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2018年5月を前に

中島さおり2018.04.27

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 今年2018年は1968年から50年目、フランスでは学生反乱に端を発する5月革命50周年だが、5月を目前に全国の大学で封鎖やストライキが起き、回顧展どころか再来の観を呈している。

 68年5月革命も、一般に3月22日にナンテール大学を占拠した学生が警察に排除された事件がきっかけとされているが、今年も同じ3月22日、南仏のモンペリエ大学で学生たちが集会中、覆面をした男たちが闖入して妨害した事件に始まった。大学封鎖はマルセイユ、ストラスブール、レンヌ、トゥールーズ、ナント、ボルドーへと広がり、4月頭には、ついにパリとリヨンにも達した。

 学生の異議申し立ての理由は、2月に速やかに可決されてしまった大学進学法改革法案(Loi ORE、直訳すると学生の成功のためのオリエンテーション法)だ。

 フランスの教育システムでは、高校卒業時に全ての高校生がバカロレアという試験を受験する。バカロレアに合格すると高校卒業資格=大学入学資格が取れ、原則的にどこの大学にも登録できる。

 ところが新しい法律により、大学が入学できる学生を「選別」することになると言って、学生たちは怒っているのだ。大学側が入試で学生を選別するのが当たり前の日本から見るとなかなか分かりにくい理屈である。

 なぜ政府がこんな改革をしようとしたかというと、理由は主に2つあるらしい。

 まず、「選別」されないで入って来るフランスの大学生は、なんと1年目で60%が脱落する。政府はこれを、その学部のその学科で勉強するだけの知識や方法を身につけていない学生が入って来るせいと考えて、今までやってきたことがこれから勉強する分野の前提として充分かどうかを大学側が判断し、能力が欠けている学生にはまず補講を受けさせるという方向に持って行く、と言うのである。まことに結構ではないかと思うけれども、この補講は今年度は設けられないという保留がついており、実際、それができないとすれば「能力の低い学生はお断り」を体よく言っているだけのことになる。

 また、「前提として習得していること」というのがミソで、これは圧倒的に普通高校出身者に有利で技術高校や職業高校の出身者に不利になる。高校の履修科目自体が違うからだ。つまりこれは技術高校や職業高校出身者を大学から遠ざける遠回しな言い方ということになる。「前提として習得していること」を根拠に選別が行われるなら、今でさえ大学に行きにくい職業高校出身者は更に萎縮して願書さえも出さなくなるだろうと職業高校の教諭は言う。

 もう1つの大きな理由は、大学には希望者を全員受け入れるキャパシティがない、ということらしい。実際、人気のある大学の学部は希望者が定員を超えてしまうので、現実に入れない学生が出ている。それを昨年は、どうしようもなくなって最後はくじ引きで選ばせたという恥ずべき事態が起こり、これはまずいのでもう少し納得できる選別法を導入しようと考えたようだ。

 しかし学生たちは、現在の大学のキャパシティに合わせて学生を減らすという考え自体に猛反発する。希望者全員を受け入れられないなら選別排除するのではなく、受け入れられるように大学を整えるべきだと彼らは言う。

 この背景には、大学がグランゼコールとCPGE(高校に付属していてグランゼコールの受験準備をするクラス)に較べて冷遇されているという事実がある。国は大学生1人のために年に11000€を支出しているが、これは同じフランスがCPGEの学生に費やしている金額よりずっと低く、ヨーロッパ諸国で大学生に支出している額に較べても低い。

 グランゼコールというのは、大学と違って入学試験を課す学校で、その準備には高校卒業後1年若しくは2年をかけて猛勉強させる。その分、大学よりもプレスティージが高く、教育環境も整っている。そうした学校への優遇に対して、大学生が抱く不公平感は正当だろう。「席がないといって学生を閉め出すより、もっと大学にお金をかけてもらいたい」と大学生は言っているのだ。

 ちなみにフランスでは大学はほとんどが国立で、授業料は無料である。学生は年に数万円程度の登録料を支払えばよいだけだ。国立でも年に50万円以上授業料を負担しなければならない日本から見ると、学費を全額国家に負ってもらっているフランスの大学生はそれだけでずいぶん恵まれているように思うのだが、フランスではこれがデフォルトだから、そんなことで国に感謝したりはしない。現状では大学への予算が少な過ぎると考える。もしも日本のように大学が授業料を取ろうなどとしたら、今どころではない大変な大学闘争が起こり、大学の外にも波及して政府がひっくり返ってしまうだろうと思う。

