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サービスの語源は「奴隷」、ということを聞いたのはいつだったでしょうか。もうずいぶん前のことです。お客様は神様で接客する側が奴隷だとしたら、どちらも人間じゃないことになります。恐ろしい話だわ、と思いました。

私は正社員として就職した経験がありません。二十代の始めからずっとアルバイトをして生きてきました。ひとつのところに最短でひと月、長くて五年、かけもちを含めると、この十年と少しで、もう十以上の職場で働いてきたことになります。そのすべてが接客業です。コンビニやスーパーのレジ打ちから、本屋に喫茶店にバー、そして今はアダルトビデオを売っています。その中で、水商売は接客の密度が濃いという意味合いで私の中では別枠に入っていますが、レジ打ちも毎日していれば密度が濃くなる場面も出てきます。

先日、「これ途中で止まるんだけど」と、ウチで購入したDVDを持ってこられたお客がいました。店内のデッキで確認したら、たしかにその人の言った二時間四十五秒のところで映像が止まります。取り出したディスクの表面には傷と汚れが付いていました。中古ディスクはすべて掃除して機械で磨くので、このような状態で店頭に出すことは通常はあり得ません。

そのお客が購入する際に自ら、ディスクの表面を舐めまわすように傷がないかどうかを確認していたことを思い出しました。それを言ってみると、彼は、その時もこの傷と汚れがあった、と言いました。私は、なかった、と主張しましたが、「ウソ、あんた見てなかったじゃない」と指摘されました。そうでした。私は店頭で確認されるのがなんだか気持ち悪くて、それを遠巻きに見ていただけでした。
フリーズの原因はそのシールのあとのような汚れだと思われました。じっさい後で研磨をして見てみると、ちゃんと再生が出来ました。

止まった箇所は二時間四十五秒でした。最後のチャプターの最後で止まります。
彼の要求は全額返金でした。
時々、買って帰って見たけどおもしろくなかったから、とか、そうでなくても、不良品だったとして別のDVDと交換して欲しいとか、返金してくれという人がいます。中古品なので同じものが常にあるわけではなく同じDVDと交換することができません。自分でつけてしまった傷を研磨してもらうために、そういう風に要求してくる人もいます。廉価のデッキだと傷によっては再生出来ないものも多くあるからです。
傷があっても店のデッキで映る場合は不良品とはみなさないことにしてお引取り願います。無料レンタルをやるわけにはいかないからです。

きっとこれはその辺りの手合いだわ、と、経験上の勘としか言いようのない確信が生まれましたが、その時点で私は腹が立ってしまいました。ぜったいレジから金を出すものか、と決意を固めたまでは良かったのですが、声や手が震えてしまって、そのあとの対応がうまく行きませんでした。研磨してみるから後日出直してほしい、ということを言ってみたら、時間と電車賃がないから嫌、と言われ、妥協して、等価交換で別のものと引き換えて欲しい、と言えば、他に欲しいものがない、と断られ、私はけっきょく全額返金をして帰ってもらうことにしました。

お客様は神様で、私はその要求に従っただけの奴隷のようでした。
感情的になってしまったことと、相手が私と同じオネエだったことが、張り合ってしまって冷静さを欠いてしまった敗因だったような気がします。
そのストレスをゲイバーのママにぶつけたら、
「あなたの働いているようなお店は大変だと思うわ。だってお友達になりたくないような人の相手もしなくちゃいけないわけでしょう。その点、私なんかは恵まれていると思うわ」
と、慰めてくれました。

最近ゲイバー巡りで行くお店が増えました。どこの店でもママの客あしらいにそれぞれ感心してしまいます。
宇宙の法則を持ち出して現実感をなくしてしまうママ、小鳥が餌をついばむようにカウターの端から端まで一人ずつのお客さんに絶えず話しかけているママ、気がついたらカウンターの中で歌い始めて(カラオケ)お客全員の視線を集めるママ、ふわっと大きな魔法をかけるようにお客をすべて笑顔に持っていくママ、どんな話題にもニュートラルに対応をするママ。
共通しているのは、客との距離が決まっていることだと思います。そこは基本的に壊さない、というか。十年や二十年の単位で続けている店ほど、その距離に安定感があります。

酔いがすすむと私はその距離を壊してみたくなる傾向があります。悪酔いです。
先日は、明け方に行った小鳥のママの店で、カウンターに並べてあった補充用の新しいろうそく(ティーライト)十個に手持ちのライターで一気に火をつけて叱られました。
「周りのお客さんが引くようなことはやめてちょうだい」と、叱られました。恐れ入って、ろうそくを吹き消して謝ると、「そこで真剣に謝るのもよしてちょうだい」と、また叱られました。

ひとつのところで働いて三年も過ぎると、私は愛想のない店員になってしまいます。最初は勢いで、それからしばらくは内部や人の目を気にして愛想良くいようとしますが、それにもいずれ飽きてしまいます。最近は加えて、客だからといってなんでも許されないのよ、とか、店員だからってなんでも頭を下げると思ったら大間違い、とか、「なんでも」の内容をきちんと検証しようとしないヘンなプライドだけが高くなってきているようです。
あのオネエ客は、ろうそくに火をつける酔っ払いの私が呼んだ、類友だったのかもしれません。

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茶屋ひろし

茶屋ひろし(ちゃや・ひろし)

書店員
75年、大阪生まれ。 京都の私大生をしていたころに、あたし小説書くんだわ、と思い立ち書き続けるがその生活は鳴かず飛ばず。 環境を変えなきゃ、と水商売の世界に飛び込んだら思いのほか楽しくて酒びたりの生活を送ってしまう。このままじゃスナックのママになってしまう、と上京を決意。 とりあえず何か書きたい、と思っているところで、こちらに書かせていただく機会をいただきました。 新宿二丁目で働いていて思うことを、「性」に関わりながら徒然に書いていた本コラムは、2012年から大阪の書店にうつりますますパワーアップして継続中!

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