
なぜ日米政府は中絶薬に制限をかけているのか?
最近、アメリカの女性誌Ms. Magazineで興味深い記事を見つけました。「なぜFDAは中絶薬に制限を課し続けるのか——安全性は20年以上前から証明されているのに」というタイトルの記事です。
この記事では、アメリカの食品医薬品局(FDA)が中絶薬「ミフェプリストン」に厳しい規制をかけ続けている理由を探っていました。科学的に安全性が証明されているのに、なぜそんなに厳しく規制するの?――という疑問に対し、記事は「科学よりも政治的な圧力が優先されているから」と指摘しています。
一方、日本でも2023年4月、ようやく国内初の中絶薬「メフィーゴパック」が承認されました。しかし、中絶医療を独占している日本産婦人科医会の医師たちが「中絶薬の安全性を疑う姿勢を一貫として取っている」ためか、使用条件は海外に比べてかなり厳しいものになっており、なかなか普及していきません。
今回は、アメリカと日本の中絶薬事情を比べながら、女性の体と健康に関わる問題がどんな扱いを受けているのか、一緒に見ていきましょう。
アメリカ:科学より政治が優先?
アメリカでは2000年にFDAがミフェプリストンを承認しました。でも承認してから20年以上たった今も、普通の薬とは違うREMSと呼ばれる特別な規制が設けられています。この規制のために、アメリカでも処方できる医師が限られていたり、普通の薬局では買えなかったりと、使いにくい状況が続いています。これはヨーロッパ諸国の対応に比べても、かなり厳しい態度です。
アメリカのフェミニスト雑誌Ms. Magazineの2025年5月号の記事によれば、この規制に科学的な根拠はないそうです。実際、ミフェプリストンはペニシリンやバイアグラといった一般的な薬よりも副作用が少ないとされています。アメリカの産婦人科医の団体も「この薬は安全」と言っているのに、なぜこんなことになるのでしょう?
その理由は「政治」にあります。アメリカでは中絶に反対する宗教的・政治的な勢力が強く、その圧力でFDAは厳しい規制を続けているのです。現在も米連邦最高裁でミフェプリストンに関する裁判が進行中で、もしかしたら全国での使用が禁止される可能性もあるとか。つまり科学的な根拠よりも、政治的な立場が優先されているんですね。
日本:35年遅れの承認と使用率1%台の現実
日本では2023年4月、ようやく経口中絶薬「メフィーゴパック」が承認されました。でも、このタイミングは、世界で初めてフランスでミフェプリストンが承認された1988年から数えると、35年も遅れているんです!
承認から2年が経過した今でも、メフィーゴパックの使用には厳しい条件が課されており、入院施設のある医療機関でなければ使用することができません。一方、全中絶数に対する薬の使用率はわずか1%台と低迷しています。この状況には様々な要因があります。
長らく日本では従来の外科的中絶手術(掻爬法や吸引法)が安全だと信じられてきました。さらに、中絶薬に関する情報が乏しかったためにニーズを感じる人も少なく、この薬を求める声が製薬会社や医療界に十分届かなかったことも事実でしょう。
しかも、承認されたメフィーゴパックの使用には厳しい条件が付けられています。厚生労働省の指針によれば、メフィーゴパックは母体保護法指定医師しか処方することができず、入院可能な有床施設(病院または有床診療所)での使用に限定されています。2024年には無床診療所でも一定の条件下で使用可能とする方向で検討が進んでいましたが、2025年4月の日本産婦人科医会記者懇談会で、医会の石渡勇会長は「無床施設を含めた外来運用拡大するには拙速」と述べ、判断を先送りする姿勢を示しました。前年9月の調査では安全性が報告されていたのですが、その際の中絶薬の使用件数がわずか1440件と少なかったことと、調査後に重篤な合併症例があったことを理由に挙げて、「この10倍程度の数値が出てこないと安全性は判断できない」という論法で先送りしたのです。
さらに、日本での中絶薬は承認申請時には「5万円ほど」になるだろうと期待されていましたが、承認後、実際に薬による中絶を提供しているクリニックの多くが、従来の手術と同程度(10万円前後)に価格設定していることが判明しています。薬による中絶に失敗した場合の「外科的中絶」の費用を追加で請求する施設もあります。多くの国々で保険適用され、当事者に対して無料で提供されている国々も少なくないことを考えると、日本のように「自己負担」で、しかも10万円ものお金がかかる状況は異常だと言えます。これでは、本当に必要な人が使いたくても使えないことになりかねません。
中絶薬って実際どうなの?国際基準から見た安全性
中絶薬は外科的処置を必要としないことと、中絶が早期化されやすくなることで、女性の身体的・心理的負担を軽減できるというメリットがあります。世界保健機関(WHO)は経口中絶薬を「女性の身体に最も負担のかからない安全な中絶方法のひとつ」として推奨しているだけでなく、「必須医薬品リスト」にも掲載し、その安全性に強いお墨付きを与えています。また、国際産婦人科連合(FIGO)や米国産科婦人科学会(ACOG)も同様に中絶薬の安全性を認めています。
日本の臨床試験では24時間以内の排出がなければ「失敗」とみなすという、海外とは違う厳しい判断基準であるため、海外(95~98%)に比べて低い成功率(93.3%)が報告されています。国際的な実践では排出までの時間の制限は特に設けておらず、多くの場合は事後調査における当人の自己報告によって成功を確認しています。
