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わたしより10歳以上も年上のその女性は、諭すように、言った。

人はね、生まれてくるときに、自分でこういう人生にしよう、って、人生のシナリオを書いて生まれてくるのよ。何を学びたいのか、そのために何を経験したいかを自分で選んで、ね。でも、生まれてきたら、そのことは忘れている。じゃないと、学びにならないから。あなたが今、生きることが苦しいとしても、その苦境をセッティングしたのは自分だってこと、覚えておいて。それを経験することで何かを学びたくて、自分自身を成長させたたかったのよ。自分が、そう決めた。だから、苦しくても人のせいにしてはいけない。自分の人生は自分の責任なんだから。それは自分を成長させるために自分が決めたこと。この苦しみは自分が設定した課題。

その人は、幼い頃、同居していた父親の弟、つまり彼女の叔父から性的虐待の被害を受けた。誰もがうすうすそのこと被害(というか、叔父の加害)を知りながら、叔父に注意もしなければ、彼女を気遣うこともしなかった。両親をはじめ、大人たちは、誰も彼女を守ってはくれなかった。実家は大きなお商売をしていて、親族間の諍いは御法度な雰囲気だった。その和のようなものを乱してはいけない気がして、彼女もそのことを、身内には言ったことがない。

親族以外には、という限定付きだけれど、被害経験を、彼女は隠さない。わたしにも、書いてもいいよ、書いて書いて、と笑って言う。わたしも含めて、周りの友人・知人たちは皆、そのことを知っている。深刻な風でもなく、初対面の人にも、そのことを話す。

彼女は、温和な人柄で、怒ったところを見たことがない。腹が立つことはないんですか、というわたしの問いに、にっこり笑って、感謝しているから、と言う。理不尽な目に遭っても、相手に怒るどころか、感謝するというのだった。加害者に対しても、人生の苦しみを味わわせ、自分を成長させてくれる、その役を買って出てくれたことに、ありがたさを感じるのだという。今生でこんな「悪役」を引き受けてくれることを選んだ、そんな人生のシナリオを書いた、その人の「生まれる前」の心意気に感謝するのだという。

彼女は二度結婚をし、二度とも離婚している。離婚の原因はいずれも夫の暴力。元夫は二人とも、普段はいい人なのに、酒を飲むと彼女に暴力を振るった。かなり長い期間、暴力に耐えたのだそうだ。その二人の元夫にも、彼女は感謝しているという。多くのことを学ばせてくれた、といって。

この人生は自分が考えて選んだこと。この暴力に耐えることで何かを学ぼうとした。それを学びきったら、きっと、その暴力は終わる。だって、学びのための暴力なのだから。暴力が終わらないのは、わたしがまだ学びきっていないから。暴力を終わらせるためにも、わたしはこの暴力から学ばなくては。それに、この人に、これ以上暴力を振るう役を担わせるのは辛いから。

彼女は、いくつもの辛い出来事を、「生まれる前に自分が書いたシナリオ」という視点から説明する。それは、理不尽な出来事を自分なりに理解する物語としては、よく出来ていると思う。たしかに、辛い経験は人を成長させる。辛い経験から多くを学び、他人の痛みに心をはせることができるようになったという人もいる。でも、その人たちはそのために、辛い経験をしたのではない。同じような経験をしていながら、それから逃げて他人への加害に向かう人だっている。

彼女は、子供の頃、被害に遭っても誰も助けてくれなかった、その出来事から自分を守るために、そういう「物語」に救いを求めたんじゃないだろうか。もちろん、それはわたしの勝手な解釈に過ぎないし、そんな解釈は彼女に失礼なんだろうとは思う。

暴力を振るった叔父を受け入れることなんてない。あなたへの暴力を見て見ぬふりをして、幼いあなたを守ってくれなかった大人たちに感謝する必要なんてない。あなたに長い間暴力を振るい、支配してきた元夫に感謝する必要なんてない。起こった出来事の責任を、あなたが負う必要なんてない。

そこまで人生の理不尽さを背負わなくても、目の前の理不尽なことから逃げても、反撃してもいいんじゃないですか。だって、あなた自身の人生なんだから。暴力に立ち向かう自分、そういう力を発揮する自分、そんな学びだってあるんじゃないですか。

そう言ってしまったわたしに、彼女は静かに笑って、言う。学びは自分の「中」でするもの、人に働きかけることや、状況を変えることは学びではない。学びが終われば、状況は変わる。周りの人も変わる。人生の学びに不要な人は去り、必要なものだけが残り、来る。

そして、「生まれる前に自分が書いたシナリオ」という話が繰り返される。そのシナリオの中では、わたしもまた、彼女に何かを学ばせる一人なのだ。それを聞かされるのは、正直なところ、あまり楽しいものではなかった。学びが足りない? そうかもしれない。

今度、その人に会うことがあったら聞いてみようと思う。今、人生のシナリオを書くとしたら、どんな人生にしたいですか。

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牧野雅子(まきの・まさこ)

龍谷大学犯罪学研究センター
『刑事司法とジェンダー』の著者。若い頃に警察官だったという消せない過去もある。
週に1度は粉もんデー、醤油は薄口、うどんをおかずにご飯食べるって普通やん、という食に関していえば絵に描いたような関西人。でも、エスカレーターは左に立ちます。 

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