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中絶再考 その3 中絶薬を「危険」にしているもの

塚原久美2019.08.16

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 前回までに、海外では1970年頃に姿を消した拡張搔爬法(D&Cまたは「ソウハ」)が日本では今でも広く行われていることを紹介した。この手法について、世界保健機関(WHO)は2019年6月26日に公開したファクトシート「安全でない中絶を防ぐ」の中で、「D&Cなどの旧い手法で行う中絶は、たとえ訓練を受けた専門家が施す場合でも、安全性に劣る(less safe)」と警告を発している。これは、まさにその「安全性に劣る」方法を多用している日本への警告だとも言えよう。

 もう一つ、WHOが「安全性に劣る中絶(less safe abortion)」として挙げているのは、「適切な情報や訓練を受けた専門家にアクセスする必要がありながら、アクセスできないまま女性が中絶薬を用いる場合」である。これもまた、正しい情報がないままに中絶薬を個人輸入する人がいる日本の実態にまさにあてはまる。

 厚生労働省は2018年5月、個人輸入したインド製経口妊娠中絶薬を使った20代の女性が膣から多量に出血し、病院に入院したと発表した。厚労省はこの事件を報じるにあたって、「医療機関を受診せずに個人で海外製経口妊娠中絶薬を使用することは大変危険」と発表し、使用された中絶薬を「医師の処方に基づくことが地方厚生局で確認された場合を除いて個人輸入を制限」する薬に指定した。

 だけど、本当に、個人で中絶薬をのむのは危険なのだろうか?

 おそらく、そうではないだろう。実際には、「中絶薬をのんだらどうなるか」について「適切な情報」を得られないまま服用した女性が、多量の出血が始まったことにびっくりして助けを求めたのではないかな。なにしろ、報じられている「健康被害」の中身を見ると、「膣からの出血、けいれん、腹痛」など、いずれも中絶薬の服用で当然起こる症状がならんでいる。となると、「適切な情報」が得られないまま服薬したために起こった「空騒ぎ」であるように見えてならない。

 実際、日本にいると、中絶薬に関するまちがった情報が少なくないし、失礼ながら、この件については医者もあまりあてにならない。少なくとも、わたしが研究仲間と2010年に全国の母体保護法指定医を対象に調査を行った時点では、圧倒的多数の指定医が「中絶薬は危険で有効性が低い」と答えていた。ミフェプリストンが、2005年にWHOの必須医薬品リストに掲載されるようになった安全で優れた薬品である事実も、さっぱり知られていなかったわけだ。

 それからおよそ10年の月日が流れたけれども、日本ではいまだに「中絶薬」は認可されていないし、「中絶薬は危険」のイメージが独り歩きしているようだ。厚生労働省が「中絶薬は危険」と決めつけていることが、導入の遅れをもたらしている元凶ではないかと、わたしは考えている。

 なにしろ厚労省でミフェプリストンの個人輸入禁止を担当しているのは、「監視指導・麻薬対策課」である。この国では、中絶薬は麻薬と同列に〈取り締まり〉の対象なのである。

 では、そもそもどうして厚労省は「中絶薬は危険」だと決めつけているのか。その根拠は、今はすでに否定されたアメリカでの「中絶薬による死亡」疑惑なのだ。

 2004年10月、日本の厚生労働省は「ときに手術が必要な出血が起きる」危険があるとして「中絶薬の個人輸入」を禁止する通知を出した。すると、たまたま翌11月にアメリカの食品医薬品局(FDA)が、中絶薬を服用した女性が敗血症で死亡した例があったことを明らかにして、「中絶薬が原因だとは特定できない」としながらも、念のために「薬の服用後に異変が起きたら受診すること」と注意を喚起するラベルを中絶薬の箱に貼ることに決めた。それが報じられた数日後、日本の厚生労働省は「中絶薬は危険」の根拠として、「FDAの警告ラベル」の情報を事後的に追加した。しかも、通知の日付は10月のままで、1か月未来の情報を「根拠」として加えたのである。そのこと自体、無茶な話だが、話はここでは終わらない。

