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ひとりでカナダ大学生やりなおし~アラフォーの挑戦 Vol.9 「進んだ」国カナダとマジョリティー/マイノリティ

橘さざんか2023.06.10

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先日イヤーなことがありました。以前のコラムで書いた、セクハラ被害とその被害報告を大学にした件については、終わったものとして私の中で処理しようとしていました。
ところが、3月に入ってから大学のセクハラセンターのスタッフから私宛に連絡があり、「セクハラセンターを調査している第三者機関の弁護士とミーティングをして調査に協力してくれないか」と頼まれました。
大学側の彼の処分に関しては納得いかないところがあったことと、またそのスタッフにはとても助けになってもらった感謝の思いがあることから、快諾しました。そしてセクハラ専門の弁護士と面談をしたのですが、その中で「彼は~というように言っているが、覚えはあるか」などといった原告側の言い分を聞かされたのです。それは、想像以上に気持ち悪い、グロテスクな感触がするものでした。
これだけ状況証拠がそろっており(テキストでのやり取りスクリーンショットを提出している)、セクハラをしたことの言い逃れができない状況と(私には)思われていたのです。私は無意識のうちに、彼もショボンとして「ごめんなさい」モードになり一応フリでも反省しているとなんとなく勝手に想像していたということに、そのとき気づきました。それは希望的観測でした。彼はあくまで彼。セクハラに至るまでに多大なゆがんだ経験を積み、ゆがんだ思考を形成し、今でもそれを保持しているので彼は自分自身は正しいと思っているのです。

一方で、彼にも彼の言い分を主張する権利があることもわかっています。それがわかっていようと、相手側の主張を聞くことがこれだけ不愉快なこととは……相手側にも主張して聞いてもらえる権利があること自体が許せなくなる気持ち……この不快感は訴訟を起こした人がみな経験していることだと考えるとちょっと圧倒されます。これよりずっと深刻なダメージにさらされながら自分の尊厳のために訴訟を決断し実行している人たちがいます。尊敬の念を抱かざるを得ません。一度裁判を決断しても、耐えきれなくなって自分を守るために中断する人もいるのではないかと想像します。

私は自分を傷つけるものからは逃げようというジェネラルルールは大賛成ですが、それはちょっと違うだろ、と思う「逃げ」もあります。

話は変わりますが、カナダにも保守系思想グループはあり、休日にポツポツと広場で集会をしていることがあります。彼らが主張しているのは “Freedom”。自由をくれと言っているのですが具体的に何を要求しているのかはわからず、カナダ人すらも「よくわからない」と言っていました。

私の付き合いのあるカナダ人は概して前提としてリベラルです。その人たちの間で意見が真っ向から対立するような場面は見たことがありませんが、冗談の中では彼ら白人にとって危ない橋を渡ることがあるようで、それに対して「それは不適切だよ」と親しい友達にフレンドリーにですが注意している/されている場面を見かけたことがあります。その後で「あの時注意してもらってよかった」「ありがとう」と言ったり、場は和やかであるのですが、一瞬走った緊張感やその後も当人たちの表情に硬さが見られたりすることなどを私は見逃しませんでした。
つまり、私の周りの良識ある白人たちは「進んだ」国カナダならではの、日本からみたらネクストレベルの緊張感の中に生きている。しかしその中でもよりwoke(人種差別問題やLGBTQイシュー等社会問題に関心を持つこと)であろうと頑張っているのだなと。(「頑張っているフリをしているだけ」という友人説もありそれもまたあると思うのですが)

私はこれを偉いなと思ったり、苦しまないでほしいなとは思っていません。むしろ、今まで享受してきた特権(privilege)を振り返ってどうぞ苦悩してくれい、と思います。ただ、その中でこのプレッシャーは理不尽だと思い逃げて逆ギレしてしまう人もいるのだろうと、それがあの “ Freedom!” “Cancel the cancel culture!(キャンセルカルチャーやポリティカルコレクトネスに反対する人たちの決まり文句)” の人たちなのだとわかったのです。

差別問題に意識的である、あろうとするということは、力の不均衡とマジョリティー⇔マイノリティの非対称ベクトルに気づいていて、マイノリティ側がやっても問題にならないことをマジョリティー側にいる自分がやってはいけないことに気づくということです。それにみなが気づいて、マジョリティー側にプレッシャーがかかって既得権益を手放してもらうことでしか差別問題はましにならないということです。よりよい世界にしようとか、そうでなくてもただ普通に良識的であろうとすれば負担がかかることなのです。それを「いやだー!」と言って逃げてしまうマジョリティーも出てしまうのですね。と、カナダにいる外国人の目から眺めていてわかったのです。

私は日本でも、今でもフェミニズムの問題に関心があり女性であるというマイノリティ立場からマジョリティーを批判することがありますが、一方自分にも多分に他の要素でマジョリティー要素があるにもかかわらず、そこで苦悩をしてきていないと気づかされました。苦悩していないということは、問題を解決しようとしないということで、加担してきたということになるのですね。それに気づいて今、憂鬱な気分になっています。

危ない橋を渡っている演劇を見ました。” Redbone Coonhound” という題名(犬の犬種だが、Coonというのには黒人奴隷という意味があり逃亡奴隷を捕まえるhounddogであったことが名前の由来)の喜劇で、ニューヨークセントラルパークカレン(※)のパロディーシーンから始まります。現代的な人種差別の生じるシーンを面白く誇張したり不条理コメディにしたシーンのオムニバスで、作る側もリスクを負い、見る側も楽しいだけではなくざらつく思いをするものだったのですが、苦悩を恐れず行動するということは、こんなやり方もあるのだなと思いました。勉強になる毎日です。

(※)2020年、セントラルパークでリードを使用せず犬の散歩をしていた女性が黒人男性に注意をされた際、脅されたと虚偽通報した事件。
コロナ渦にはストレスからか頓珍漢な逆上、挑発行為をするこういった女性がアメリカ全土に出没し「カレン」と呼ばれた。
https://www.imagotheatre.ca/redbone-coonhound

写真©Tachibana Sazanka



フードバンクのボランティアでサルベージしたコストコのロブスター



マレーシア出身の友達がなにやら本場のペーストを使って料理にしてくれました。



春めいてきましたが未だに冬のコートを着ています

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