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モテ実践録(22)一つの卵子を凍結できました。

黒川 アンネ2021.08.27

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前回までのあらすじ★
「モテたい」「自分を理解してくれる人と出会いたい」「素敵な自分になる」等々と言いつづけて30代中盤に差し掛かったワタクシは、20代後半で結婚した友人たちが大変な目に遭っているのを目にし、「経済的に安定したら一人で子どもを産みたい! そのための準備をしよう!」と卵子凍結をすることに。海外の友人に相談すると、精子提供を快諾してくれた。
(あらすじここまで)

約10年前、大学院生のとき、研究科の先輩のことが本当に大好きで大好きで、思いが暴走して本人に大迷惑をかけていたのだけれど(すみませんでした)、その先輩から一度だけ夜中に電話がかかってきたことがあった。その日も私はいつもの通り誰かと飲みに行きベロベロになって、「年金通り」と呼ばれる高齢者しか住んでいない真っ暗な一帯の隅にあるボロボロのアパートに帰る途中であったと思う。先輩は、真剣な相談があるというので、私は呂律も回らないのにシラフを装った。この時間に、急に大事な話だって。話の内容を予想できなかったのでドキドキしたが、聞くと、先輩が熱心に活動していた猫の保護のことで、誰か引き取ってくれる人がいないかという相談だった。
私は同じ大学の学部から進学したので、当時は近所に親しい知人も多かった。私が住んでいたボロボロのアパート(すでに解体された)はペット不可だったので、翌朝から、実家に住んでいる友人などを中心に何人にも電話し、会っては直接に相談をしたけれど、「猫を飼うなんて無理だよ」という返事ばかりで、結局飼い主を見つけ出すことはできなかった。
飼い主探しを続けているうちに、私は、自分のことを含めて、「猫を飼う」ということが選択肢の中に入らない、考える前に「そんなこと無理だよ」と結論を出してしまっていることに気がついてハッとした。実のところ、それは猫のことだけに限らないで、私たちは日々、自分が本当はどうしたいのかを考えもせずに、選択肢に入れずに切り捨てていることがたくさんあるはずなのだ。

あらすじにも書いたように、今年(2021年)に入り、私は「いつかひとりで子どもを産もう! そのための準備をしよう」と考えて、先月(7月)は卵子の凍結に向けた治療を受けていた。卵子凍結を考え始めた頃に、私はこの、10年も前の先輩からの電話のことをよく思い出していた。というのも、当時の私が自分の家で猫を飼うということが想像もつかず、本当に自分が猫を飼いたいのかどうか考えたことすらないのと同じような強度(弱度?)でしか、私は子どもを持つということについて考えていなかった、つまり、ほぼ全くと言っていいほど考えていなかったことを思い知ったからだ。そんな選択肢が自分にあるということにさえ盲目だったな、と何度も考えていた。(今になって振り返ると、きっと結婚とかパートナーを持つというようなことも、言葉では考えているようなことを言いながらも、本当にはきっと考えていなかったのだと思う。)私はそんな選択肢が実在するとは本当の意味で気がついておらず、そのうちに同じような日常を繰り返して、先が見通せない沼地にはまっていた。

卵子凍結で必ず妊娠できるわけではないにしろ(35歳までに卵子を10個保存できれば6割の確率で妊娠できると言われた)、凍結自体が選択肢を広げることになるかもしれない。紹介を受け、ほとんどが夫婦で来診する不妊治療のクリニックに通い、血液を検査して、7月の生理が来てからは、凍結に向けたホルモン治療が始まった。薬剤の量が多い「高刺激」という治療を受ければ採れる卵子の数が増えると説明を受けたが、金銭面や仕事の面から、薬剤がそれほど多くない治療を受けた。それでも、排卵誘発剤を毎日飲むほか、1回分1万円ぐらいのペン型の注射を、自分でヘソの下左右に1日交互に毎日打つ必要がある。針の長さは5ミリ程度で痛みなどはないものの、自分で注射をするということに心理的な抵抗があって、毎日とても疲れていた。治療が始まった翌週に再度病院に行き、採血をしてホルモン値を測り、産婦人科と同じ検診台の上に乗り、左右両方に3つの卵子が見えると聞かされるが、なかなかサイズが大きくならなっていないので注射を追加する。その後も週に2度ほど通い続け、生理から2週間を過ぎた頃に採卵手術を受けることになった。

