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実はフェミドラマ? 京都府警科学捜査研究所、榊マリコに私もなりたい。

アンティル2019.10.04

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先日京都を旅し、偶然、京都府警を通りかかった。

「マリコ!」

私は胸が躍り、写真を撮った。京都府警のマリコをご存じだろうか?京都府警の科学捜査研究所を舞台にした人気ドラマ「科捜研の女」の主人公、沢口靖子扮する榊マリコのことだ。
「科捜研の女」は、京都府警科学捜査研究所、通称科捜研の法医研究員・榊マリコを中心とする科学捜査班が最新の技術を使い、事件を解決するという人気ドラマで、1999年からスタートし今シーズン18を迎えている。

私はこのドラマが好きだ。

マリコには恋人がいない。恋愛に悩んだり、結婚できないと悩むこともなく、自虐的に“おばさん”ネタを振り回すこともない。主人公であるマリコの私生活はほとんど描かれない。放送開始から随分経って、さらりとマリコがバツイチだとわかるほど、私生活はストーリーとは交わらないまま進んでいく。そんなドラマは日本では珍しい。

科学捜査チームの中でも恋愛話しは皆無だ。
マリコに威圧的な態度をとったり、オンナを貶めるようなセリフを吐くオトコもいない。チームの中にも組織上の上下関係は存在するが、チームの中心にはいつもマリコがいる。マリコの能力をオトコも信頼し、尊敬している。それぞれが専門分野のスペシャリストとして存分に力を発揮し、マリコの妥協のない仕事ぶりに引っ張られていく。誰がこの科学捜査チームのトップかどうかなのかなど、どうでもいい。視聴者の視点はけしてそこにはいかない。くだらない組織論を振りかざしはしない。

犯人や同僚の刑事の台詞、ストーリーに、ジェンダー感覚の狂いを見ることも多々あるのだが、マリコがぶれないから安心して見ることができる。マリコのアイデンティティは“科学者”。それが「科捜研の女」の良さである。ちょっとマリコ語録をのぞいてみよう。


「仲間や組織が先にくるのではない 自分がしている事が正しいか 正しくないかです」byマリコ


ある回での出来事。
科学捜査班を医学の面から支える、病理学科法医学教室の医師であり、死体の解剖を請け負う若村麻由美扮する風丘早月がホテルで数人と共に人質にされてしまう。目撃者の情報から、犯人が銃を持っていることを知った刑事たちに緊張が走る。しかし外からは中の様子がまったくわからず、人質救出の糸口をつかめない。そんな中で、京都府警自慢の狙撃犯が配備された。

マリコの無理な要請に、その“腕”でこたえ、科学捜査班の技術をそばで見てきた早月にはわかる。この状況でもマリコたちならあらゆる技術や知識を屈し中の様子を知ることができることを。早月は犯人の目を盗み、マリコたちが捜査をしやすい環境を作るために様々細工していく。早月もマリコもお互いを強く信じているのだ。

そんな中、人質の中から病人が出る。犯人の恫喝に屈することなく早月は治療をする。医師としての仕事をする。早月とマリコの姿が平行して描かれていく。
さらに犯人が持つ銃がモデルガンだということに気がついた早月は、犯人にわからないようにマリコにメッセージを送る。それはマリコほどの科学者ではないと受け取れないメッセージだ。
犯人が持っているのは本物の銃ではない! マリコはそう狙撃犯に伝え狙撃犯が現場に踏み込むのだが、その途端、銃声がなり花瓶が割れる。モデルガンでは花瓶は割れない。「拳銃は本物だ!」刑事達は混乱し、マリコを責めるのだ。
「科学は捜査の参考でしかない。思い上がるな」
「おまえの勝手な動きで人質の命が危険にさらされた。もう捜査から手を引け」
捜査を指揮する県警刑事部長はマリコに捜査から外れるように命令を下す。その場でマリコは一端は黙る。しかしそれは言うことを聞いて黙るのではなく、別に考えていることがあるからだ。マリコは上司の命令を聞かずに捜査を続け、真実にたどり着く。そして再び現場に向かうのだ。

「待機を命じたはずだ」
マリコをみた県警刑事部長はそう投げ捨てるように言う。フツーのドラマの女ならば、「すみません」「先ほどは申し訳ありませんでした」など一言言いそうなものだが、ここがマリコの素晴らしいところ。マリコは待機を命じられたことなど全く忘れているかのように、部長に向かってただこう告げるのだ。
「やはりモデルガンです」

マリコと早月は互いを信じ続けた。それは友人としての信頼関係ではない。互いの仕事、能力への信頼、そして仕事と向き合う姿勢を信じているから繋がる信頼関係なのだ。そこがいいのだ!!!

