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モテ実践録(11) コロナ時代のシングル女性その2~明るい部屋でのおこもり生活のいいところ覚書

2020.04.19

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2月末あたり「やはりアプリを使って、いろんな人に会わねば!」と心を決めたばかりであったのに、今や、気軽にご飯を食べに行くこともできず、ましてや知らない人と実際に会って話す、なんてことは不可能である。知らない人と出会うなんてことも、(SNSの文面を除いては)かなり難しくなってきた。

私のような一人暮らし、もっぱら在宅ワークに切り替えて、必要な時にだけ「社会的距離」(約2メートル)に気を配りながら、少し外出する人にはわかってもらえると思うのだけれど、たとえば近所の人少ない公園を散歩していて、あるいは早朝のスーパーに買い物にきて、自分は一人、半径2メートル以内には誰もいない(し、近づきすぎないようにしている)のに、そのすぐ先を、2人で手をつないで話しながら歩いていたりする人がいる。というのも、「社会的距離」は、新型コロナウイルスに感染していない場合、同居人同士の間では必要とされないため、彼ら同士は別に近くにいても問題ないのだ。

私は比較的最近まで、かなりの満員電車に乗って出社していたので、その頃は、密着するほど自分のすぐ近くに人がいるのが日常だった。でも、今は、いない。せいぜい会計をするときに、店員さんと台を挟んで向かい合うぐらい。とは言ったって、現在のところ、自分の近距離に人が来ないことはよいことだ……そう思ってあまり気にしてもいなかった。
だが、昨日読んだ『ニューズウィーク』の記事
「『社会的距離の確保、2022年まで必要な可能性』米ハーバード大学が指摘」https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2020/04/2022.php
によれば、ハーバード大学の研究チームが、この「社会的距離」は2022年まで必要となる可能性があると指摘したらしい。2022年!? あと2年!? あと2年も、私の半径2メートル以内に人が来ないわけ!? 

(とは言っても、日本は「三密」というワードが先行しているので「社会的距離」への意識が薄いように思う。スーパーで、レジまでの距離をあけて並んでいて「詰めてよ」とか、「アンタ、並んでるの?」と怒られることはまだしょっちゅうだから。でも私は、人に感染させないと同時に、こんな状態で一人きりでパンデミックを乗り越える必要があるため、少なくとも今はなるべく人との距離を保つようにしている。不意にうしろからぶつかってくるおっさんなどは今も存在するため、本当だったら、オスカー・シュレンマーのバレエ衣装みたいなのを着て強制的に距離を取りたいぐらいだ)

最近、身近では大不況が到来し、友人も2カ月間以上収入が途絶えている。私もせっかくの転職の話がなくなってしまった。こうなってしまうと「モテを考えている場合ではない」とも思ってしまう。さらには知人から「今回のウイルスの大流行も気候変動の影響なので、今後こういった災禍の頻度は増えていくらしいよ」と聞かされて、これからどうやって生き抜いていけばいいのか……と本気で頭を抱えてしまう。答えはすぐには出ない。私は、いざとなったら留学しようと常に思ってきたけれど、それも今すぐには限りなく不可能だ。少なくとも今年は(あるいはこの先数年は)、国をまたぐような移動の仕方は難しくなるだろう。それに加えて、最長2年、私の半径2メートルには誰も入ってこない可能性がある……。そのことが絶対的な現実あるいは可能性として、自分の前に降りかかってくると、上に書いたように「今はモテどころじゃない」と単純にやり過ごすだけではいけないだろうと思えてきた。長期的な作戦を立てなければ。あるいは、自分の生き方を、モテ以外で考え直す必要性にいよいよ向かい合うべき時だ。

今までの考え方ではいけない。パートナーがいればいいなあ、家族がいればなあ、と、そのためにどうするかを漠然と考えてきたけれど、今までのような出会い、つまり飲み会や、集まりや、仕事を通じて思いもかけない人と顔を合わせたりする機会や、あるいは冒頭に私がいよいよ使おうと思っていたアプリだって、新型コロナにおいては使えない。

じゃあどうするか、あるいは、そこまでして誰かに出会うことは必要なのかという根本的な自分への問いについては、まだ答えが出ていない。けれども、インターネットを介した例えばメッセージなどのコミュニケーションで芽生える関係性があるとすれば、懐かしの映画「ユー・ガット・メール」あるいは『源氏物語』にまでも遡るのではないかとも思う。