 アメリカは欧米の中では中絶に関して非常に厳しい世論のある国だ。それにも関わらず中絶薬は2000年に認可され、急速に広まりつつあった。そんなさなかに起きた死亡疑惑だったため、FDAは迅速に動いた。死亡事故の原因をすみやかに調べ上げたのである。その結果、翌2005年の新しいラベルには、感染症の一種である敗血症を引き起こしたクロストリジウム・ソルデリという細菌の名前が示されたばかりか、この細菌が感染症を引き起こすこと自体が非常にまれであることも明記された。

 さらに中絶薬の認可後10年を経た2011年には、中絶薬使用に関するアメリカ国内の統計がまとまり、中絶薬服用後の死亡者数も感染者数も、統計上はまったく有意でないほど少ないことが明らかになった。その結果、アメリカのFDAは、中絶薬のラベルから感染症にまつわる注意喚起をすべて抹消したのである。

 以後、2004年に日本の厚生労働省が「米国では添付文書の警告欄に敗血症等の重大な細菌感染症…を追加した」と記した文に貼られていたリンク先は消えてしまった。なぜなら、厚労省が引用していた情報はそっくり「過去データベース」に移動されたためである。(アメリカの偉いところは、過去の「不都合なデータ」も、しっかり残しているところだ。)

 上記の事実を知らせるために、わたしは何度か厚生労働省に連絡をしてきた。最初は「最新情報にアップデートできていない」だけかと思って、善意でお知らせのメールを送った。返事がないので修正すべきだとの意見も送った。だが、どちらも全く無視されてしまった。問い合わせの電話をかけても、担当者が異動したと言われたり、別の課に転送されたりして納得のいく返答はなかった。結果、アメリカのFDAの警告ラベルを証拠とする「中絶薬は危険」情報は修正されないまま今に至っている。

 そればかりか、2013年にこの厚労省の注意喚起の通知を引用して、別の政府外郭団体の国民生活センターが「中絶薬は危険」という情報を公布し始めたことで、厚労省が情報を更新しないのは意図的なのだと考えざるをえなくなった。日本産婦人科医会も日本産婦人科学会も、この2004年の厚労省の通知をホームページに載せつづけている。マスコミも、中絶薬に関して何かしらのニュースがあるたびに、厚労省の通知を取り上げている。2018年5月のインド製中絶薬に関する厚労省の事務連絡も、2004年の通知を「参考」に挙げている。

 そうやって「危険だ、危険だ」という情報をくり返し流すことで、「中絶薬は危険」という常識が形成されていく……これはまさしく「情報操作」に他ならない。

 なお、「健康被害が起こるから」「危険だから」と女性を守るふりをしながら、女性たちが求めているものを禁止するという政府のやり方は、避妊ピルのときも同じだった。経口避妊薬(避妊ピル)はアメリカでは1960年に認可されたけど、日本で認可されたのは約40年後の1999年だった。しかも、180か国を超える国連加盟国のなかで日本の避妊ピル認可は一番遅かったのである。中絶ピルに同じ運命をたどらせてはならない……。(つづく)

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塚原久美

塚原久美(つかはら・くみ)

中絶問題研究者、中絶ケアカウンセラー、臨床心理士、公認心理師

20代で中絶、流産を経験してメンタル・ブレークダウン。何年も心療内科やカウンセリングを渡り歩いた末に、CRに出合ってようやく回復。女性学やフェミニズムを学んで問題の根幹を知り、当事者の視点から日本の中絶問題を研究・発信している。著書に『日本の中絶』(筑摩書房)、『中絶のスティグマをへらす本』(Amazon Kindle)、『中絶問題とリプロダクティヴ・ライツ フェミニスト倫理の視点から』(勁草書房)、翻訳書に『中絶がわかる本』(R・ステーブンソン著/アジュマブックス)などがある。

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