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「しつこく迫る権利」をめぐって

中島さおり2018.01.29

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 フランスで♯Metoo運動(そのフランス版♯balancetonporc)の盛り上がりがあることは既に書いたが、ここへ来てその行き過ぎを諌める公開書簡が1月10日付『ル・モンド』に発表され、大いに議論を呼んだ。
 日本でも、この公開書簡が出るや「カトリーヌ・ドヌーヴが男性を擁護!」「セクハラ告発非難」と大きく宣伝されたので、ご存知の方も多いと思う。

 私は、こういうリアクションが出て来たことにはまったく驚かなかった。フランスは色っぽい男女関係をお国柄として自慢しており、フェミニズムも男性を敵として排除するより味方として男性フェミニストを含むようなマイルドな形で進めてきた。アメリカのように「セクシャルハラスメント」とガンガン言い立てたりはせず、「男と女の関係ってそういうものよ」とでもいう雰囲気があった。フランスはそういう国だと思っていた私には、♯balancetonporcの盛り上がりの方がむしろ新鮮で、これはフランスは変わって来たのではないか、新しい事態が進行しているのではないかと思ったのだった。

 果して公開書簡へのフランスでの反応は憤慨や反論の方が大きかった。私は100人の女性の公開書簡が出てくる背景と必然性はよく理解できたが、同時に、署名者たちは変化に対応できていないのではないか、これはもしかしたらジェネレーションギャップではないかとも感じたのである。
 この書簡とそれに続いた議論は、フランスで起こっていること、ひいては私たち女性全てに関わることについて、多くのことを考えさせてくれたので、ここにまとめておきたいと思う。

 カトリーヌ・ドヌーヴも署名したことで世界に知られたこの公開書簡は「我々は性の自由に不可欠な、しつこく迫る自由を擁護する」と題され、起草者は心理学者のサラ・シーシュや美術評論家のカトリーヌ・ミエら5名の文化人で、性暴力の断罪については現在の運動の成果を認めながらも、「不器用な誘惑は性暴力とは違う」と明確な線を引き、そうしたものまで駆逐する勢いをピューリタニズム、性の自由を妨げるものとして退けている。特に性暴力に照らして芸術作品を検閲し、表現の自由を制限することに警鐘を鳴らしている。また、告発により社会的に制裁を受けている男性の増加により、SNSでの告発が、密告を煽り、場合によっては無実の人を陥れる可能性も指摘している。最後に、このような告発のなかでは、女性が犠牲者の立場に自らを閉じ込めてしまうことに危惧を表明している。

 公開書簡には、いくつかの問題が混在しているが、最も問題になるのは、女性の体に触ったり、唇を奪おうとしたり、性的なことを口にしたりすることを「不器用な誘惑」として性暴力と切り離し、それを受けることを女性は「被害を受けた」と取るべきではない、そんなことをして自らを被害者という立場に閉じ込めてしまうよりも、傷ついたりしない方が自由な女なのだと言っていることだろう。

 たしかに一見、常識的に、性暴力と「不器用な誘惑」は同じではないような気はする。真面目な恋愛にしても遊びの恋愛にしても、きっかけにはどこかで性的なアプローチが必要なわけで、そのすべてが、女性側からの好意がない場合にはハラスメントになってしまうというのでは男性も立場がないし、自由な恋愛(性愛)を損なうだろうというのは理解できる。

 しかし問題は、明確に切り離すことができるのかということだ。プリズムの両極端のように、誰もが違うと判断が一致するものもあるだろうけれど、その中間はどこで分かれるのか分からない。グレーゾーンが広過ぎる。おそらく一つ一つのケースと、一人一人の感受性によって答えが違って来る。それを明らかに切り離せるとして議論を進めてしまうと、一方で「強姦以外はすべてOK」のような現状容認につながってしまいかねないし、もう一方で傷ついた女性を「傷つく方が悪い。もっと強くなれ」と踏みつけにすることになる。

 私は公開書簡の起草者についてよく知っているわけではないが、その一人、カトリーヌ・ミエが、2000年代の初めに自分の性生活を克明に綴った『カトリーヌ・Mの正直な告白』を書いた人だということは知っている。性革命の時代に青春を送った人だ。この本に描かれるあっけらかんとして非常に即物的なセックスに私は驚嘆した。たしかにこのような人であれば、何が起こっても「性暴力の犠牲者」だなどと自分のことを言わないだろうと思う。解放された性を自ら選び取って来た自負のある女性には、犠牲者の立場に身を置く同性が歯痒いのだろう。また女性がみな「犠牲者」ということになってしまっては、彼女自身が「自由な女」から「都合の良い女」に転落してしまうのだから、そんな論理は許しがたいだろうと理解する。