このほかに、あまりにショッキングなので大きなニュースにはなっていないけれども、4月1日、日本生殖学会は、新型コロナウイルスによる妊婦への影響や胎児への感染の可能性がある以上、現在は不妊治療を延期するようにという声明を発表した。これに伴い、延期をした人は、年齢要件が43歳未満から44歳未満に緩和されることになったらしいが、不妊治療をしている人にとって、1年というのはかなり大きな違いだろう。それに、ハーバードの研究チームの最悪の予測通りになったら、翌年になったからって不妊治療を開始できるとは限らないのだ。

前にも書いたが、私もいずれは子どもを産みたいとずっと考えてきた。経済的にもっと安定したら一人ででも産みたいと思ってきた。でも、経済的にはますます行先は不透明、さらにパートナー候補との出会いも難しくなりそうだ。改めて今、私が子どもを持つような人生が不可能であるかもしれないと、もっと現実的にイメージしてみる。考えてみるとやっぱりちょっと寂しかったけれど、そんなもんだよね?と思った。私は「人生やり直したい!」と後悔でいっぱいになるような激しい反応をすることは全くなかった。別にそういう人生でもそれならそれでいいと思った。一つには、在宅ワークで子どもの面倒を見るのに苦労している友人たちを見て、いつまで続くかもわからないかつこの先何度も訪れるかもしれない禍機に子どもがいるというのは一つの大きな課題になりえると思ったことも影響しているかもしれない。ほかにもう一つ、こちらのほうがもっと大きな理由だけれど、今の自分の生き方や人生を肯定できる確信のようなものが、この生活の中で、確実に強く根を張っていたからだ。

特に転職の話がふいになった時点で、私はやはり落ち込んでしまい、とりあえず目の前のことに集中しようと、私は自分の気持ちを保つために、できることを全部やった。ともかく歩くこと(ただし人とは2メートルの距離を開けながら)。太陽に当たること。土を踏むこと。部屋を換気して、湯船に熱めのお湯をためてゆっくり入浴する。夜にはパソコンを閉じ、携帯をしまって、本を読むこと。暗くなると蛍光灯をつけずに、ライトチェーンに光を灯す。果物をたくさん食べ、水をたくさん飲む。汚れた洗濯物はすぐ洗い、流しにお皿を溜めておかない。そうこうしているうちに、夜11時には眠くなるようになり、あんなに苦手だった朝も、早くに目が覚めるようになった。目が覚めて晴れているとそのまま着替え、1時間ほどの散歩に出る。花や葉が太陽光に透けて輝く様を眺め、木々の中を吹き抜けてくる風に深呼吸する。義務感じゃない空腹が芽生え、野菜などが本当に美味しく感じる。ゆっくり音楽をきく。気持ちがグッと明るくなる。
 
そんなルーティンをこなすようになって、在宅で仕事を始めるようになって、私は普段の生活で自分がいかに無理をしていたのかに結果として気がついた。比較的自由で定時で帰宅できる恵まれた状況であったのに、それでも私は無理をしてきた。段々に部屋は綺麗になり、磨かれた窓はもっと明るい光を室内へと通し、ゆっくりと食事して野菜をたくさん食べるようになったのでトイレにも苦労しない。ベッドのリネンも頻繁に洗濯していい匂いがするし、布団は干してふかふかだ。そして、私は、本を読めるようになった。

仕事の進み方が思うようにいかず、ついつい「自分ダメだなあ」と落ち込んでしまうことはあるけれども、だいたいの時間、私は自分の心の状態に満足している。世界中の旅行先で買い集めたカラフルな小物が溢れた自分の部屋で、心から落ち着ける。昔買って線を引いた本を開き、内容についてまったく覚えていなくても、線を引いた時の自分の感情が沈殿して、現在の自分のどこか一部に影響しているのかな、なんて思えて自分に笑いかけたりしてしまう。コロナ禍は確かにつらいけれども、改めて根本的から自分の生活・生き方について考えている。

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(沼ZINE主宰)

沼ZINE主宰。https://numazine.themedia.jp

大学4年生の夏、内定が出ず定員割れの交換留学に申し込む。翌年、全く話せない状態でドイツへ向かい、毎日サービスデーのバーを回る「居酒屋ドイツ語」と呼ばれる勉強法で語学を習得。帰国後、大学院を経て都内の出版社に勤務しながらドイツ語翻訳を行う。2018年、友人とウェブマガジン「沼ZINE」を開始。趣味は映画・演劇・美術鑑賞、へっぽこ旅。

翻訳したドイツ語コミック「マッドジャーマンズ 」が第22回文化庁メディア芸術祭マンガ部門審査委員会推薦作品、第4回日本翻訳大賞二次選考対象作品に。

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