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東京で自分らしく生きること そして韓流 第八回「何が私をかうさせたか」

オガワフミ2019.07.26

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小学生の時、郷土の歴史の箇所で「クラスでお祖父ちゃんの代から東京の人、手挙げて」と言われて、挙げたのが40名中3~4人しかいなかったのを覚えている。死ぬまで家族と同居した祖父はあのザ・ラストエンペラー、愛新覚羅溥儀よりも年長で、戦前のことを昨日のことのように話す人だった。
 
この祖父母のもとで父は今の世田谷区下北沢近くの長屋で生まれたのだが、その何年か前の関東大震災の時も、同じ長屋で祖父母は新婚時代を過ごしていたそうだ。震災時は四谷の職場にいて「とにかくお祖母ちゃんのことが心配で」市電づたいに歩いて帰ったら線路がグニャグニャに曲がり、振り返ると荒木町(御苑近くです)までは火の手に包み込まれ全滅だったそうだ。
 
実は当時世田谷や杉並は東京市下になく、のどかな田舎の「郡」部扱いだった。(幼い自分たちには地震よりも東京が「市」だったことの方がショックだった。)危険な都心よりも田舎を心配したのには理由があった。「あの時井戸に朝鮮人が毒を入れたって言うデマが流れたんだよフミちゃん!」と語気強く言われたのを数十年経った今もありありと思い出す。
 
自警団が朝鮮人虐殺のために言わせたという「15円50銭」も、世田谷生まれの父や杉並で育った自分たちは「ごじゅっせん」なのだが、もっと東の方の祖父は「ごジっせん」、荒木町のある新宿は「しんジく」と顔を紅潮させて大声で言い張っていた。
 
子ども心に自分たち皆で口を揃えて「何でデマにだまされるな!嘘だ!って無実の人のこと助けなかったの?お祖父ちゃん!」と一斉に祖父を問い正したが、「東京音頭」の昔から無責任で付和雷同型の小市民だった祖父はこの時も「そんなこと言ってもしょうがないんだよあの時は多勢に無勢だよ!」と根拠なく偉そうに虚勢を張られ、悔しかった。
 
その後妹は王監督の娘さんと同級生になったのだが、娘さんのお祖父ちゃん(王さんのお父さん)が中国大陸出身で、この時自警団に捕まり「15円50銭」を言わされてあわや殺されかけたところを逃がれたそうだ。娘さんたち姉妹は全員、名前の漢字の部首に王偏が付いている。日本国籍を持たない王監督が、中国と違って夫婦別姓の無い日本で、娘たちは結婚後も生き延びたお祖父さんの王の姓を持っていられるように、という願いを込めたのだそうだ。
 
そしてまた時を同じくして、祖父母が住んでいた長屋から程近い世田谷署に、今回の主人公の金子文子と朴烈(パク・ヨル)が治安維持法下の予防検束で保護されていたのだ。時の警察と軍が流言飛語の拡散に組織的に関与していたのも史実だそうだ。
 
小狡い下級公務員だった祖父は中卒で郵便局員になり(逓信省勤務で戦争に取られることもなく)勤続40年で50代で早期退職し、その後ずっと恩給で何不自由なく暮らして杉並で老衰で寿命を全うしたが、文子らにそういう未来は無かった。ヨルは1970年代まで生きたが、文子が獄中23歳で死んだのは女だったこともあるのではないだろうかと思った。

文子とヨルは祖父母と同年代だ。映画「金子文子と朴烈」は時代物の恋愛映画として観ることも可能だが、そんな経緯もあって自分にとっては同時代意識を抱かせるドキュドラマ体験となった。邦題をつけたのはたぶん太秦という日本の配給会社だと推測するが、劇場公開に先立ち映画祭で日本初上映された時は「朴烈 植民地からのアナキスト」のタイトルだった。原題はシンプルに「パク・ヨル」という、正真正銘韓国で製作された韓国映画だ。

 

 
文子を演じたチェ・ヒソが、主人公ヨルと同じくらい強烈なインパクトで本編中出ずっぱりだったので、国内興業に合わせて改題したのかもしれない。いずれにせよ映画の大きなテーマの一つが、文子とヨルがあの時代に男女としても対等な同志関係を目指した、という点だ。いや、あの時代だったからこそだったのだ、と映画を観て考えを改めた。
 
文子は日本の両親のせいで生まれながらに無戸籍にされて、家父長制の戸籍制度の下で幼い時分から辛酸を嘗め尽くした。無政府主義者になったのも、三・一運動で占領国からの独立に立ち上がった民衆の怒りに共鳴した体験からだ。大日本帝国憲法では國體というのがあって、その成り立ちはトップに天皇を据える家父長制だったのだ。女・子どもは成人男子の所有物、朝鮮人は犬ころ以下、そこに無戸籍の子ども時代を送った文子は共感し、抵抗詩「犬ころ」を書いた青年ヨルとの共同生活を始める。
 