 だから私は、公開書簡を書いた人や署名した人の、その人なりの誠実さを疑わないし、反フェミニズムと非難されるのは心外だろうと察する。けれども、おそらくは彼女たちが見ていない、あるいは見ようとしない現実があったのだ。

 それを私に教えてくれたのは、小説家でエッセイストのベランダ・カノヌによってやはり『ル・モンド』に投稿されていた記事である。公開書簡への反論ではないのだが、カノヌは、70年代の性革命がステレオタイプを根源から変えることができず不徹底だったために、欲望の表現と男性優位の暴力の混同が起こるのだと指摘している。
 現在でも、女性が男性と同じように自分の欲望を口にすることはなく、誘惑のプロセスは男性がイニシアチブを取る傾向が圧倒的で女性は受身だ。昔に較べれば随分、女性が積極的になってきたと言っても、これはフランスでも変わらない。ネットのサイトで出会いを探す女性も、最初の第一歩は男性にさせるそうだ。本当はouiのnonがあるのは日本ばかりではないらしい。こうした不均衡がある限り、グレーゾーンは解消できない。女が餌食でなくなるのは、本当に男女平等になったとき、女性が自分の欲望をはっきり口に出せるようになったときだとカノヌは書いている。

 ここでは、強く自由になれない女性を責めるのではなく、女性が強く自由にはなっていない現状の方を認めている。そして現状がそうなのであれば、「性の自由」「犠牲者にならない強さ」を謳う方が頭でっかちで、倒錯的に男性優位の現状肯定になってしまうのだ。

 歴史学者のミシェル・ペローは、100人の公開書簡の出た直後に遺憾の意を表し、フランスのフェミニズムがギャラントリーやクルトワジーの伝統にとらわれて弱められてしまうのはこれが初めてではないと言った。彼女は、告発は女たちを犠牲者の位置に押しこめるのではなく、男たちの支配を拒絶するものだと言う。

 私自身、我が身を振返ってみて、性犯罪と言うべきほどの体験はなく、「しつこく迫る自由」を行使された程度のグレーゾーンの体験しかないが、それを告発するか気にしないか、どちらが勇気が言っただろうと考えれば間違いなく告発する方だと思う。そんなことをしなかったのは、私が自由な大人の女だったからか? そう考えた方が自尊心には都合が良い。けれど、波風立てないほうが楽だったからではないのか?

 女たちが自由なつもりでも、また個別、その本人を取り巻く環境に限って言えばもしかしたら自由であったとしても、フランスの社会そのものは女性の自由からはまだまだ程遠かったのだ。それをギャラントリーやクルトワジーの伝統で誤摩化しても、平等でなかったのは事実なのだ。そのことを、年長の女たちは無意識に誤摩化して来たのではないだろうか。

 そして今、誤摩化さない勇気を持った若い世代がまっすぐに告発し始めたのが♯balancetonporcの運動なのではないか? 被害体験を語る女性たちは、被害者という弱者ではなく、告発者という強者なのだ。おそらく今後、男性たちは当たり前だと思って来た行動、許されると思って来た行動がそうではなかったことを考えないわけにはいかなくなる。そうして男たちの行動は変わって行く。そのことは決して、恋愛や性の自由を妨げたりはしないだろう。もっと女性を尊重したアプローチや男女ともに望むセックスしかできないようになるだけだ。

 だから私は思うのだ。これはやはり革命なのではないかと。たしかに行き過ぎはあるだろう。運動のすべての部分が正しいばかりではないだろう。批判が出るのは健全かもしれない。しかし社会は動いて行く。自分自身の過去の不甲斐なさに反省を込めて、明日は昨日よりも今日よりも、女性の生きやすい社会になると私は信じる。

 100人の公開書簡は芸術の検閲の問題にも言及していて、それはまたそれで考えさせるものがあるのだが、長くなったので、今日はこれで終りにすることにする。

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中島さおり

中島さおり(なかじま・さおり)

エッセイスト・翻訳家
パリ第三大学比較文学科博士準備課程修了
パリ近郊在住 フランス人の夫と子ども二人
著書 『パリの女は産んでいる』(ポプラ社)『パリママの24時間』(集英社)『なぜフランスでは子どもが増えるのか』(講談社現代新書)
訳書 『ナタリー』ダヴィド・フェンキノス(早川書房)、『郊外少年マリク』マブルーク・ラシュディ(集英社)『私の欲しいものリスト』グレゴワール・ドラクール(早川書房)など
最近の趣味 ピアノ(子どものころ習ったピアノを三年前に再開。私立のコンセルヴァトワールで真面目にレッスンを受けている。)
PHOTO:Manabu Matsunaga

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