞれの点で、日本の現在の政治状況はどうなのか。いずれもどんどん弱まっている。その現状分析を読み進めている最中はどんよりする。

 しかし、そうであれば、競争、参加、多様性の全てを強化することが、代表制民主主義の立て直しのために急務であるのだ、そして、たとえば、国家と個人のあいだに位置する中間団体が必要だ。組織化されにくい利益は恒常的に排除されかねないが、その組織化されにくい利益をまとめあげるために汗をかく人が、そして、汗をかく人を勇気づけ支える中間団体が必要である。実際に、例として、私も加わっている「全日本おばちゃん党」等の取組みが始まっている。なるほど、ああいった取り組みのことか。構えることはない。案ずるよりも、実践が大切だ。
 代表制の多様性の確保の観点から、男女の不均衡を早急に是正する必要性が指摘される。実態として女性が排除されている中で成り立つ意思決定が民主的であるとは、到底いえない、という一文に目からうろこである(という私自身の目がいかにくもっていることか)。方法としても、各国で採用されているクオータ(性別等で議員数を割り当てる)やパリテ(議員数を男女同数にする)が既に参考にできる。性別比例の考えは、第三の性の政治代表にも門戸を開く。未だにクオータやパリテには「能力不足の女性が女性というだけで優先されるのは(略)」といった無理解に基づく批判がつきものだ。男性がドンだけオトコというだけでゲタをはいているかが度外視されている。意思決定における性別の不均衡の解消は、女性のなかの多様性もより代表される。そればかりでなく、今まで以上に競争にさらされる男性議員もまた、多様性の観点から厳しくチェックされるようになるのだ。

 本著の中で、地域的に分割された選挙区ごとに実施される現在の選挙区制度が、「地域利益がより代表されやすい」というバイアスを生むという指摘にも、うなった。個々の議員は国民代表であり、選挙区の地域利益を代表するものではないのだが、そんなことは今の選挙制度のもとでは忘れられている。人々の身体的経験に関わる政策領域(妊娠、出産、育児、介護、障がいなど)は、地理的な区分と合致しないため、地域利益を代表する仕組みのなかでは埋もれてしまう。政治的主体性は、地域性、イデオロギー、身体的存在の三領域から構成されるが、地域性は地理的選挙区にもとづく選挙によって、イデオロギーは政党の選択によって、そして身体的存在はジェンダー・クオータによって代表されるべきという議論があるという(スティール若希氏による)。日本の議会における男女の不均衡は、私たちの身体性が極端なまでに代表されない、ということなのだ。身体的存在としての私たち(もちろん、固定的ではなく、可変的ある)の声が常に周辺化されている状況を変え、よりよい民主主義を実現するには、ジェンダー・クオータは現実的な選択肢なのだ。
 本書を読めば、クオータの採用が、この社会が代表制民主主義の停滞から脱却し再生するためには必要であることがわかる。

 機能不全に陥っているのは、代表制民主主義だけではないか…。とまた最高裁大法廷の判決がよぎる。15人の最高裁大法廷裁判官のうち12人が男性、3人が女性というのは、あまりに不均衡だ。クオータでバラ色に解決、というのも早計だろうが、議会だけではなく、公職全般におけるクオータ制の議論の展開についても、今後学んでいきたい。

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打越さく良(うちこし・さくら)

弁護士・第二東京弁護士会所属・日弁連両性の平等委員会委員日弁連家事法制委員会委

得意分野は離婚、DV、親子など家族の問題、セクシュアルハラスメント、少年事件、子どもの虐待など、女性、子どもの人権にかかわる分野。DV等の被害を受け苦しんできた方たちの痛みに共感しつつ、前向きな一歩を踏み出せるようにお役に立ちたい!と熱い。
趣味は、読書、ヨガ、食べ歩き。嵐では櫻井君担当と言いながら、にのと大野くんもいいと悩み……今はにの担当とカミングアウト(笑)。

著書 「Q&A DV事件の実務 相談から保護命令・離婚事件まで」日本加除出版、「よくわかる民法改正―選択的夫婦別姓&婚外子差別撤廃を求めて」共著 朝陽会、「今こそ変えよう!家族法~婚外子差別・選択的夫婦別姓を考える」共著 日本加除出版

さかきばら法律事務所 http://sakakibara-law.com/index.html 
GALGender and Law(GAL) http://genderlaw.jp/index.html 
WAN(http://wan.or.jp/)で「離婚ガイド」連載中。

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