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 世界を揺るがせた(と思う)事件が起きて一週間が過ぎた。パリの人々の心はまだ混乱の中にある。が、混乱のなかで、昨日によく似た日常が、けれどたしかに昨日とは違う日常の時間が流れている。

 レストランのテラスで歓談したり、ロックコンサートに興じたり、普段と同じように金曜の夜を楽しんでいた人々が、まったく予期せぬ銃弾に倒れた。
 パリは戦慄した。誰もが犠牲者を直接、あるいは間接に知っていた。死んだのは自分だったかもしれないと誰もが思った。人々は献血をしようと長蛇の列に並び、非番の医療関係者は休暇を返上して病院に駆けつけた。

 フランス政府はテロに機敏に応じた。翌日の午前、私は参加するはずだった集会の中止の知らせを受け取った。パリ市が屋外でのデモ・集会の許可を全部取り消したのだ。美術館やデパートは閉まり、市場(いちば)も取りやめになった。火急の外出以外はしないようにとお触れが出た。しんとした土曜日の夕方、人々は犠牲者のために窓辺に蝋燭を点した。

 信じられない惨劇を前にして私は、フランスは戦争をしている国だったなと、忘れていたことを恥じながら思い出した。シリアで空爆をしていても、フランスの日常は変らなかった。サッカーに行ったり、コンサートに行ったり、楽しく暮らしていた。それは、ひょっとすると、日中戦争が始まっていても、本土の日本人が気にも留めず日常を楽しんでいたのと同じようなものだったのではないか。自分から遠いところで起こっている限り、戦争は意識に上らない。考えてみればシリアだけではない。アフガニスタンやリビア… 今だってマリや北アフリカで、フランスは戦争をしている。「歴史的な責任」や「国連常任理事国としての義務」が軍事介入の口実になるのだ。
 平和な日常を生きているつもりの私たちは、テロに対して「こんな野蛮な行為は許せない」と言う。でも、日常が爆撃下にあるISの兵士にしてみれば、彼らの日常世界の延長で仕返しをしているつもりかもしれない。罪もない人を無差別殺人するような連中が極悪人であることに異論はないが、「罪のない一般人」という意識が消えてしまうのは、自分たちを攻撃する国で安楽に暮らしている人間と思うからかもしれない。

 そんなことを考えていた矢先、フランスはまたシリアを爆撃した。大統領オランドはテロを「イスラム国という武装したテロリストによってフランスに対して仕掛けられた戦争行為」と呼び、ISを敵と定めて戦争をすると宣言した。テロへの報復として間髪入れずに空爆を強化するとは、と私は驚いた。パリの罪なき人の命の報復に、ラッカの罪なき人が巻き込まれて殺されても、それは構わないのだろうか。ISの生き残りや民間人の生き残りから、あらたなテロリスムが生れても当面ISを殲滅すればよいのだろうか。
 Facebookには三色旗に染まったプロフィールが氾濫し始めた。エッフェル塔だけでなく、世界中のモニュメントがトリコロールにライトアップされた。それは「戦争をする」と言ったフランスへの支持表明ではなく、純粋にテロの犠牲者への追悼の思いだっただろう。衝撃を受けて沈んでいたフランス人たちの心が、どんなに慰められたことか。でも私は自分のプロフィールをトリコロールにする気もちにはなれなかった。

 衝撃と悲しみのウィーク・エンドが過ぎると、フランス人たちは街に出始めた。学校も市場も再開し、レストランやコンサート場も普段通りに門を開いた。SNSにはテラスにいる自分を撮った写真が溢れた。「音楽、酒、肌の露出、宗教に凝り固まったテロリストにとって許せない我々の享楽を手放さないこと、日常に戻ることこそテロに屈しない姿勢なのだ」とフランス人たちは言い合った。
 それはともすれば恐怖に沈みがちな自分たちを鼓舞するための言葉に違いなかった。けれど、明白に現れた日常の裂け目に目をつぶって今まで通りの生活をするための口実のようにも見えた。「(テロは)我々が擁護する価値観、我々が依って立つところ、すなわちこの地球全体に向けて語る自由な国というものに対する戦闘行為」というオランド大統領の言葉に妙に呼応しても聞こえた。

 「非常事態」は効果を発揮した。これが宣言されると警察は、裁判官の捜査令状なしで昼夜を問わず家宅捜査ができる。そのおかげで、翌日にはもう犯人の大半の身元が判明していた。17日未明には、さらなるデファンスでのテロを計画していたグループを未然に逮捕され、このときの銃撃戦で一連のテロの首謀者も仕留められた。

 テロの実行犯のほとんどがフランス、ベルギー出身者だったことは、私には衝撃だった。フランスで生まれ育った若者がイスラム原理主義に出会い、シリアやイラクへ行ってISで訓練を受け、故郷に帰って自爆テロをする。だとすれば、彼らの本当の問題は、中東ではなくヨーロッパ、フランスなのではないのだろうか。このテロは本質的には、日本で起きた地下鉄サリン事件に近いのかもしれない、とひそかに思った。

 「非常事態」は3か月延長された。この間に、準備中の襲撃を未然に防ぐため、フランス諜報機関などが握っている「疑わしい」人たちの家宅捜査が徹底的に行われるだろう。自由がある程度制限されても、安全のためになる「非常事態」にフランス人の8割は賛成している。そして軍への志願者は一気に3倍に跳ね上がった。

 事件から1週間経ったパリは、もうほとんど日常の顔を取り戻している。ただ、パブリック・スペースでのセキュリティー・チェックは厳しくなり、銃を携えた憲兵の姿がひときわ目立つ。野外の集会は原則禁止だが、屋内の集会は制限されていない。デモは許可がなくても、主催団体から決行の呼びかけが行わたりしている。けれど普通に行き来しながらも人々は、ちょっと大きな音がすれば怯え、いつもなら気にしない地下鉄の小さな故障に不安になる。

 私もまた、水曜の夜にはコンサートに出かけて行った。夜のシャンゼリゼには凱旋門を背景に写真を撮るツーリストの姿もあった。
 シャンゼリゼ劇場は満席だった。それと明記されてはいなかったけれど、ショパンのソナタの「葬送行進曲」は、テロの犠牲者に捧げられたものだったろう。私の座った左手の二階席からは、対面に並んだお客の黒い影が亡霊のように見えた。向こうから眺めると私もまた亡霊の一人だろうと思った。荘重な葬送のテーマに続く天国的な旋律に、私はテロの犠牲者と内戦の犠牲者の魂の昇天を願った。

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中島さおり(なかじま・さおり)

エッセイスト・翻訳家
パリ第三大学比較文学科博士準備課程修了
パリ近郊在住 フランス人の夫と子ども二人
著書 『パリの女は産んでいる』(ポプラ社)『パリママの24時間』(集英社)『なぜフランスでは子どもが増えるのか』(講談社現代新書)
訳書 『ナタリー』ダヴィド・フェンキノス(早川書房)、『郊外少年マリク』マブルーク・ラシュディ(集英社)『私の欲しいものリスト』グレゴワール・ドラクール(早川書房)など
最近の趣味 ピアノ(子どものころ習ったピアノを三年前に再開。私立のコンセルヴァトワールで真面目にレッスンを受けている。)
PHOTO:Manabu Matsunaga

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