また、日本の報告では「強い下腹部痛」(30.0%)や「嘔吐」(20.8%)などの副作用があるとされていますが、日本の臨床試験では入院環境下で行われ、女性たちが症状に過敏に反応している可能性があります。国際的な報告では、これらの症状は一過性のものであり、通常の月経痛と同様に薬などで対処可能とされているのです。
外科手術が半日で終わるのに対して「薬による中絶は2~3日かかる」ことを問題視する医師もいますが、こうした見方も誤解を招きます。実際には薬を服用してから排出までの時間は個人差が大きく、多くの場合数時間から24時間以内に起こりますが、時には数日かかることもあります。これは自然な流産と同様のプロセスであり、「時間がかかる」こと自体は必ずしも医学的な「問題」ではないのです。また、翌日からは通常の生活に戻れると考えられており、排出が起こるまで安静にしていなければならないわけでもありません。(映画「セイント・フランシス」では、中絶薬を用いた主人公のブリジットがアルバイト先であちこちに「血のしみ」をつけてしまうシーンがコミカルに描かれていました。日本人だったらきっと厚手のパッドを欠かさないだろうな…と思いましたが(笑)。)
一方、中絶薬の使用は、医師の側の態度と行動も変化させる可能性があります。メフィーゴパックの臨床試験に参加した女性ライフクリニック銀座・新宿の対馬ルリ子医師は「被験者の女性と避妊や将来についてじっくり話す時間がとれ、かかりつけ医としての関係を作ることができた」と、中絶薬の使用が単なる中絶方法にとどまらない医療的関係性構築のメリットを指摘しています。
安全な中絶へのアクセスが女性の命を救う:実際のデータから
中絶薬を含む安全な中絶へのアクセスにより、実際にどれだけ女性の健康が守られるのか、以下の最新ニュースからも分かります。
南米のガイアナでは、中絶が合法化された1995年から30年の間に、中絶関連の医療合併症が、なんと97%も減少したそうです。合法化前は違法で不衛生な方法による中絶が多く、多くの女性が合併症で病院に運ばれていました。ところが、合法化後は安全な医療環境で中絶ができるようになり、深刻な合併症がほとんどなくなったというのです。
なお日本でも中絶や流産に関する調査で、外科的手法では少ないながらも合併症が報告されていたのに対し、薬を使用した場合は合併症がゼロだったという結果が報告されています。
こういった例が示しているのは、中絶を禁止したり難しくしたりするより、むしろ安全な方法へのアクセスを保障することこそが、女性の健康と命を守ることにつながるという事実です。これは感情論ではなく、実際のデータが示していることなのです。
日本の中絶薬、これからどうなる?
日本での中絶薬はまだ承認されたばかりで、今度、どのように広まるかはまだ未知数です。「欧米でも承認から50%を超えるまでに10~20年かかっている」と言う専門家もいます。でも、中絶薬が登場してほどなく承認している欧米の状況と、すでに35年間も使われてきて安全性が確かめられている現在の状況は全く異なります。たとえば、アイルランドは2020年に中絶を承認してすぐに中絶薬を導入したばかりか、COVID-19(新型コロナ)のパンデミックが宣言されたのを受けて、速やかにオンライン診療後に中絶薬を自宅に郵送し、自己服用させる方式を採用しました。同国では、パンデミック終息後も自宅中絶が安全に運用されています。
日本において、中絶薬が迅速に普及するかどうかは、次のようなポイントにかかっています:
1. もっと使いやすく:今の厳しい条件を緩和して、より多くの医療機関で、より多くの職種が中絶薬を扱えるようにする
2. 価格はもっと安く:保険適用などにより、世界に比べてかなり高い現在の料金を引き下げる
3. 正しい情報を知ってもらう:中絶薬について正確で偏りのない情報を広める
ちなみに日本では、緊急避妊薬(アフターピル)について処方箋なしで薬局販売することも長年実現していません。これは「社会の保守性」という漠然とした要因ではなく、むしろ政府・与党が女性の権利推進に消極的であることが最大の原因と言えるでしょう。実際、2025年5月にも石破茂総理は「選択的夫婦別姓」の議論を再び先送りすると発表しており、女性の自己決定権に関わる政策の停滞が続いています。中絶薬へのアクセス制限も、こうした政治的背景の延長線上にあると考えられます。
科学を大切に、女性の選択権も大切に
アメリカでも日本でも、中絶薬をめぐる議論は単なる医療の話ではなく、女性の自己決定権や体に対する政治的・社会的な管理の問題に他なりません。両国とも、科学的な根拠よりも政治的な判断が優先されがちです。
でも、データは明確です。安全な中絶へのアクセスが保障されれば、女性の健康と命は守られます。中絶薬は多くの女性にとって、より早く、より負担の少ない選択肢になり得るのです。
女性の健康と権利に関する議論において、最も重要なのは科学的事実(エビデンス)に基づいた情報です。WHOや国際的な医学団体が中絶薬の安全性と有効性を認めている事実、ガイアナの事例が示すように安全な中絶へのアクセスが合併症を97%も減少させた事実、そして日本の中絶薬へのアクセスが不当に制限されている事実。
これらの事実を知ることで、私たち一人ひとりが自分の体と健康について、より良い選択ができるようになるはずです。
手前みそになりますが、科学的なデータを添えて国際的な中絶薬の位置づけについて解説した『中絶薬完全ガイドブック 知る・考える・選ぶ』(RHRリテラシー研究所)をAmazon Kindleでワンコイン(500円)で公開しています。関心のある方はぜひお読みください。