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中絶再考 その47 カナダは「プロチョイス」が当たり前の国

塚原久美2025.04.30

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残念なことに、現在、世界では、人々の命や権利が粗末に扱われている国も少なくない。だからこそ、意図せぬ妊娠をした女性たちの権利を守ることが「当たり前」になっているカナダの現状は、私たちに希望の光を与えてくれる。

 日本とは大きく異なり、カナダでは「中絶」に関してどのような立場を取り、どのような政策を掲げるかは、政治家にとって常に重要な意味をもっている。それでも、4月28日の連邦選挙を目前に控えたネットニュースで、主要3党の党首全員が揃いもそろって「プロチョイス(中絶を選択する権利)」を支持していると知った時には、びっくりしてしまった。しかし、よく考えてみれば、カナダではすでに三分の一世紀以上にわたって、中絶は特別のものではなくなり、ただの医療の一つとして扱われてきた。だからこそ、おそらく国民のあいだでも、政治家にとっても、「中絶の選択」は守られるべきだという意識が当たり前に定着しているのだろうと納得した。それによく記事を読んでみると、同じ「プロチョイス」を標榜していても、微妙に立ち位置は違っていることが分かった。

 現職のマーク・カーニー首相(自由党)は、「女性の選択する権利を絶対的に支持し、それを擁護する」と明言している。自身がカトリック教徒であるにもかかわらず、カーニーは個人の信仰と政治的立場を明確に区別している。2022年のアメリカで、中絶の権利が否定されたドブス最高裁判決(州政府による中絶規制に対して米最高裁が違憲判決を下した1973年のロー対ウェイド判決を覆し、州政府による中絶規制を合憲とした)状況を、カーニーは「壊滅的な決定」と批判している。

 一方、保守党のピエール・ポワリエーブ党首も「プロチョイス」を自称している。ただし、その言説は微妙に異なっている。彼は「中絶を規制する法案を支持しない」と表明する一方で、「予期しない妊娠に直面した女性にとって、中絶が唯一の選択肢であるべきではない」とも述べている。過去に反中絶イベントに参加した経歴を持つポワリエーブは、養子縁組の促進など、中絶とはまた別のアプローチを強調する傾向も見られる。

 3党のなかで最もリベラルな新民主党のジャグミート・シン党首は、「プロチョイス」の立場を示すのと同時に、現状を維持するだけではなく、中絶へのアクセス拡大も訴えている。シンは、「中絶はヘルスケアであり、人々がケアへのアクセスを心配したり、障壁に直面したり、ケアに対する支払いに困惑したりするようではいけない」という明確な姿勢を示しているばかりか、無料の避妊具提供を含む国民薬剤給付計画も推進している。

 このように「プロチョイス」という同じ旗印の下でも、その中身と熱量には明らかな違いがある。カナダの選挙戦では、表面的な賛否よりも、具体的な政策や過去の行動、そして党内の多様な意見をどう扱うかという点こそが重要だとされている。

 カナダでは、1988年に最高裁判所が中絶を規制するすべての法律を違憲と判断した。それ以来、すでに37年にわたりカナダには中絶を制限する法律が全く存在していない。そのために、カナダでは中絶は他の医療と同様に行われている。だからこの間に、国民のあいだにも「中絶はヘルスケア」という意識が広く浸透し、今や政治家たちもこの基本的認識を共有せざるをえなくなっているのだ。こうした長年の社会的コンセンサスにより、カナダでは中絶の是非が論じられることはもはやなくなった。しかし、地方によって中絶ケアの受けやすさには今もばらつきがあるため、必要とされる中絶ケアに国民が平等にアクセスできるようにするにはどうするかといった対策などが、議論の中心となっている。

 日本人のあいだでは、中絶の規制が全廃されると、中絶が著しく増えたり、遅い妊娠週数での中絶が行われたりしないかと心配する声も聞こえてきそうだ。しかし、カナダではそんな事態には至っていない。むしろ、中絶件数は長年をかけて減少傾向にあり、中絶を行うタイミングも早まっている。中絶薬へのアクセスも増えており、週数の遅い中絶はごくわずかで、そのほとんどが妊娠している当人の命や健康を守るために必要な場合だという。

 今回のカナダの選挙で注目されているのは、2022年の米国におけるロー対ウェイド判決の転覆が、カナダの中絶の議論に与えた影響だ。国民のあいだで「同じことがカナダでも起こり得るのか」という懸念が高まり、前回の2021年の選挙の時以上に、各党の党首は立場を鮮明にせざるを得なくなった。今やカナダでは、「プロチョイス」という立場表明だけでは不十分で、その背後にある具体的な政策や信念が問われる時代になっている。

 4月28日、カナダの有権者たちは「プロチョイス」という言葉の奥にある実質的な違いを見極めて投票所に向かうことになる。日本にそんな日が来るのはいつのことだろう。日本の政治家の中にも「プロチョイス」を標榜する人々が出てきてほしいし、表面的なスローガンにとどまらず、真の選択権の実現に向けて具体的な政策や行動を起こしてほしいと、国民の側から要求していく必要もあるだろう。それは不可能ではないということを、カナダが例証してくれている。

追記:4月28日のカナダ総選挙、カーニー首相率いる自由党が勝利しました!

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塚原久美

塚原久美(つかはら・くみ)

中絶問題研究者、中絶ケアカウンセラー、臨床心理士、公認心理師

20代で中絶、流産を経験してメンタル・ブレークダウン。何年も心療内科やカウンセリングを渡り歩いた末に、CRに出合ってようやく回復。女性学やフェミニズムを学んで問題の根幹を知り、当事者の視点から日本の中絶問題を研究・発信している。著書に『日本の中絶』(筑摩書房)、『中絶のスティグマをへらす本』(Amazon Kindle)、『中絶問題とリプロダクティヴ・ライツ フェミニスト倫理の視点から』(勁草書房)、翻訳書に『中絶がわかる本』(R・ステーブンソン著/アジュマブックス)などがある。

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