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怖い、怖い、怖い。新型コロナの細胞の写真が私には心霊写真並みに恐ろしい。恐怖をあおるような本音を吐露するのは“非国民だ”と言われかねないけど、言わせてもらう。怖いものは怖い。

感染する、しない。その境界線は常に私の前に引かれている。歩いていても、マーケットに行っても、ゴミ捨てに行ってもほんの少し先にその線があるように思えて、緊張感がなくなるのは日々のほんの少し、完全に除菌対策を施したつもりでいる自宅で過ごしている時くらいだ。

先月のはじめ、同居するパートナーが、からだの不調を訴えた。私は人と接することの多いパートナーに新型コロナ感染の疑いの目を向けた。家はそこそこ広いがL字型のワンルーム。隔離は無理だ。私はパートナーにベッドの上だけで過ごしてもらうようにし、水一杯でも汲みに行くことがない鉄壁の行動範囲規制を強い、家の中に見えない境界線を引いた。

身の回りのケアのすべてを担い、近寄る時はマスクと手袋をし、使った食器やタオルは消毒する。パートナーが回復するように食事にも気を配った。寝る場所も分けた。

その夜は雪の降る寒い夜だった。ベットは、Lの字の“_”の所にある。そこから5メートル先にある “|”側にあるにソファーで寝た。目をつぶるとコロナの影がチラつく。あまりの緊張感とパートナーが新型コロナに罹ってしまったかも?! という極度の心配で、眠いのに寝られない。換気せねば。パートナーに風が直接吹き込むことのないソファの横にある床から天井まで続く窓を開け、私は凍えるように寝た。寒い寒すぎる。パートナーは暖房に囲まれスクスクと寝ている。朝、私の頭にうっすら雪が積もっていた。

そして2日後、

「もう寝ているの飽きた。TVを見たい!! ご飯はまだか」

パートナーはそう言って私の“居住地”に来ようとした。「落ち着いて!」と私は必死に止めた。その行動にパートナーがキレた。「落ち着くのはおまえだ!! DV被害者支援センターに連絡する!!」

今のような新型コロナへの危機感がないその頃、私のような対応をするものはただの“神経質”。しかもただの“疑い”とくればパートナーがそう思うのも無理はない。

パートナーは私が作った境界線を大魔神のように踏み倒し、“ルール”を壊していった。しかしその姿を見て、私は恐怖とともに安堵する自分を見つけた。私は私の中に宿る恐怖に飲み込まれそうになっていたのだ。落ち着かなければならないのは私だった。

結局、パートナーはただの頭痛だった。あの数日を振り返る。「うつりたくない」「こんなに心配してるのに! ばか!」「食事に、薬に、消毒にもう疲れた!」「なんでこんな時に人に会うの?!!! ばかばかっ!!!」

私の心は疲弊し、パートナーへの視線の中に無慈悲な感情を潜ませていたのだ。

今叫ばれている“家庭内に感染の疑いがある場合”の対処方法は、あの時、私がとった行動と似ている。しかもさらに厳しいルールを求めている。

家庭内での行動自粛が必要な中で、線を引くチョークをまた私が握るかもしれない、パートナーが握るかもしれない。もちろん何よりも大事なのはパートナーの命だ。そこに何の疑いもない。パートナーが感染するなら私がかわりにうつってもいいなんてメルヘンチックなことを本気で考えている。チョークを握る理由は私への感染防御だけではない。パートナーの健康を考え、行動を注視する必要性もある。その時、私はさらに握る手を強めるかもしれない。どうすればいいのだろう? 私が感染者だとしたら、どうあってほしいのだろう。チョークは必要か?

命を守る線は必要だが、その線のありかたを考えてしまう。そしてそれは行政と私の間にある線も同様だ。

テレビのワイドショーで「マーケットでの3密を防ぐために必要なのは状況を可視化すること。文字やロープを張ることで危機意識を高めることが有効だ。それを国が指導すべきだ」と誰かが話している。これ以上、この国にチョークを預けるのはごめんだ。・・・そう思いつつも、己を振り返るとその難しさにも直面する。

掃除をするルンバの大きな音の中でそんなことを、考えている。あら? ルンバが止まった。ちょっと見に行ってきます・・・・・。

ルンバの前で私は恐怖のどん底に突き落とされた。その理由は次回。やっぱり怖いよー。

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アンティル(あんてぃる)

ラブローター命のFTM。
数年前「性同一性障害」のことを新聞で読み、「私って、コレかも」と思い、新聞を手に埼玉医大に行くが、「ジェンダー」も「FTM」という言葉も知らず、医者に「もっと勉強してきなさい」と追い返される。「自分のことなのに・・・どうして勉強しなくちゃいけないの?」とモヤモヤした気持ちを抱えながら、FTMのことを勉強。 二丁目は大好きだったが、「女らしくない」自分の居場所はレズビアン仲間たちの中にもないように感じていた。「性同一性障害」と自認し、子宮摘出手術&ホルモン治療を受ける。
エッセーは「これって本当にあったこと?」 とよく聞かれますが、全て・・・実話です!。2005年~ぶんか社の「本当にあった笑える話 ピンキー」で、マンガ家坂井恵理さんがマンガ化! 

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