手術前々日、決められた時間に薬を鼻にスプレーし、これまでのペン型の注射とは異なる、普通の注射針で皮下脂肪に注射する。その頃にはもう慣れていたとはいえ、この絵に描いたような長い注射針を刺すのはさすがに怖くなった。とはいえ、エイっと刺すと痛みもない。それからは歩いても卵巣と内臓がこすれるような感覚があり、走らないようにと気をつけていた。前日は夜から絶食で水も飲むことはできない。
当日朝、病院に着くとガウン式の患者衣に着替え、点滴をさしてもらい、自分で歩いて採卵室へと移動する。呼吸器で麻酔がなされ、気がつくと「終わりましたよー」と肩を叩かれ、朦朧としながらも自分で手術台から下りた。膣から針を刺して卵巣から卵子を抜き取る手術だったので、意識がはっきりしてからは生理痛のような鈍痛がある。麻酔が完全に覚めるまでの2時間弱をベッドで、痛みのないように寝返りをして過ごす。とりあえず終わったんだ。隣のベッドには夫婦で来院したと思しき声が聞こえ、手術後、女性は具合がとても悪いらしく吐き気を訴えていたので、彼女は高刺激の治療を受けていたのかな、などと考えた。子どもが欲しくて、夫婦でお金もかけて、身体に負担もかけて、しかもこの採卵のサイクルを何度も繰り返しているのかもしれない。

やっとふらつきなく立ち上がれるようになったので、診察室で結果を聞く。ここで私を待ち受けていたのは、思いがけない言葉だった。「申し訳ない。」えっ、と思うと、先生は、卵子は思ったよりも数が採れたものの、1つ以外は変性卵と言ってすでに死亡しているような卵子で、残った一つも凍結できるかわからないと説明してくれた。事前に自分で調べた際には35歳以下では変性卵などが出る確率は1割と読んでいたので、まさかこんなに変性卵ばかりが出るとは思っていなかった。私は卵子の質が悪くて、もう妊娠できないかもしれない――。そんな私の不安を悟ってか、先生は、予想していたより卵子の数は採れたし、今度は高刺激で再度試せばきっと大丈夫だと言ってくれた。確かに、病院にいる他の夫婦と同じような深刻さで不妊について悩んでいて今すぐ子どもが欲しいというように緊迫しているわけではないにしても、この、ホルモン治療から採卵という過程は何度も繰り返されるゲームのようにも思える。お金をかけ、決められた手順を経て、身体の中で育てた卵を採る。卵子がたくさん採れれば、達成感はあるだろう。けれども私はもう手持ちのお金もないし、仕事も休めない。すぐに次を考えられるわけもなく、「あんなにお金をかけて、注射を打っても、こんなことってあるんだな……」と、とても落ち込んでしまった。さらに、病院に行く度に目にする他の不妊治療を受ける夫婦と自分を別だと思い込んできたことが、恥ずかしくなった。私も結婚していない、具体的にまだ子どもを産もうという段階ではないだけで、自分がすぐに妊娠できる体質かどうかもわからないのに、どうして自分はかれらとは違うと思ってきたんだろう。

フラフラで家に帰り、例の、精子提供を約束してくれた海外の友人から連絡があったので短く報告すると、すぐに電話がかかってきた。友人は電話先で少し泣いていた。そして、「卵子凍結だけが妊娠する方法じゃないし、もっとセックスしなよ!!!!!」と言ってきたので、それもそうだと思い、スッと気持ちが軽くなった。
後日、心配してくれた別の友人には「そのさ、精子くれるって言った人のこと大事にしなよ」と言われた。精子を提供すると約束してくれたり、心配して泣いてくれたりしてくれるなんて、そんな人いないという。確かに。その心配してくれた友人にだって、どんなに助けられたか。今では、友人の大切さに気がついたり、独身の自分には縁がないと思われた不妊治療を体験できたりしただけでも、卵子凍結をやってみてよかったなと思う。その後調べると、海外の精子バンクは国内法のグレーゾーンになっていて、自分で膣中に挿入できる長いスポイト状のものに入った精子を20万円ほどで個人輸入できるらしく、もう少し「今だったら子どもを産める!」という経済状態になった時に試してみようかと考えている。
結局、次の受診日の時に、残り一つの卵子は凍結できたことを知らされて、顕微鏡写真も渡された。それで妊娠できる確率は限りなく低いと思いながらもお守りとして保存することにした。

新型コロナの感染が拡大して以来、「コロナが終わったら」という言葉を繰り返して、もう1年半が経ってしまった。ワクチンさえ打てばコロナ以前のように生活できると考えていたが、変異株の存在によって、この状態は5年ほど長引くのではないかという予測も目にするようになった。こんな中途半端な待機状態を5年も長引かせてしまえば自分がさらにダメになることは目に見えているし、出産のタイミングも逃してしまうかもしれない。まだ答えは見つからないものの、今は視野の外にあっても自分が本当にしたいことは何なのかを見つめていきたい。いつかまた大手を振って「モテたい!!!」と思えるようになるのかな。

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