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ボン・ジュノ『母なる証明』は、「ここ以外に存在する、別の正解」を提示してくれるの

高山真2019.04.08

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 肝臓がんの告知を受けてそろそろ4年が経とうとしています。グッとよくなったと思ったら、また数か月後には何かしらのバグが見つかる……、そんないたちごっこにも精神が追いつくようになってきました。「これはこれで面白い遊びだわね。『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』って感じかしら」と友人と笑っていたり。あ、これ、もちろん個人の感想ですよ。「病気にかかった人全員がこの精神状態になるべき」などとはカケラも思っておりませんのでね。

 精神はそんな感じで楽しく日々を送れているのですが、体のほうはスロー運転中。家で過ごす時間がメインになっています。そんなこんなでネットフリックスに加入してしまいました。なかなか危険ですね……。本当に時間を吸い取られてしまう。「レンタルショップでは、なんとなく手が伸びなかったけれど、定額制だからこれも見ておきましょうか」という感じで、際限なく「ちょっと気になる」作品を見続けてしまうの。まあ、いずれ自制もきくようになると思うけれど。

 個人的に嬉しかったのは、ポン・ジュノの作品がけっこうあったことかしら。ポン・ジュノは現在精力的に映画を作り続けている監督の中で、「私がもっとも信頼している」グループに入っているひとり。ネットフリックスが出資した『オクジャ』も当然ながらいつでも見られます。ただし、個人的にちょっと悲しかったのは、私が現時点でポン・ジュノ作品の中でいちばん好きな『母なる証明』がなかったこと。妙にフラストレーションがたまり、あらためてレンタルショップで借りてきてしまいました。DVDも持っているのですが、誰に貸したかをまったく思い出せなくて。とほほ。

『母なる証明』は、殺人事件の容疑者として逮捕されてしまった自分の息子の潔白を信じる母親が、その無実を証明するために警察に頼らず、ひとりで事件の確信に迫ろうと奮闘していくサスペンスもの。しかし、「母の愛と奮闘」は、ほどなく「母の愛が燃料になっての暴走」に変わっていくのです。

 すぐれた映画のすべてがそうなのですが、本当はこの映画も単純に「○○もの」としての分類ができない。サスペンスでもあり、同時に、「愛の美しさ、激しさと表裏一体を成している、重さや怖さ、グロテスクさ」を描き、「自分の愛が、自分の望む形で他者(血を分けた子どもであっても、それは「他者」です)に届くことは、ほとんどない」という冷徹な現実を描く、超一級の作品だと私は思っています。

 もうねえ、兵役から復帰第一作にこの作品を選ぶウォンビンの志の高さも素晴らしいのですが、その志を受け止めて、なおも圧倒的な主演キム・ヘジャの演技力。ラストシーン近く、息子役のウォンビンから、バスターミナルである「物」を受け取り、バスに乗り込むまでのキム・ヘジャの表情! そして、息子を置いてひとり乗り込んだバスの中で、その「物」を使い、「嫌なことを忘れさせてくれる」ための行動に出て、当然忘れることなどできるはずもなく、他の乗客と一緒に踊り狂うラストシーン……。何度見ても鳥肌がおさまりません。

 私の母は、私が6歳のときに肝臓を病んで倒れ、14歳のときに肝臓がんで亡くなりました。そのせいもあるのでしょうが、私は「母なるもの」とか「母性」と呼ばれるようなものに対し、かなり肯定的なイメージを抱いています。もちろん、それはあくまでも私の個人的傾向にすぎません。「母性」に限った話ではありませんが、ある「概念」に対して人それぞれに抱くイメージが違うのは極めて自然なことです。

 しかし、大いなる自戒を込めて言わせてもらえば、「愛」とか「母性」って、「自分が抱いているイメージこそが、万人の正解であり、正統なもの」という勘違いを起しやすいんですよね。そんな、たやすく勘違いしそうな心、うぬぼれに熱があがってしまう自分の心に、キュッと冷たい水をかけてくれる存在。「正解は、自分の知らないところにも、まだまだある」と思わせてくれる存在。それが私にとっての「素晴らしい芸術作品」なのかもしれません。

 さて、『母なる証明』を返却したら、またネットフリックスの海に溺れることになるのでしょうか……。読書の時間ももっととりたいのに……。

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