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ドイツのヒュッゲと日本のヒュッゲ

中沢あき2018.03.30

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仕事の後、遅めの夕食をということで入った小さなバーレストランで、運ばれてきたピザを前にビールで乾杯、となったとき、少し前にインタビューをさせていただいたドイツ人の男性が英語で声をかけてきた。仕事終わりのビールだね、いいね!こういうのをね、ドイツ語では、ゲミュードリッヒ(Gemütdlich)っていうんだ。英語だと、うーん、そうだね、コンフォートとかコージーとかかなあ、でも英語でピッタリ言い表せる言葉はないんだよ。
ふむふむ。輪の中で私だけが英語、独語がわかるので、うーん、心地よいとか、まったり、とか、ほっこり、とかそんな感じですかね、と日本語に訳してみた。

さて、この話を家に帰って夫にしたら、ふーん、なるほどね。それってデンマーク人が言う、アレだな、という。あ、それってさ、あれでしょ、ヒュッゲってやつ。今、世界でも日本でもトレンドキーワードらしいよ。で、なんでそんなトレンドモノをあなたが知ってるの?と訊くと、ニヤリと夫。ってか、君はなんで知ってんの?
そりゃあ、ネットのニュースでしょ!(二人声合わせて)

このデンマーク語でヒュッゲ(Hygge)なるもの、日本でも関連本が出版されたり、インターネットのニュースでもあちこち取り上げられているので、詳しくはぜひ検索してみてください。まあ、簡単に言えば先程の、心地よく、まったりほっこり過ごす時間、というものらしい。長く暗い北欧の冬を乗り切るための知恵なんだそうで、キャンドルの灯りを楽しむ、温かいお茶を入れてみる、シンプルで小さなことで心を和ませる、そしてそこには大切な友人や家族が一緒に居る時間、ということなんだそうだ。それがトレンド、となっているのはおそらく、なんでも手に入る物質社会になっちゃって、忙しく心もすさみつつある現代人にもう一度、暮らしの基本を見直してみよう、ってことなのかなあ。でも、それって昔から、言葉やスタイルを変えて言われ続けてきたようにも思えるけど、それが再び浮上するというのは、単に新しいネタ探しなのか、それとも本当に皆の心が疲れ切っちゃってるのか…。

しかもドイツでもトレンドキーワードになってる、なんてビックリであった。ドイツにだってゲミュードリッヒがあるじゃん。北欧よりはやや明るいものの、暗く長い冬があるのはこの国も同じで、普段の暮らしをいかに心地よくするかは、この国の人たちも昔からやってることだと思ってたが。

それはともかく、そんな言葉を交わしながら長い冬を乗り切ろうとするその努力は、なかなか涙ぐましい。お互い、ヒュッゲだねっ、ゲミュードリッヒだねっ、と言い合いながら、お茶やコーヒーやワインをすする時間が、どれだけこの北国の人たちの心を支えていることか。10年前の事だが、雪解けの3月にフィンランドを旅する機会があった。当時、北欧ブームに湧いていた日本だったが、旅行の前の下調べで見つけた、在北欧の日本人のホームページにはこうあった。「最近の北欧ブームでこちらに移住したいと来られる日本人の方がいらっしゃいますが、この国の冬は暗く長く、本当に辛いものです。今一度、よく考えてみてください」

実際にフィンランドの町中を歩いて、そのことがよくわかった。何の知識もないまま、履いていった日本製の薄いレザーブーツは、溶けかかってグシャグシャの雪ですぐにびしょ濡れ、まるで氷の靴を履かされているような状態で体が冷えきった(現地人はゴム長靴を履いている)。おまけに3月でもまだ日照時間は短く、天気もどんよりとした曇り空や霧雨が続く中、声をかけてくるのはなぜかアル中の男性ばかり…(フィンランドは鬱病と自殺者の数が多い)。単なる旅行者なのに本当に惨めな気分になって泣けてきた。以来、北欧生活は私の中でトラウマである。ドイツでさえ冬は結構な暗さなのに、これより北上してはいけない、と思った。

とはいえ、その経験ゆえによーくわかった文化がある。マリメッコに代表されるような、ポップでカラフルなデザインがなぜ北欧には多いのか。それはあの暗い冬を乗り切れるよう、心を元気づけるためのものだ。太陽が出なくても、インテリアやファッションで光を取り入れるのだ。そしてサウナ文化。寒さで冷えきった体を芯から温めるあのシステム。そして一人で入るのではなく、友人や家族などと一緒に入って楽しむ。それは体だけじゃなくて心も温めてくれるものなのだ。まさに、ヒュッゲ、じゃん!
きっとこのヒュッゲってやつは、日本でも特に、北の地方の人たちにはよくわかる文化じゃなかろうか。そして在外法人や日本を知る外国人の人が思う日本のヒュッゲといえば、なんといってもコタツだろう。冷えた足を突っ込んだら最後、そこから出てこられないあの魔の空間…。そこでミカンを食べたり、鍋をつついたり、お酒を飲んだり、なんて、まさにほっこり、まったりの時間ではないですか。そして温泉につかる時間は、サウナに劣らず、いや個人的にはそれ以上の至福のときだ。

何も欧州を真似てキャンドルを点すこともない(点したっていいけど)。日本にはちゃんと、独自のヒュッゲがある。ドイツにもちゃんとゲミュードリッヒなものがある。それでもわざわざヒュッゲがトレンドとして取り上げられるのは、それを楽しむ時間と心の余裕がなかなかないからなのかもしれない。それは様式とは関係なく、自分で解決しなければ手に入らないものなんだけどね。あ、そういえば、真冬でも晴天が続くことがある日本なら、縁側で日向ぼっこ、というのも最高ですね。何度も寒波に襲われたこの冬の欧州も日本でも、春の到来はすぐそこ。今週からは再びサマータイムも始まった。これで長い冬ともおさらば!皆様、季節の変わり目に風邪を引かれないよう、のんびりとした時間も楽しみながらお過ごしくださいませ!

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だいぶ色あせてしまいましたが…、ポップな色の木製のネックレスは、フィンランドのデパートで買ったもの。木の素朴な風合いとカラフルな色は、落ち込んだ旅行者の私の心を慰めてくれたのでした。欧州の冬の生活にも慣れた今また北欧を訪れたら、また感じ方も違うのかもしれませんね。

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中沢あき

中沢あき(なかざわ・あき)

映像作家、キュレーターとして様々な映像関連の施設やイベントに携わる。2005年より在独。以降、ドイツ及び欧州の映画祭のアドバイザーやコーディネートなどを担当。また自らの作品制作や展示も行っている。その他、ドイツの日常生活や文化の紹介や執筆、翻訳なども手がけている。 

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