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「家族の絆をマモルくん」たち

牧野雅子2015.12.22

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2015年12月16日午後3時。わたしは、テレビの前で正座をして「夫婦別姓」訴訟の最高裁判決が報道されるのを待っていた。違憲判決が出るとみじんも疑っていなかった。

わたしは普段、いわゆる「通称名」で生活をしている。仕事もそうだし、友だち付き合いも、もちろん、表札も。以前、旧姓で通していますと言ったなら、それを聞いた、ラブピースクラブのコラムでもおなじみの打越さく良さんから「本姓ですよね」とやんわり訂正されてハッとしたことがある。そう、本姓。わたし自身の名前。

結婚で名前が変われば仕事上支障を来す、だから自分の姓を名乗り続けられるように、別姓を認めて欲しい、そういう声に対して、職場で通称名が使用できれば事足りるとする意見がある。
わたしの今の職場は旧姓使用が認められていて、わたしは手続きに則って「通称名」を使用している。けれど、それだって一筋縄ではいかなかった。制度上可能であることと、実際に受理されること、気持ちよく業務が遂行されることは、違う。
旧姓使用の手続きをしようとしたとき、事務が嫌がるから職員登録は戸籍名で行って欲しいと言われたことがある。通称名と戸籍名、名前が二つになれば手続きは煩雑になり、確認すべきことも増える。昔の話ではない、2013年のことだ。ジェンダー研究でその名を知られる教授が長の研究機関ですら、このようなことがある。しれっと旧姓使用届を提出して、「通称名」で日々の業務をこなしているが、あの時の、事務が嫌がるという言葉が今でも棘のように刺さったままだ。
その人も、悪気があって言ったのではないと思う。しかし、こうしたことに何も感じないふりをしてやり過ごすのは難しい。提出する書類が増えるとか、証明書を用意するのが大変だとか、そういう形式上の問題だけじゃない。その都度、心がすり減るのだ。何かが積み重ねられていくのだ。

今年、わたしは2度入院し、大小合わせて5回の手術を受けた。病院通いに明け暮れた一年だった。その度に呼ばれる名前、山のような書類に書く名前は、使い慣れた馴染みのある名前ではなかった。保険証に記載された名前は戸籍名だからだ。入院の時、せめて病室の入り口に掲げてあるプレートに通称名を併記してもらえないかと、伺いを立ててみたが、あっさりスルーされた。
病院では、医療事故を防止するため、頻繁に患者の氏名確認が行われる。名前を呼ばれ、わたしも名乗り、リストバンドを確認する。それが何日か続くと、どんどん気持ちが萎えていく。わたしの中で二人が別れていく。戸籍名の人はいつでも病気で可愛そうだった。
16時間かかった手術が終わり麻酔から覚めたとき、「○○さん」と戸籍名で呼ばれ、何かの記号みたいだと思ったのを覚えている。自分の名前で呼ばれたかった、その名前で麻酔から覚めたかった。
夫婦別姓が認められて欲しいと思うのは、何も職業生活に支障を来すからだけじゃない。職場で通称名が使えればいいという問題じゃないのだ。

そんなことくらい分かって結婚したんでしょ、という声が聞こえる。けれど、結婚は、当事者二人の話し合いによって決まるものなのだろうか。そもそも結婚ってどういうことだろう? 一緒に住むこと? 家族だとまわりの人に認めて貰うこと(その前に、家族って何?)? 役所に届け出ること?