史実を作品化したとはいえ、映画の中での演技や演出はイ・ジュンイク監督の采配によるドラマ上の演出だ(ちなみに筆者がヨル役のイ・ジェフンのものすごいファンなのは許してほしい)。爆弾入手の共謀は未遂で証拠も出なかったが、ヨルは爆弾について何も文子に伝えていない。冤罪で逮捕された二人がアナキストの信条を主張するために国家転覆の意図を自白し、法廷に韓服で出廷したのも史実だそうだ。だが映画に描かれているように、二人が被告の立場でどこまで能動的に劇場型裁判に見せる操作ができたかは、フィクションの力によるところもあるのかなと思った。
 
もう一つフィクションの力が大きいと思ったのは、現在も元気な韓国映画界において、ストーリーを語る上で美術と衣装が抜きん出て素晴らしい。自分のルーツでもある祖父母の住んだ街を良く再現してくれたと感謝したい。勾留された世田谷署の獄房のセット建築も、邦画と異なりとても凝っていて効果的だった。今となっては何がリアルかはわからないけどすごく現実味と同時に恐怖を覚えた。そして文子の短い人生で女性に生まれたことが魂の監獄になり得た女性史に忠実なのではと感じた。
 
というのも自分自身の不明を恥じるが、本「何が私をかうさせたか」の存在を知ったのは子どもの時分、向田邦子ドラマ「続あ・うん」でだった。元カフェの女給池波志乃演じる「妾」に長男が生まれ、岸田今日子演じる不妊の「正妻」が昇汞水で自殺未遂を図り、秋野暢子演じる身請けされた元芸者の「三号さん」まで登場するという戸籍制度の地獄絵図のような流れの最中に、流行語として出ていた。
 

子どもとはいえ、あの時代に本を著す女性なのだからきっと平塚らいてうや安井てつのような婦人のリーダーが記した本なのだろうと勝手に勘違いした自分を改めて恥じる。映画で知ったが、23歳で死んだ文子が獄中で記した手記が死後、「何が私をかうさせたか」のタイトルで支援者により出版されたのだった。

 

 

アナキストらしく、形容詞を排し簡潔で平易な短文を心がけたそうだ。その即物的世界観は、家父長ひいては天皇も女も一塊の肉のかけらという点で平等、国家も民族も机上の概念、という彼女自身の人生で掴み取った感覚に裏打ちされている。だからこそ戦前の日本でも流行語になった。そして正しいことを言っただけなのに、それは大日本帝国憲法に対する直接の叛逆となる。やむに已まれず体制への異議申立てに駆り立てられた文子の直接行動は、現代の雨傘革命やキャンドルデモそしてフラワーデモとも地続きなのだ。

 
文子とヨルは対等な同志関係を目指した。大逆罪有罪死刑判決時、文子が三・一独立運動で行われた万歳を唱したのは史実だそうだ。がしかし恩赦で無期懲役に減刑されて宇都宮女性刑務所に移送後三ヶ月で、文子は獄死する。検死を支援者が求めるも公権の妨害に遭って行われず、遺体を掘り起こした後も死因が特定できなかったのは映画で描かれた通りだそうだ。一方ヨルは第二次大戦敗戦まで服役し釈放されている。
 
一般論だが、女性の場合服役中拷問や暴行だけでなく妊娠のリスクもある。セクマイとはいえ男性の自分には女性の人生の不確定さを自分ごととして知ることは出来ない。だからこそ学ばねばならないのだと映画の終わりに突き付けられた思いがした。ヨルには起こらず文子に起きた不幸が何だったのかは解明されなかったままだが、それが何であったにせよ司法も行政も死因の隠蔽に加担している以上、この映画を観た者として彼女に起きた死という運命に思いを馳せずにいられない。
 
文子は生前「わたしはわたし自身を生きる」と言っていた。ブレイディみかこさんはこれを Live It Yourself と呼んでいる。文子の死後も読み手に届く力強い宣言だ。祖父はとうの昔に死んだが、生きている孫の自分は世田谷でのうのうと暮らし続けた祖父の過ちも含めて、文子の目指した社会に少しでも近づくためにも、この映画をきっかけに彼女のことを学んで自分の人生に活かして行こうと心から思った。戸籍のある者と無籍者が、強者と弱者が、マジョリティとマイノリティが、真に平等に生きられる願いを実現するための行動を取るために。
 
<九月東京の路上で画像>
今日の読書: 加藤直樹著 出版社・ころから
「九月、東京の路上で 1923年関東大震災 ジェノサイドの残響」
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オガワフミ(おがわ・ふみ)

福祉職員。ゲイ。中年。杉並在住シングル。心身の健康とKPOPの相関について考える日々。ラブピースクラブがその辺で発掘。A型。天秤座。好きな言葉はアイスクリーム。推しカラーはパープル。好きな香りはグレープフルーツ。TOEICスコア990だが日本語少々不自由。夢は夜間中学保健教諭。ハイビスカスティーを常飲。最近パン作りにハマっている。

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