 フランス人たちはそのくらい、無償の、万人に門戸の開かれた大学というフランスのシステムに誇りを持っている。実際には優秀な生徒のほとんどはグランゼコールに行ってしまい、経済系のエリートが行く高等商業学校などは日本の大学並みの授業料を取るというダブルスタンダードなのに… それはそれ、これはこれ、ということだろうか。

 何十年も前だが、フランス人の学生に混じってイギリスに語学研修に行ったとき、「オックスフォードのカレッジはいいな、フランスの大学と大違い」と無邪気な感想を述べたら、フランス人学生たちが、ほとんど全員がCPGEに在籍してグランゼコール受験準備をしている連中で、なかには見るからに金持ちそうなのもいたのに、「彼らがいったいいくら払っているか知ってるか」と目を剥いてフランスの民主的な教育システムを熱く擁護したのを思い出す。

 「選別」にしたって、グランゼコールを初め、国立の美術学校や「シアンスポ」の名で知られる政治学院など独自の試験をする学校、大学内の技術研究所などでは現に実施している。大学進学自体も、パリのように志望者が殺到する場合、コンピューターが成績順に志望者を振り分けて行くので、必ずしも行きたいところに行かれない学生も多い。そのような現実にもかかわらず、「入学に選別のない大学」という建前はこれほど浸透しているのかと私は少々驚く。

 少し距離を置いて見ると、ここにはフランスの教育行政の矛盾が噴き出しているように思う。大学の方にドラスティックな改革をしないままバカロレア取得率80%を目指して邁進した結果、大学が受け入れられないほどバカロレア取得者が増えてしまった。合格率を高めるために、技術バカロレアや職業バカロレアを開設し、また一般バカロレアも採点基準自体を低下させた結果が大学1年生での60%の失敗である。

 もっとも失敗率60%の理由は、「前提となる能力」不足だけではない。志望校と現実に行った学校の落差というものもある。実際、10校も志望校を提出させ、高校の学業成績を打ち込んだコンピューターが上から順に志望校と照らし合わせて学生を振り分けていたのだから、ミスマッチが大量に出る。誰が第8志望の学校になど進学したいだろうか? 第4だってもう嫌だろうに渋々選択したような場合、数ヶ月で抛り出す学生が後を絶たないのは当然だろう。

 その点、今年からの改革では、希望は最低3校出せばよいことになったし、私はいくらかましのように思うのだが、とにかく学生たちはこの改革に反対している。

 おりしもSNCF(フランス国有鉄道)職員の特権を新採用者からは無くすなどの改革に反対して国鉄がストに入り、ノートルダム・デ・ランドの空港建設反対運動家が(建設計画中止を受けて)政府に立ち退きを求められて抵抗するなど、異議申し立てがあちこちで起こっている。こうした運動は互いに関連がないが、ひとつに合流すると68年5月のようなゼネストに発展する可能性がある。68年の再来はない、と社会的コンテクストの違いを述べ立てる識者は多い。が、私はそれは分からないとも感じる。4月8日にはボルドー大学、9日にはナンテール大学、10日にはパリ第一大学トルビアック校に機動隊が入り、学生を排除した。改革法はどうでもよいと思っていた学生でもキャンパスへの機動隊導入には当然、強く反発する。大学進学改革法へのこれほど強い反対が今ひとつ理解できない私は、ひょっとしてもっと大きな不満が背景にあるのではないか、もしそうであれば、反乱は広がりかねないのではと思うのである。

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中島さおり(なかじま・さおり)

エッセイスト・翻訳家
パリ第三大学比較文学科博士準備課程修了
パリ近郊在住 フランス人の夫と子ども二人
著書 『パリの女は産んでいる』(ポプラ社)『パリママの24時間』(集英社)『なぜフランスでは子どもが増えるのか』(講談社現代新書)
訳書 『ナタリー』ダヴィド・フェンキノス(早川書房)、『郊外少年マリク』マブルーク・ラシュディ(集英社)『私の欲しいものリスト』グレゴワール・ドラクール(早川書房)など
最近の趣味 ピアノ(子どものころ習ったピアノを三年前に再開。私立のコンセルヴァトワールで真面目にレッスンを受けている。)
PHOTO:Manabu Matsunaga

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