さかのぼれば、わたしたちは法律婚をするつもりはなかった。二人とも、事実婚でいいと思っていた。
ある日、わたしの上司である課長に人事管理部門のエライさんから電話が入った。わたしが結婚しているはずなのに夫婦で姓が違うのはどうしたことかという問い合わせと「指導」のためだった。わたし本人にではなく、上司に電話が入ったことに驚いた。
結婚は、わたしの個人的な問題のはずだった。あるいは、相手との。けれど、そうではないらしかった。職場の問題、上司の管理責任の問題らしかった。

その後、他の人たちからも、法を遵守する立場なのに事実婚は許されないとか、公務員としてあるまじき行いとか、家族を何だと考えているのかとか、そうそう、わたしのような不埒な考えをする人がいるから家族が崩壊するとも言われた。今なら家族の絆が弱くなると言われるところだろう。「家族の絆をマモルくん」たちの正義に照らせば、わたしはとんだ非常識者らしかった。
職場で籍を入れるようにいわれたから。法律婚をした理由はそれだけだ。

会計課から呼ばれて行ってみたら、給与書類のわたしの名前が二重線で消されて相手の姓が書き込まれたものを見せられたということもあった。わたしはひと言も、自分が改姓するとは言っていなかった。まだ役所に届けもしていなかったのに、課員はわたしが相手の名前に改姓すると思い、本人に確認もせずに重要書類の名前を書き換えていたのだった。
抗議すべきだったのかもしれない。でも、どうやって? たとえば、「婿養子なんです」という言い方なら抗議として成立したかもしれない。しかし、結果として、わたしは彼らの予想通りに改姓したのだった。勝手に判断したこと、勝手に変更手続きを進めようとしたことに異議を唱えても、その意図は伝わらない。皆、先回りをして、いいことをしたとすら思っていたのだから。

相手は、そのような目には遭わなかった。職場結婚のようなものだったのに、わたしだけ、上司に連絡が入り、わたしだけ、名前を変えるものだと思われ、わたしだけ、書類が勝手に変更された。それは、わたしが女だからだった。

それほどまでに、自分の姓にこだわってきたのか、思い入れがあったのか、と言われれば答えに窮する。相手の名前が嫌なわけでも全くない。女は結婚すれば夫の姓を名乗るものという慣習やその強制が、逆に、わたしを自分の生まれ持った姓にしがみつかせたといった方が正確かもしれない。女が姓を変えるのは当たり前だという「空気」が、嫌だった。

結婚するというとき、相手の両親から印鑑と銀行通帳を渡された。印鑑は相手の姓が掘られたもので、通帳の名義は「相手の姓になったわたし」だった。通帳に刻まれた金額は当時のわたしには大金で、それもあって、受け取ることを躊躇した。その躊躇を今言葉にするとしたら、名前を売ったようなそんな気持ち。もちろん、相手の両親はそんなつもりではないのだろう、それどころか、娘として歓迎してくれていたのかもしれない。その気持ちを、印鑑と通帳で示したんだろうとは思う。けれど、なぜ、わたしが自分の性を捨てると思ったんだろう。わたしの意思を確認せずに、印鑑や通帳を作ったのだろう。その時は、法律婚の意図すらなかったのに。結婚するのはわたしと相手の二人の問題のはずなのに。

わたしがひと言も言っていないのに、まわりが勝手にわたしの人生を判断し、勝手に手続きが進められていく。わたしの意思を誰も聞かない。嫌だと言う言葉がかき消されていく。わたしの人生なのに。わたしがいないかのようにわたしのことが決められていく。この無力感。これを差別といってはいけないだろうか。改姓はその象徴に思えた。

別姓反対派によると、夫婦別姓が認められれば、家族の絆が弱くなるのだそうだ。妻が、女だけが姓を捨てる、そんなことで守られると思われている家族の絆って何だろう? 絆を守れと言われるせいで「家族であること」を疎ましく思うような気すらする。

この一年、憲法を読み直すことが多かった。前文、9条、そして24条…。
24条の1項にはこうある。「婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない」
「家族の絆をマモルくん」は、一体何を守っているのだろう。

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牧野雅子(まきの・まさこ)

龍谷大学犯罪学研究センター
『刑事司法とジェンダー』の著者。若い頃に警察官だったという消せない過去もある。
週に1度は粉もんデー、醤油は薄口、うどんをおかずにご飯食べるって普通やん、という食に関していえば絵に描いたような関西人。でも、エスカレーターは左に立ちます。 

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