こんな回もあった。

日本のドラマ、特に捜査もののドラマで女が女と対決する場合、その多くがオンナがオンナを貶める構図になる。この回も微妙なストーリー設定ではあるが、そこはマリコ。

ひと味違う。後妻業をする女(犯人)とマリコとのシーンだ。

<マリコvs後妻業の女の1シーン>

マリコ「お金持ちにモテる事が大切ですか?

犯人「女はお金のあるなしで大きく変わるの。そういう男に愛されて女は幸せになれるの生き物なのよ。」

マリコ「あなたは女性なのに随分男尊女卑なんですね」

犯人「(略)女が幸せになれる男尊女卑なら、片意地張らずに受け入れれればいいのよ。それができない女をブスっていうのよ」

マリコ「私 あなたの言ってることが半分もわかりません」

相手を貶めるのではなく、まずきっぱり自分とは違うという線を引く。しかし最後のセリフに犯人への侮蔑は込められていない。「全くわからない」ではない「半分もわからない」というところがいい。オンナの戦いを上から眺める“オトコ”の視線からセリフが生まれれば「全くわからない」になったはずだ。「ちょっと考えてみたけど・・・・でもやっぱり半分もわからない」沢口靖子の棒読みのセリフ回しだからこそ伝わるニュアンスだ。揺るぎないマリコの姿が印象的なシーンである。

こんなシーンもある。マリコの相棒である土門刑事が高校時代の友人と再会する。その友人と土門は、昔、剣道の試合で土門がわざと負けて勝ちを譲ったことが理由で喧嘩別れをしていた。十数年後、事件で再会し2人は友情を取り戻していくのだが、最後のシーンでその友人は土門に“一発殴らせろ”と言う。そしてボカッと殴り、笑い声を上げ友情を取り戻すというホモソーシャルな日本の伝統芸のシーンへと続いていくのだが、マリコの場合は違う。そこで番組は終わらない。その姿をマリコはこっそり遠くから見ている。そしてこう言うのだ。

「男の人って不思議ね」

そして微笑む。しかしそれはオトコの友情に対しての賛美ではけしてない。ただ不思議なのだ。理解できずに笑う。さすが科学者だ。ラストシーンマリコは背を向け去っていく。

このドラマは沢口靖子の“美しさ”があってこそ成立するドラマなのかもしれない。次元を超えたところにいる沢口靖子の存在は、オトコの“からかい”を介在させる隙がない。それがそのままオトコから能力を奪われない、揺るぎない科学者としてのアイデンティティを持つマリコを存在させているように思える。皮肉な話しだが、“美”によってオトコの干渉を排除するという意図せずともトリッキーな仕掛けになっている。

棒読みのセリフ回しもマリコを現す上で欠かせない。華美な感情の揺れがなく、いつも一定のところで安定しているマリコには“棒読み”が必要なのだ。マリコは動じない。上司にも同僚にも犯人にも常に同じ棒読み、同じスタンスで、真実に向かっていく。男の価値観が溢れ、女が安心して楽しめるドラマが少ない日本で、マリコの存在は大きい。

最後にもう一つマリコ語録

「私たちにとって科学が証明した結果こそ唯一の真実です。それ(鑑定結果)を情報と呼ぶのは構いません。ですが、その真実を隠したり、ねじ曲げたり、操作したりすることを、わたしたちは絶対に認めません」

絶望的にひどい脚本の時もあったり、フェミ色に溢れる脚本があったり、当たり外れがあるのでちょっと用心が必要だが、私はこれからも見続けたい。京都府警の科学捜査研究所、榊マリコ。私もいつでもマリコでありたい。

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アンティル(あんてぃる)

ラブローター命のFTM。
数年前「性同一性障害」のことを新聞で読み、「私って、コレかも」と思い、新聞を手に埼玉医大に行くが、「ジェンダー」も「FTM」という言葉も知らず、医者に「もっと勉強してきなさい」と追い返される。「自分のことなのに・・・どうして勉強しなくちゃいけないの?」とモヤモヤした気持ちを抱えながら、FTMのことを勉強。 二丁目は大好きだったが、「女らしくない」自分の居場所はレズビアン仲間たちの中にもないように感じていた。「性同一性障害」と自認し、子宮摘出手術&ホルモン治療を受ける。
エッセーは「これって本当にあったこと?」 とよく聞かれますが、全て・・・実話です!。2005年~ぶんか社の「本当にあった笑える話 ピンキー」で、マンガ家坂井恵理さんがマンガ化! 

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