ラブピースクラブはフェミニストが運営する日本初のラブグッズストアです。Since 1996

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少し前のこと。韓国の友人が「ここ数年、ずっと鬱気味だった」と話してくれた。仕事やパートナーとの関係が充足している彼女の鬱は意外に思え、「何かあった?」と聞くと、「政治がずっと冷たかったから」と言う。李明博や朴槿恵政権時代、金持ちはより金持ちに、権力はより強く、弱い人はより弱く、人の命は軽く扱われ、何を信じていいかわからないという風潮が深まったのだという。それは未来が見えない重たい時間だったのよ、と。それを聞いて私の気分がここ数年、どこかスッキリと晴れることがなく重たい気分が続いているのも、やっぱり安倍さんのせいなのかなと考えた。

汚染水はコントロールされてますし、東京は穏やかな気候です、という嘘で招致したオリンピックには血眼あげるが、災害で危険にさらされる命の前には冷酷な政府。2000万円貯めなくては老後を生き抜けないよと、不安を煽る政府。経済的に疲弊している人々に向かって「景気はいい」と言いはる政府。沖縄県民の声を無視して美しい海を土砂で埋める政府。風評被害するなとは言うが、放射能汚染された土をばらまく政府。この七年、私たちは不安と不信にさらされている。

叔母が千葉県のいすみ市というところに住んでいる。いすみ市の被害は台風後も報道されず私は安心していたが、叔母の家は3日間停電していたという。東京からヘリコプターですぐに行ける距離なのに、報道もされずに取り残されていたのだ。幸い息子たちがそばにいて、孤独や不安などに蝕まれることはなく叔母は元気でいるけれど、ここはもう自然災害ではなく人災で殺される社会なのだと突きつけられる。

さきほどのこと。叔母のこと、千葉のことを考えやりきれない気分でタクシーに乗った。すると「あー、具合が悪い」と何の脈楽もなく運転手(高齢男性)が話しかけてきて、その瞬間、私は自分でも驚くほど強くいらついたのだった。
男性には想像できないかもしれないが、女性客に自分の体調を訴える高齢男性タクシードライバーは一定数いる。女とみれば甘えていいと思っているのか、言葉使いもなれなれしい。「あっちでいいの?」「どこ?」降車するときは「ありがとねー」。男の客にはやらないだろう。
もちろんいらついたからと言って自民党議員のように怒鳴ったり背後から運転席を蹴り上げたりはせず、ただ無視した。とはいえ運転手の言動に差別の根源を見いだし世も末感を味わう自分に疲れるのも確かで、いったいこれはフェミなのか、鬱なのか。やっぱり「わたし」が大切にされていない日本社会の空気に、私自身がまいっているのだろう。「頭も痛いんだよねー」とたたみかけてくる男の声に顔を背けるように窓の外をながめつつ、そう確信する。

タクシーを降り、気分を変えるために、安倍さんではない世界を想像しながら歩いた。

原発事故が起きたのだからもう二度と原発は稼働しないと約束してくれる政治家が、地熱発電とか、自然由来の発電所を次々に開発し、全ての電信柱は地中に埋められ(8年経ってるんだからできたでしょ)、原発の燃料棒はすべて安全な場所に取り出され、汚染水の処理に本気に取り組んでいる世界。貯金がなくても飢える心配をせずに生きていけ、自分の孤独死を無意味にシュミレーションすることなどしない世界。当然、東日本大震災後で家を失った人々が未だに仮設住宅に暮らしている状況などあり得なく、不満を心おきなく口にしても責められることなく、批判に耳を傾ける政治家が切磋琢磨している世界。閣僚にまともな顔をした女性政治家がたくさん入り、本気の男女平等に取り組む社会の空気。
そんな想像をするだけで息が深く吸えるような気がした。

韓国の友だちは、「正直、日本の人が可哀想です」と言っていた。文在寅を100%信用してるわけじゃない。権力を持つ人への疑いと監視は常に必要。それでも自分たちが選んだ大統領に、命が軽く見積もられるような恐怖を感じないですむだけ、未来が澄んでみえるのだという。
私もそんな風に、澄んだ空の未来をみたい。ずいぶんと、そんな想像をしていなかったな、と思う。ずいぶんと、重たい雲の下、うなだれるように生きてしまってきたような気がする。そして奪われてきたのは、そういう私自身の希望であったのかもしれないと思う。
安倍さんのいない世界、人々の命を最優先する政治家が真剣に政治する世界を、私たちはもっと本気で求めるべきなのだろう。もうこんな風に、捨てられる命を目の前につきつけられるのはたくさんだ。

今も電気のない生活を強いられている方々、体調に不安を感じられている方が一刻も早く生活を、人生を、取り戻せますように。

東電のトップに無罪判決が出た日。

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北原みのり

北原みのり

ラブピースクラブ代表
1996年、日本で初めてフェミニストが経営する女性向けのプレジャートイショップ「ラブピースクラブ」を始める。2021年シスターフッド出版社アジュマブックス設立。
著書に「はちみつバイブレーション」(河出書房新社1998年)・「男はときどきいればいい」(祥伝社1999年)・「フェミの嫌われ方」(新水社)・「メロスのようには走らない」(KKベストセラーズ)・「アンアンのセックスできれいになれた?」(朝日新聞出版)・「毒婦」(朝日新聞出版)・佐藤優氏との対談「性と国家」(河出書房新社)・香山リカ氏との対談「フェミニストとオタクはなぜ相性が悪いのか」(イーストプレス社)など。

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