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TALK ABOUT THIS WORLD ドイツ編 隣の芝生が青く見えた、寝台車の旅

中沢あき2023.09.26

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とある仕事の縁で、夜行寝台車に乗った。夜行寝台車に乗るのは、約20年ぶり。あのときはイタリアのミラノからドイツのケルンまで乗ったのだが、今回の行き先はウィーン。自分でも驚くが、ドイツに20年近く住んでいて、隣の国であるオーストリアに行くのはなんと初めてである。

仕事は日曜の夜の予定で、それまでにウィーンに着けばよいのだが、超特急電車に乗ってもウィーンまでは8時間以上、そしてもともと遅延がひどいドイツ鉄道はこのところ、1時間2時間の遅延やら突然の運休やらで更に輪をかけて悲惨な運行状況なので、当日の早朝に乗っても不安である。ケルンーウィーン間は飛行機も飛んでいるのだが、こちらもまた最近は搭乗者数が少なかったり従業員が手配できないと突然休航になったりするので不安である。1日早めに出発をと考えても、金曜日の午後に別の出張から帰ってきて翌日早朝に空港に向かって飛行機に乗るスケジュールも辛くて嫌だ。そこで思いついたのだが、そういえばウィーンの方面に夜行列車って出てたよな、と検索してみたらオーストリア鉄道が運行している夜行寝台列車がヒットしたのでこちらに決めたのだった。夜中だったらそれほどダイヤも乱れなさそうだし、ウィーンは終点だから遅延が発生しても乗り換えの心配はいらないし、何よりも長時間の移動を睡眠に充てられるなら効率的だと思ったのだ。

さて出発当日、その前々日に突発した五十肩の痛みはだいぶ和らいできて、服の脱ぎ着やシャワーもなんとかいつもどうりにできるようになったのは幸い。夜行寝台車が出発するのは隣町のボンなので、そこまでは最寄りの駅からドイツ鉄道に乗らねばならない。鈍行でたった30分の距離だが、その前の出張でさんざんドイツ鉄道のひどい状況に振り回された私は、遅延や運休がいつ発生するのかわからない不安で早めに行こうと思うも、夜の時間帯は運行数が少なくて、選択肢があまりない。1本早い時間の電車に乗ったものの(電車よ、ちゃんと来てくれ、遅れないで着いてくれ)と祈るようなハラハラした気持ちで移動しなければならないのも本当にストレス。鉄道というインフラがまともに機能しないのは本当に大弊害である。随分前のとある調査では、通勤時の電車のトラブルによるストレスで起きる健康被害はかなりあるのだとか。恐るべし…。

幸い遅延も10分ほどで済み(と言ってる時点で何かがおかしいのだけど)、無事に乗車駅のボンに着いて、指定のプラットフォームで待っているとオーストリア鉄道からの通知メールが来た。いわく、10分程到着が遅れる予定だとか。まあ、あとは待つだけなのでいいか、と思っていたら、ほぼ定刻時間に予定とは反対側のプラットフォームに青い列車が滑り込んできた。青い車体にはnightjetと書かれているから、これが乗る予定の寝台車だ! あれ? 遅れてなかったのか…。停車した列車に乗り込むとニッコニコの笑顔の陽気な乗務員がやってきて、勝手のわからない私を予約したコンパートメントまで案内してくれる。私は二人部屋を予約したのだが、その際に名前の記入についてMsかMrかを選ぶと、自動的に同性の乗客がいるコンパートメントをあてがってくれるのだ。このクマみたいな乗務員のおじさんがドアをノックしているところを見ると、同乗者は既に中にいるらしい。ドアが開いて上段のベッドから同年代くらいの一人の女性が顔を出して、どうぞーと言ってくれる。私がドイツ語で話していても、なぜか英語で返してくる乗務員に「彼女はドイツ語話せるわよ」と笑いながら言ってくれる彼女は気さくな感じでホッとした。クマのおじさんと先客の彼女が一緒になって、ざっと部屋の説明をしてくれる。狭いながらも、窓の脇の片隅の戸棚を開けると観音開きの鏡とともに小さな洗面台が現れ、お湯もでる。トイレは外の共用トイレだが、なんとシャワー室付き。壁に備え付けられた小さなテーブルの上に置いてある紙袋のセットの中身は、スリッパに耳栓にミニタオルに、グミや豆のスナックのミニパッケージ(しかもオーガニック!)、水のボトルも一人に2本となんだか飛行機のビジネスクラスみたい?と思っていたら、再びノックとともにドアが開き、おじさんがスパークリングワインのミニボトルを持ってきた!ウェルカムドリンクなんて素敵!めっちゃ旅気分が揚がる!

