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中絶再考 その37 患者にやさしいパンフレットを!~豪・加・日 経口中絶薬の患者用資料比較から見えたこと(後編)

塚原久美2023.09.19

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あまりにも不親切な「禁忌」チェック項目
 ラインファーマ社が作成しているパンフレット「メフィーゴパックの投与を受ける方へ」の3見開き目(5-6ページ)の左側には、禁忌のチェック項目がある。各文の冒頭に□がついており、患者が自分でチェックすることを求められているようである。ちなみに、オーストラリアやカナダのブックレットではセクション2と比較的最初の方でこのスクリーニングを行っているため、禁忌のために中絶薬を使えない人は、不必要な「副作用」情報で脅かされることはない。しかし、日本の場合は順番が違うので、禁忌にたどり着く前にすべての人が恐ろしい「副作用」情報を読まされることになる。
しかもこれらの禁忌のチェックの文言は、あまりにも専門用語や専門知識に偏り過ぎている。たとえば以下のような具合だ。(➡以下は私のコメント。)

□過去にメフィーゴパックに含まれる成分で過敏症のあった人➡過去と言われても、発売されたばかりの薬だし、成分が何かと言われてとっさに分かる人は少ないだろう。(実は、メフィーゴパックに含まれる2剤——ミフェプリストンとミソプロストール——が成分名なのだが。)

□過去にプロスタグランジンE1誘導体製剤に対して過敏症のあった人➡「プロスタグランジン」だけでも耳慣れないのに「E1誘導体製剤」と言われても……。

□ポルフィリン症の人
➡英語ではPorphyriaと綴るそうだが、オーストラリアとカナダのブックレットには出てこない。自分が患者の人は理解できるのか? 

 さらに「次の薬やサプリメントとは併用できません」として、少なくとも私にはちんぷんかんぷんの薬剤名が列挙されている。

□抗凝固薬(以下の薬)を使用している人

 ワルファリンカリウム、ダビガトランエテキシラートメタンスルホン酸塩、リバーロキサバン、アピキサバンエドキサバントシル酸塩

□薬物代謝酵素であるCYP3Aを強くまたは中程度に誘導する以下の薬を使用している人

 リファンピシン、リファブチン、カルマバゼピン、フェニトイン、セイヨウオトギリソウ含有食品、フェノバルビタール、ボセンタン、エファビレンツ、ダブラフェニブ、エトラビリン、ロルラチニブ、プリミドン、ソトラシブ

……といった具合で、おそらく「自分が該当者」でも分からない人がほとんどではないだろうか。お手上げ状態になり、枠外に書いてある「上記の他にも注意すべき薬があります。何か使用している薬があれば、必ず指定医師に伝えて下さい。」の但し書きに従って、「先生にすべてお任せ!」になりそうだ。ちなみに、オーストラリアとカナダのブックレットには、このように薬品名を列挙したチェック項目は皆無である。
 他にも、専門家でなければ理解できないような「胎のう排出確認前後の子宮出血の推移について」のグラフに出てくる「Modified PBACスコア」とか、「胎のう排出確認前後の下腹部痛の推移について」のグラフに出てくる「NRSスコア」も、ほとんどの患者には無益な情報である。患者と医師の距離を遠ざけてしまうか、あるいは患者を威圧して従わせる効果しか持たないように思われる。「重大な副作用」の中でも、海外ではエビデンスがない(薬との関連を裏付けるほどの頻度で起きていないため検証不能——死亡例もそのひとつ)とされているごくまれな事象をすべて「頻度不明」として列挙し、挙句の果てには「死亡した症例が報告されている」と述べているのも、患者を脅かし、必要以上に中絶薬を「危険なもの」と誤解させることになる。

そもそも患者ではない?
 最近は患者中心医療が大切だとされており、医学的専門用語は使わず、患者の理解できる言葉で接することが奨励されている。医学知識をふりかざして患者に接することは、患者の主体性をはく奪することになりかねない。
 しかし、もしかして日本人の指定医師にとって「中絶を受けにくる人々」は「患者」でさえないのかもしれない。日本では、出産も中絶も「医療」ではないと豪語する産婦人科医師は少なくない。しかしもし医療でないのなら、なぜ「医師」がケアを提供しているのだろう? 少なくとも海外では中絶ケアはれっきとした医療の一環であり、だからこそ、オーストラリアやカナダのブックレットには「患者用情報ブックレット」と明記されているのだ。
 日本の「患者用資材」の情報は、中絶薬を求めてやってくる人々にとって「脅威」でしかないように思える。読めば読むほど中絶薬は恐ろしいものに見えてきそうだ。そうなると、指定医師しか使えないのも仕方がない、入院も仕方がない、10万円も仕方がない……とあきらめて理不尽なことまで受け入れてしまいそうだ。あるいは、薬はたいへんだから手術でいいや……と思ってしまうかもしれない。
 ため息をつきながら表紙に戻ると、左上のコーナーに「医薬品リスク管理計画(RMP)」のラベルがあることに気づいた。調べてみたら、これは「医薬品のリスク(副作用)を最小化」するために通常のリスク管理活動として作成される添付文書・患者向医薬品ガイドとは別に、「追加して」作成される「適正使用のための資材」のマークだった。これはそのうち、「患者向け資材」にあたるものらしい。
 つまり、オーストラリアやカナダのブックレットとは性質も目的も違うらしい。患者自身に必要な情報を与えるものではなく、リスク(副作用)を引き下げるために、いわば患者に「警告しておく」ために作られたもののようだ。そこには、「関連は疑わしいが、確認が十分でない副作用」や「情報が不足している条件」など——つまり科学的なエビデンスのない「重要な潜在的リスク」や「重要な不足情報」も書き込んでいいことになっているという。少しでも疑わしき情報は、何でも入れて構わないわけだ。
 どうりで「患者」にやさしくないわけだ。看護師をしている友人が言っていたとおり、もしも中絶薬に関して個々のクリニックで「患者用説明書」を作っているのだとしたら、ぜひオーストラリアやカナダのブックレットを参考に、患者を不必要に不安にさせることがなく、だけど同時に問題の兆候を見落とすことがなく、すみやかに相談できるようなメリハリのきいた中絶患者にやさしいパンフレットを作ってくださることを、から願っている。

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塚原久美

塚原久美(つかはら・くみ)

中絶問題研究者、中絶ケアカウンセラー、臨床心理士、公認心理師

20代で中絶、流産を経験してメンタル・ブレークダウン。何年も心療内科やカウンセリングを渡り歩いた末に、CRに出合ってようやく回復。女性学やフェミニズムを学んで問題の根幹を知り、当事者の視点から日本の中絶問題を研究・発信している。著書に『日本の中絶』(筑摩書房)、『中絶のスティグマをへらす本』(Amazon Kindle)、『中絶問題とリプロダクティヴ・ライツ フェミニスト倫理の視点から』(勁草書房)、翻訳書に『中絶がわかる本』(R・ステーブンソン著/アジュマブックス)などがある。

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