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私はアンティル Vol.91 運転手の顔

アンティル2007.09.05

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ひと月ほど前、携帯電話を買い換えた。すぐに充電が切れてしまうボロボロな電話とサヨナラ出来る開放感と、新たな機能が備わった最新機種の購入に、私は胸をワクワクさせた。Docomoの青い袋をぶらさげて早足で家に向う私。家に着いた私はピコピコとボタンを押した。
♪タラタラタラ~
なんとキレイな音色だろう。着信音の響きに酔いしれて、30分ほど意味のないメロディーを流し続けていた。

異変に気がついたのは購入からひ2、3週間経った頃だった。電話が鳴っていることに気がつかず、履歴だけが残ることが多くなった。音量をMAX。それでもやはり気がつかない。『あまりにキレイな音色のせいで電話の音と認識しないのか?』着信音をブザーの音に切り替えてみる。ブーブーブーしかし結果は同じだった。『おかしい?!もしかしてこれは・・・・』
『今日こそは原因を確かめてやるぞ』
そして、私は自室で電話の観察を始めた。ブブブブー今日に限って電話は大きな音で私を呼ぶ。
『こんな音なら、どんなウルサイ所でもわかるよなぁ。』
私の頭の中では、サスペンスドラマで登場する毛筆で書かれた看板なみの文字が浮かび上がる。
“電話着信音喪失事件捜査本部”

私は机に電話を置き、長い間見つめていた。1時間が経ち、2時間が経ち、そろそろ電話を見ていることに飽きてきた頃、電話は動いた。ピカピカピカピカ着信を示す赤いランプが点滅を始めた。ピカピカピカ。しかし着信音は鳴らなかった。設定をマナーモードにしていないか!着信音量をミュートにしていないか!私は捜査(操作)を始めた。ピピピ。何の問題もない。『ということは、まさか・・・』と右手を唇にあてた時、赤いランプが再び光った。ピカピカピカ。私が買った携帯電話は、10回に1度の割合で着信音がならない不良品だった。原因をつきとめた私はお店に向った。

私 「この電話鳴らないんです!取り替えてください。電話が取れなくて困ってるんです。」
店員「はぁ・・・・でも鳴るじゃないですか・・・」
私 「毎回じゃないんです。私の見立てだと10分の1くらいの割合でなるんです。」
店員「でも、症状が出ないと交換は出来ないんですよ。」
私 「じゃあ、鳴らない電話を持ってろってことですか!」
店員「こういうケース聞いたことないんで、聞いてみます。」

20分かかってようやく交換が認められた。
電話着信音喪失事件が解決に向おうとしていた時、もう一つの事件が勃発した。
“郵便物差し戻し連続事件”
送り主から私宛の郵便を送ったと聞いたのが、ちょうどその1週間前。
いっこうに届かない封筒を待っていたその日、送り主から電話がかかってきた。
「住所不定で戻ってきてますが、住所は○○○でいいんですよね。」
住所は一字一句間違っていなかった。『どうなっているんだ!』私は最寄の郵便局に電話を入れた。
私「住所はあっているのに住所不明で送り主に戻っているんです。どうなっているんですか?!」
郵「表札ありますか?」
私「ありますよ。ちゃんとマンション名も書いて送っているし、部屋番号も合っているし、ちょっと調べてくれませんか。配達履歴とかないんですか?」
郵「普通郵便だと、そういうことはしてないんです。」
私「でもちゃんと調べてくれないと、困るんです。」
郵「わかりました。出来る限り調べてみます。」

数時間後、郵便局から電話がかかってきた。そしてまたしてもとんでもない捜査結果が飛び出したのだ。

郵「あのですね。その住所宛に配達は済んでます。しかし、そのあとその住所にお住まいの方が“この住所にアンティルさんはいない”ということを書いてポストに投函してコチラに戻ってきたようなんです。」
私「そんなはずないじゃないですか、届け間違えたんじゃないですか!前にも同じことがあって、その時も同じようなこと言いましたよね!」
郵「配達したものに確認したんですが、確かに○△マンションに届けたっていうんので、間違いないです。」
私「じゃあ!私が自分で“アンティルはいない”と書いてポストに投函したっていうんですか!そんなバカな話しないでしょう。」

まったく同じやり取りをして喧嘩になった今年の正月。郵便物が届かない理由は、前回とまるっきり同じだった。“自分で自分はいないと書いてわざわざポストに投函する”などという奇行をもし私が取ったのならば、私は相当ヤバイ人だ。“ヤバイ人の犯行”として終わらせようとする郵便局に怒涛のクレームを入れ、説再度調査をしてもらうことになった頃にはすっかり夜になっていた。
『なんて日だ!』

ストレスの多い1日をクールダウンさせるために、私はタクシーで都心に向った。運転手と私だけの密室空間。ラジオも鳴っていない無音の車内で、私はようやく深く呼吸をした。と、その時だった。
♪プープープ拓さんからの電話ですよー
運転手の携帯電話がなったのだ。掛けた相手がわかる着信音だ。
「ちょっと失礼します。」
運転手の意外な呼びかけに、応じるスキはなかった。
「今運転中なのでまた。」
『なんてタクシーだ。普通出ないでしょう!』
電話によって沈黙を破られた苛立ちもあり、私は途端に不機嫌になった。
『ホントに嫌な1日だ!』
目的地に着き、プンプンと飲み代1回分の運賃を払おうとした時、1万円しかないことに気がついた。
「すみません。1万円しかないんですけど。」
「あっ!困ったなぁ。今お釣がないんですよ。ちょっと先にコンビニがあるんでそこでくずしてきます。」
走ること3分、コンビニで止まった運転手は後ろを振り返りニッコリと笑った。
「コーヒーとお茶どっちがいいですか?」
ポカンとしている私に運転手は顔を崩した。
「いや~。どうせ崩さなきゃならないから、いいんです。どっちがいいですか?」
「じゃあ、お茶で。」

40歳代位で深い笑い皺の入った顔。その顔を見た時、私は現世に引き戻されたような錯覚を覚えた。私は今までこの男の何を見て見ていたんだろう。この男の何を感じていたのだろう。立ち上がると以外に長身な男が照れた笑いを浮かべながら私に頭を下げた時、あの時鳴った携帯電話の待ち受け画面が頭に浮かんだ。3歳か4歳の子供の笑っている顔。その子供を抱き上げる男の顔。
もらったお茶を抱えながら、私は心をわし掴みにして、もみほぐした衝動にかられた。私が“私の正しさ”を訴える時、私の心は“怒り”によって硬くなる。そして私の目は視力をなく。怒る正しさ。正しさと怒り。柔らかい心を手放さず生きていくことの難しさを感じた1日だった。

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アンティル

アンティル(あんてぃる)

ラブローター命のFTM。
数年前「性同一性障害」のことを新聞で読み、「私って、コレかも」と思い、新聞を手に埼玉医大に行くが、「ジェンダー」も「FTM」という言葉も知らず、医者に「もっと勉強してきなさい」と追い返される。「自分のことなのに・・・どうして勉強しなくちゃいけないの?」とモヤモヤした気持ちを抱えながら、FTMのことを勉強。 二丁目は大好きだったが、「女らしくない」自分の居場所はレズビアン仲間たちの中にもないように感じていた。「性同一性障害」と自認し、子宮摘出手術&ホルモン治療を受ける。
エッセーは「これって本当にあったこと?」 とよく聞かれますが、全て・・・実話です!。2005年~ぶんか社の「本当にあった笑える話 ピンキー」で、マンガ家坂井恵理さんがマンガ化! 

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