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 “中絶問題”を研究するようになって15年間が過ぎた。「中絶が多いことが問題?」ってなわけじゃない。日本の中絶率は他の先進国に比べて決して高くないし、むしろこのところ毎年ずっと中絶数は減っている。

 日本の中絶問題の根っこにあるのは、日本の中絶のやり方が世界標準の中絶医療に比べてはなはだしく後れているという事実だ。おそらく旧くて残虐な方法が蔓延しているがために、日本では中絶に関する政府の方針も、中絶を受ける女性たちのとらえ方も、ほかの国々とはかなり違う。おまけに、他の国に比べて、日本の中絶は相当に“罪悪視”されている。

 つまり「問題」なのは、日本の中絶医療が劣悪で、女性ばかり責められるしくみになっていることなのだ。これは完全に人権侵害なんだけど、日本の女性たちは自分たちの権利が守られていないということを知らない、知らされていないということも「大問題」だ。だから、まずはこの「問題」のなかみを知ってほしい。そこから、この劣悪な環境から脱けだす道筋を考えていきたい。

 そうは言っても、わたし自身、そんな明確な問題意識から研究を始めたわけじゃない。最初は、ただただ「中絶カウンセリングがない」ことが問題だと思っていた。20代のほとんどを「メンタル・ブレークダウン」状態ですごし、ありとあらゆる病院や療法やカウンセリングを渡り歩いて、最終的に「解決していない中絶の問題」に行きついた経験をしているからだ。

 ちゃんとした中絶カウンセリングがあれば、救われる人がきっといるはず! なのに世の中では今も中絶はタブーで、いつまで待っていても変わらない……「やっぱり自分でやるっきゃない!」と一念発起して、40過ぎで大学院に入った。娘を産んで3年後、「この子たちが大きくなるまでには……」と本気で思っていた。

 ところが、ほどなく方向転換せざるをえなくなった。大学院に入った2003年、指導教官から「中絶」に関するありとあらゆる情報を集めるように指示されていたこともあり、院生1年目のある日、薬剤師さんの勉強会で中絶について産婦人科の大御所の先生がお話しされると聞きつけて、ぜひにと参加させていただいた。いろんなお話があった。だけど、なんだか肝心のところがさっぱりわからない。そこで素人まるだしの質問をした。

 「先生、それで、つまるところ、今の日本ではどんな方法で中絶が行われているんですか?」

 「ソウハだね」と、その先生はさらりとおっしゃった。「え……?」わたしは絶句した。

 「搔爬(そうは)」というのは子宮のなかみを掻き出す手術のこと。正確には「子宮頚管拡大搔爬法」と呼ばれ、英語では「D&C」と略される。欧米の文献を読むかぎり、D&Cはもはや廃れた旧式の外科的な中絶手術で、「1970年代に吸引法に置きかえられた」というのがどの資料でも決まり文句だった。(ちなみに「吸引法」とは、真空掃除機の要領で子宮のなかみを吸い出す方法のことをいう。)

 21世紀に入ってもなお、まだ吸引法に置き換わっていないとは、にわかに信じがたかった。「だって日本は技術大国、先進医療国家……だよね?」と、その頃のわたしは、まだ信じていたからだ。

 「本当ですか? 中絶方法の統計はありますか?」と食い下がったわたしに、先生は「統計はないだろうなぁ…」とちょっと困った顔をされてから、親切にも約束してくださった。「じゃあ、ぼくの周りの先生方にも聞いてみるよ」と。

 何日かして、その先生からご連絡をいただいた。「いや~、わかったよ。東大系はソウハだね。京大系ではけっこう吸引も使われているらしい」と。

 「へぇぇっ……??」またもや、わたしは絶句した。

 なんと日本の産婦人科医は、師匠から中絶のワザを代々伝承しているというのだ。大学の医学部の図書館の資料もあたってみたけど、どんな方法が中絶に用いられているかをまとめた統計は見あたらなかった。医学部で使われている複数の教科書も調べてみた。すると、どの教科書も「子宮頚管拡大搔爬法」を第一の方法として紹介していた。教科書を書くのは東大系の先生が多いためかもしれないが、「吸引」の説明はあっても補足的で短い記述だけだった。そして、「中絶薬」の話は、当時はどの教科書にもまったく載っていなかった……。

 くりかえすが、2003年のことである。ミフェプリストンという名の画期的な「中絶薬」が登場してからすでに15年が経っていた。ちょうどこの年に国連のWHO(世界保健機構)が発行した『安全な中絶』というガイドラインは、妊娠初期の安全かつ有効な中絶方法として吸引と薬による中絶を挙げ、「D&Cは他の安全な方法が行えない場合の代替策」と位置付けていた。それなのに、この時、なおも日本では「D&C=ソウハ」が当たり前に使われていたことになる……!?

 これは問題だ、と思った。世界的に標準とされている中絶医療を日本に暮らす女性たちは受けられずにいる。しかも、海外では飲み薬で安全に中絶を終わらせる選択肢が存在しているという事実さえ、まったく知らされていない。一人でも多くの女性がより安全な中絶を受けられるようにするには、まずはこの「中絶医療の問題」を知らせなくては!

 この時、わたしは中絶カウンセリングのことはとりあえず置いといて、「中絶の方法について研究しよう」と心に決めた。さらに2012年、改版されたWHOの『安全な中絶 第2版』では、「D&Cは、吸引あるいは薬剤など他の安全な方法に置き換えなければならない」とはっきり否定されるのだが、それもまた日本の主流派の産婦人科医師たちは無視したばかりか、信じがたいほど不誠実な「自己弁護」までしてみせたのである……。(つづく)

☆この連載では、知られざる日本の中絶問題の数々を解説します。まずは事実を知ってほしい! そして一緒にリプロ後進国から抜け出そう!!

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塚原久美

塚原久美(つかはら・くみ)

中絶問題研究者、中絶ケアカウンセラー、臨床心理士、公認心理師

20代で中絶、流産を経験してメンタル・ブレークダウン。何年も心療内科やカウンセリングを渡り歩いた末に、CRに出合ってようやく回復。女性学やフェミニズムを学んで問題の根幹を知り、当事者の視点から日本の中絶問題を研究・発信している。著書に『日本の中絶』(筑摩書房)、『中絶のスティグマをへらす本』(Amazon Kindle)、『中絶問題とリプロダクティヴ・ライツ フェミニスト倫理の視点から』(勁草書房)、翻訳書に『中絶がわかる本』(R・ステーブンソン著/アジュマブックス)などがある。

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