思わずアルコール片手に夜更かししたくなるが、既に夜の23時半過ぎ。五十肩にはアルコールは良くないんだよなと思いながらも、なんだかこの気分を逃したくなくて、ボトルを開けて二口、三口飲んでから、布団に潜り込んだ。簡易なベッドは程よい硬さで気持ちがいい。部屋の空気の乾燥がちょっと気になったし、すぐに寝つけなくてぼんやりしたまま、どこかの駅でいやに長く留まっているなあと思ったあと、深い眠りに落ちた。

目が覚めたら遮光スクリーンの隙間から明るい光がもれている。ちょうど上段の彼女も目を覚ましていたらしく、私の音を聞きつけて「おはよう」と声をかけてきた。携帯の時計を見ると7時過ぎ。そういえば彼女は降りる前に朝食を持ってきてもらうのが7時頃であなたを起こしちゃったらごめんなさい、とか言ってたっけ。彼女に言われてスクリーンを上げると、停車中の駅名が見えた。パッサウだ。あれ?まだドイツ?「そうなのよ、遅れてるのよ、この電車。だから次の乗り継ぎに間に合わなくなっちゃうから、別の駅で降りて、彼に車で迎えに来てもらおうかと思ってるの」と、携帯で一生懸命ググっている彼女。私も携帯を見ると、オーストリア鉄道から通知メールが来ていた。メールを開いてみると、30分くらい遅れているらしく、その理由は「ドイツの路線で遅れたため」と書いてある。わざわざ「ドイツの」と書かれてしまうとは、どこまでトホホなドイツ鉄道。

ノックの音がしてドアを開けると、彼女を起こしに来た乗務員が彼女に朝食を持ってきていいか訊いている。結局彼女は一つ先の駅で降りることにしたらしい。私は終点まで乗るけれども、彼女と一緒に朝食を持ってきてもらえるようにお願いすると、昨日の夜寝る前に渡しておいた注文票通りの朝ごはんがトレイに乗ってきた。拳大の丸パン2つにフレッシュチーズ、ジャム、フルーツヨーグルト、それにオレンジジュースにコーヒー。飲み物も含めて6つまで希望の品を注文できる。乗務員が私のベッドをたたみ上げてから戻した座席に二人並んで座り、丸パンに横からナイフを入れて切り分けてジャムを塗る。私のジャムはアプリコットだったが、彼女のトレイのジャムは赤いイチゴか何かだった。ジャムの種類はサプライズなのね。簡素だけど美味しい。もうすぐ降車駅に着くので急いでパンを食べている彼女とそれでも話を交わす。

「やっぱり電車遅れたわね」「そうね、夜中にどこかの駅で長く止まってたよ。ボンを出たときは遅れてなかったのにね。オーストリア鉄道からの遅延のお知らせメールには、ドイツの路線で遅延が発生したため、って書いてあったわよ」と私が笑って言うと、オランダから乗車してグラーツの家に帰るというオーストリア人の彼女は言った。

「私のドイツ人の同僚も、ドイツの鉄道は悲惨だってよく言ってるわ。鈍行も超特急も同じ路線で走らせるからメチャクチャになるんだって。他の国の鉄道はちゃんと分けているのにね」

「そう! 私もそう思ってたわ! でもオーストリアの鉄道では遅延はないの?」

「うーん、全くないわけじゃないけど、こんなにひどくないわよ。」

なんと!それは知らなかった!隣国だけど、そんなにシステムも事情も違うのか…。

これはもう時間がないから後で食べると、ヨーグルトをバッグの中に突っ込んで、その彼女は荷物をまとめて急いで降りて行った。降り際、気さくでサバサバした感じの彼女は「旅を楽しんでね!」と笑顔で言ってくれた。

その後1時間くらいして、寝台車は終点のウィーン中央駅に着き、私も荷物をまとめて外に降りて驚いた。なんだ、この近未来的なデザインの駅は!自分の知識不足と偏見が恥ずかしいが、オーストリアやウィーンは古き良き街並みが広がる、クラシックで保守的な街と思い込んでいたから、いきなり目の前に大きく広がった、モダンでスッキリしたプラットフォームと屋根のそのデザインに驚いたのだった。思わず写真を撮りながら、コンコース通路へ降りて、宿泊先へ向かうために市内交通24時間チケットを買ったのだが、券売機はちゃんと動くし、わかりやすい。かつ、案内係の人も、乗り場などをきちんと教えてくれる。

駅の外に出て乗り場までは少し歩いたが、お目当てのバスはちゃんと時間通りにやってきた。首都だからということもあるだろうが、日曜日なのにバスやトラムは何本も出ていて、しかもほぼ定刻通りにやってくる。だから乗り換えもスムーズだ。

いまやまともに機能していないと誰もが思っている悲惨な交通インフラ事情のドイツから来た私には、もうこれだけでこの街がとっても素敵に見えてしまうのだった。インフラって大事だよね。


シェーンブルン宮殿の庭園内の丘から見下ろす宮殿とウィーンの街並み。
もちろんウィーンが素敵なのは交通事情だけではなくて、オーストリア・ハンガリー帝国を統治していたハプスブルグ家の名残の建築物やその文化の古典性や、一方で思想家であり建築家であったフンデルトヴァッサーの個性的で掟破りの建物を公共建造物として受け入れてしまう懐の深さ、昔からトルコや東欧諸国との折衝や交流があった場であったゆえの国際性の継承と、合理的かつ斬新なデザインの公衆トイレとか、いろいろと興味をそそられる要素がいくつもあって、ぜひ再訪したいと思ったのでした。


ウィーン名物の巨大なトンカツ、ヴィーナーシュニッツェルを食べる機会はなかったけど、ザッハートルテは(でもホテルザッハーではなくて)シェーンブルン宮殿で食べたぞ。

©️ Aki Nakazawa

 

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中沢あき

中沢あき(なかざわ・あき)

映像作家、キュレーターとして様々な映像関連の施設やイベントに携わる。2005年より在独。以降、ドイツ及び欧州の映画祭のアドバイザーやコーディネートなどを担当。また自らの作品制作や展示も行っている。その他、ドイツの日常生活や文化の紹介や執筆、翻訳なども手がけている。 

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