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No Women No Music 第1夜 インド古典音楽の“父の娘”

ほんま えつ2014.03.06

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 昨秋のある夜、何気なく部屋で聞いていたFMラジオから流れてきた一曲に心奪われた。シタールとタブラの響きとともに甘く霧のかかったような魅惑的な女性ヴォーカル。曲が止んだ後もそのフレーズがずっと頭の中で繰り返しリフレインされるほど。DJが紹介したその曲はアヌーシュカ・シャンカールの「トレース・オブ・ユー」、ヴォーカルはアヌーシュカの異母姉であるノラ・ジョーンズ。そう、あの偉大なるインドのシタール奏者、ラヴィ・シャンカールの娘たちである。

 アヌーシュカ・シャンカールの最新アルバム『トレース・オブ・ユー』は、1曲目「ザ・サン・ウォーント・セット」からノラの悲しみをたずさえた歌声を耳にした瞬間、胸が痛くなるようなざらざらした気持ちに身を包まれる。幻想的な響きに彩られたアルバムの前半。2012年12月に他界した父ラヴィ・シャンカール。このアルバムはその喪失感が纏う静かな序章から始まり、アヌーシュカ自身の32年間の道のりを内省しながらつづったかのような感情を持つ。その調べは、家族や仲間への深い愛情を表出しながらも、ヒンディーの思想、現実社会で起こる理不尽への怒りをも含み、せつなく、激しく、美しく、人生の起伏を物語る。
 アルバム中盤に収められた「イン・ジョーティズ・ネーム」という曲は、2012年12月にデリーで起きた集団暴行による女性殺害事件への怒りに駆られてつくられた。3分半ほどのこの曲におけるシタールの音色は、タブラの一段と激しいリズムとともに不穏なメロディの爪弾きが繰り返される。タイトルにはこの事件で被害者となった女性の名が掲げられた。CDにある曲解説でアヌーシュカは〈性的暴力はいつも私に深い悲しみと怒りを与えます。私はこの曲に、自分自身の悲しみと怒り、そして、暴力とそれに伴うトラウマを体験した人々への連帯感を託しました〉と記している。アヌーシュカも子供時代、知人から受けた虐待の体験を告白したという。
 インドに根を持ち、ラヴィの正統後継者となるアヌーシュカは、イギリスを拠点に2005年に発表したアルバムから各国の様々なジャンルのミュージシャンと組み、インド古典から越境した音楽の世界へ飛び出している。インドでも最高位の身分であろう家系にして、ラヴィ・シャンカールという〈父の娘〉という生まれ持ったものがあったとして、北インドの伝統的な古典音楽界の主軸となるシタール奏者として認められるまでに、何かしらの壁や逆風はなかったのだろうか。
 インドの伝統音楽でも北インドの流派であるヒンドゥスターニー音楽の世界では、女性がシタールを持ち、主軸としてラーガ(インド音楽における施律)を演ずるなど、かなりありえないことだという。最近よく訪れるワールドミュージック専門のCDショップの人にも聞いてみたけれど、歌手またはタンプーラ(インドの楽器名)などの伴奏楽器を舞台で奏でる女性はいるが、主軸の楽器奏者の女性は、北インドのほうではアヌーシュカくらいしか知らないとのこと。
 アヌーシュカ・シャンカールはラヴィが60代のときの末娘。8歳半の時から父であるラヴィ・シャンカールの元でシタールを学びはじめたという。彼女の類いまれな才能を認めたラヴィ・シャンカールは、アヌーシュカにシタールの持ち方、基礎練習そして長年にわたる特訓をした後、彼女を自らの演奏旅行に同行させ、大きな舞台でチャンスを与えていった。ラヴィ・シャンカール自伝『わが人生、わが音楽』にてラヴィ・シャンカールはアヌーシュカのことを、生徒たちの中でも、もっとも秀でていたといい、彼女の音楽は精神性に富み、聴く者の心をまたたく間に虜にしてしまう、と手ばなしで褒めたたえている。

 父親ラヴィ・シャンカールは全世界を巡り、ジャンルを超えた西洋の音楽家たちと多くの実験的な試みを行った。そして、どうすればインドの古典音楽を西洋はじめ世界各国の聴衆に深く理解してもらえるかという思考錯誤を繰り返した。そこからラヴィの思想が生み出されていく。〈われわれはある意味では幸運なのだ。なぜなら、口頭伝承と即興を基盤にしているヒンドゥスターニーの古典音楽がもつほかならぬ本質は、絶えず形を変えていくことを求めるからだ〉とラヴィは書き記している。
 アヌーシュカ、2001年リリースのカーネギーホールのライブ盤にある解説には、’Anoushka became the first woman~’‘the only female recipient~’ という文字が並ぶ。娘アヌーシュカを世界で認めさせることも父ラヴィの冒険だったのかもしれない。
 『トレース・オブ・ユー』ではノラ・ジョーンズが3曲、参加しているが、アルバムのラストとなる「アンセッド」はアヌーシュカとノラの共作となる。ノラ・ジョーンズから生み出されたというこの追悼のメロディは、ラヴィが音楽を手掛け、彼が日本で有名になるきっかけとなったサタジット・レイ監督の映画『大地の歌』のメロディとそっくりらしい。ノラはこの映画のメロディを全く知らなかったという。ぜひともこの耳で確かめたい。
※アヌーシュカ・シャンカールの情報はこちらで。YouTubeも公開中!

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ほんま えつ(ほんま・えつ)

音楽、映画、本をこよなく愛して生きる趣味人女。
小学5年生のとき同級生の友達宅で聴かせてもらった「クィーン」に感動。
以後、洋楽を貪り始める。初めて買ったLPレコードは「アバ」のベスト盤。
いまではこれぞと思った音楽はジャンルを超えてなんでもござれの雑食派。
本連載、約10年ぶりのカムバックです。

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