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小保方さんから学ぶ、「地道に勝る宝なし!?」

2016.02.05

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玖保樹です。あけましておめでとうございます、って今何月何日だよ! いやほら、立春こそ新年と言うではないですか……。あ、ふと思い立って姓名判断をしてみたら画数が思いのほか悪かったので、名前の表記を変えてみました。中の人は同じです。

先日『ダ・ヴィンチニュース』というサイトで、小保方晴子さんの手記『あの日』のレビューを書きました。
ここでも触れましたが、小保方さんの本が出ると私が知ったのは、発売前日の1月27日。本当によく情報が洩れなかったものです。内容については再度は言いませんが、書ききれなかったことについて、まとめてみたいと思います。

「誰がウソをついているのか、誰がSTAP論文騒動の黒幕なのか」については、本を読む限りでは私には判断つきかねます。登場人物すべてに、自分の意見があることでしょうし。もしかしたら100年後ぐらいにSTAP細胞が証明されるかもしれませんが、私はそれを見届けられないと思いますので……。
ただ小保方さんは自身のことを、「誰よりもラッキーな研究者」だと思っていたのでしょう。その証拠に、こんな記述があります。

・四谷の天ぷら屋で注がれるままに日本酒を飲んでしまい、畳で寝てしまったけれど帰りしなに「アメリカに行きたいです」と言ったらハーバード大学の小島宏司先生が名刺をくれ、「ありがたいことに」早稲田の先生方らのおかげで、とんとん拍子に留学が決まった

・STAP論文を笹井芳樹氏に指導してもらうことが決まったことを、ハーバードの恩師であるチャールズ・バカンティ教授らに報告すると「トップジャーナルに何度も論文が掲載されているような経験が豊富な人から、論文執筆の指導を受けられることは滅多にない。書き方次第で論文が通るかもしれない。ハルコはいつもラッキーだな」と言われた

 幼い頃の大切な友人が小児リウマチで、器用だった彼女の手が、どんどん曲がっていく。どう接していいかわからなかったけれど、いつもの帰り道に「はるちゃんは頭がいいから、将来なんにでもなれるよ」と励まされて「この理不尽さに立ち向かう力が欲しい」と思っていた、いつも一生懸命な「はるちゃん」を神様は見ていたのではないか。だから「ラッキー」があちこちからやってきたのではないか。小保方さん自身が一番そう感じていたと思われるアロマが、本のあちこちから漂っています。

しかし世の中は、とくに人の命にかかわる仕事は、ラッキーだけで切り抜けられる世界ではなかった。そして彼女は言ってみれば、実力が足りなかった。前書きでも「不勉強であったことを、心から反省し恥じています」と言ってるぐらいなので、自覚はしていたようです。

高校入試に失敗して、滑り止めの学校に入学した彼女は、AO入試で早稲田大学に進学するも、東京女子大の先端生命医科学研究所を志した際に書いた研究計画書を恩師から「まだ無理か」と評価されたことに同著のなかで触れています。卒業発表もかなり厳しい評価を受けたそうです。また黒いスーツを着て挑んだ博士号の審査会では、指導教官から手厳しいコメントをもらっただけではなく、博士論文を最終バージョンではないものを「まちがえて製本所に持って行ってしまい、事務に提出された。これが後に取り返しのつかない、公開してもあまりある大問題になって」しまったとのこと……。さらに理化学研究所の面接では「そんな説明の仕方ではあかん」「小保方さんの研究には他の人の研究が全然参考にされていない」などの指摘があったそうです。
幼なじみの「はるちゃんは頭がいい」をはじめ、ハーバードのプレゼンテーションでバカンティ氏から「過去15年間で最高のプレゼンテーションだった」と言われたことなど、自身の知的さを誇る記述もあることはありますが、学生の頃からの憧れだった先生と笹井氏の意見交換の場の立ち会った際に感じた、「私には理解できないレベルの話もふんだんに盛り込まれていた」ということが、彼女自身を物語っていたような気がしてなりません。それにそもそも論文って「書き方次第」ではなく、実力で通すものなのでは……?

つまり「実力が足りないながらも一生懸命頑張る自分を、神様は見ていてくれた。だからたくさんのラッキーが手元にやってきた」という、どこぞのスピリチュアルな少女マンガかと錯覚するような、そんな世界の住人だったのでしょう。
そして彼女は騒動を経て悟ります。「この業界で偉くなる人というのは堂々としていることではなくて細かな根回しを怠らない人たち」なのだと。しかし気づいた時にはすでに遅しで、すべてのはしごを外されていた。共同研究者である若山照彦氏の言動に違和感を感じながら研究をしていた的な記述もかなりありますが、「ラッキー」でハートが満たされていたので、その違和感と向き合あわずに前しか見ずに突き進んだのでしょう。そう考えると「やればできる」とか「頑張る人に神様は味方してくれる」という言葉は、、実力のない人にとっては間違った方向に導く、悪魔のささやきに他ならないような気がします……。

STAP論文の記者会見前日、その後自死を選ぶことになる笹井芳樹氏はタクシーの中で小保方さんに、「女神様は滅多に見せてくれないんだ。科学の神様はね、ときどきしか見せてくれないんだけど、チラッと扉の向こうを見せてくれる瞬間があってね、そこを捉えられる人間は神様に選ばれているんだよ」と言い、同時に「人類の歴史に積み重ねていくんだよ。積み重ねるものは泥では駄目なんだ。荒削りでもしっかり固い石を積み重ねていくんだ。それが人類の科学の世界なんだよ」とも語ったそうです。この話を「タクシーを降りた直後にラーメンを替え玉付きで食べて、翌日の記者会見当日は顔がパンパンテカテカだった」彼女は、どう受け止めていたのか。想像ではありますが、「私にも扉の向こうが見えた!」とでも思っていたような気がします。

 小保方さんから何か学ぶことがあるとすれば、それは「容易に神の存在を口にして「ラッキーラッキー」言わない」「とんとん拍子を疑ってかかる」「自分が積んでいるものは石ではなく泥かもしれないと、常に疑問を持つ」ということでしょうか(前書きで「あの日に戻れるよ、と神様に言われたら、私はこれまでの人生のどの日を選ぶだろうか」と神の存在に触れているところからも、彼女が神様に弱いのがよくわかりますね)。まさに地道に勝る宝なし、ってところでしょうか。
私もこれらを胸に刻んで、今年も地味に地道に疑り深くやっていきたいと思います。嗚呼。

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