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精神病院の思い出

アンティル2005.03.30

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前回から始まったこのコラムは、FTMの体験記としてスタートしたが、私は本当にFTMなのだろうかと考えてしまうことがある。
FTMなのに、自分のことを俺とか僕とか言えないし、
「子供のころチンコがはえてくるって本気で思っていた」という
FTMによくある体験記もない。
「オトコのからだで生まれるはずだったのに、女として生まれてきてしまって、まんこのバカバカ」と、自分の性器を憎んだこともない。むしろオナニー大好きで気がつくと10歳の頃からまんこをさわっていて、でも私は女が好きで、胸をとりたくて、オトコのような格好が好きで・・・etc
じゃあ私はなんなのか? FTMを知れば知るほど私はわからなくなる。

埼玉医大で「性同一性障害のことをもっと勉強しなさい。」と門前払いをされた1年後、私は、倫理委員会のメンバーの一人である医師が土曜日だけ診察するというクリニックを訪れた。
そこは初めて行く精神科だった。

ひと気の少ない商店街を通り抜け、数分歩いた所に、その精神科はある。素通りしてしまうほど、小さく街に埋もれているようにあるクリック。ドキドキしながら扉を開けると、10畳ほどの狭い待合室に、30人位の患者がひしめき合っていた。大声を上げている人、泣きながら看護師と話している人、仲良く談笑するMTFらしき人、音楽を聴いているFTMらしき人。その場所は、ただそこにいるだけでカラダ全体からいろんな主張を吐き出している人達が集まる空間だった。一人一人の呼吸する音が聞こえると思うほど、空気がうるさい待合室。私は一瞬帰ろうかとも思ったが、「こんにちは。初めまして!スリッパ履いちゃってちょうだい。寒かったでしょ~。保健証はここね。はい問診票。」と、やたらフレンドリーな看護士に導かれ、気がついたら血圧を測りながら、問診票を書いていた。

来診理由・性同一性障害の疑い。
セックスの経験・なし

・・・・・

話しは変わるが、私は高校生の頃、もう少しで精神病院に連れて行かれそうになったことがある。

チュンチュンと雀が気持ちよく鳴いていた気持ちいい朝。目をあけたら、ベットの前で両親がものすごく真剣な顔をしながら二人並んで正座していた。

私 (びっくりして数秒の沈黙。)
父「精神病を予約したからこれから一緒に病院に行こう。」(しんみょうな顔で)
私「(声が出ない)えっ!」
母「すごく良い病院らしいの。怖くないから。ねっ行こう」
私「が、がっこうは・・・?」
母「休むって連絡したから」

ローターやエロ本数十冊、ラブホテルのスタンプカード、その時付き合っていた女の子とのSEXを録音したカセットテープ、変装用のサングラス・・・more moreなどが入った、私の秘密のエロ箱が見つかった、2日後の朝だった。

娘がオンナが好きで、しかもセックスしまくっていてそのうえ変な趣味まであってと。両親の悩みは深かったのだろう。この時はどうにか難を免れたが、両親の苦痛に満ちた真剣な顔と、あの朝の雀の声を私は忘れることができない。

この数年前から、私は学校でも有名なレズだった。保護者が集まる会合では、女好きの私が学校に悪影響を及ぼすと、母を糾弾した。それでも母は、そんなハズはないと私を信じていた。しかし、秘密箱の発見によって、両親は娘を精神病院に入れようと決心したのだろう。ホントに怖かった。でももっと怖かったのは、この半年後、母が「おまえは悪魔だぁ~」と包丁を持って追っかけてきた時だったけど。
そのことはまた次回に。

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アンティル(あんてぃる)

ラブローター命のFTM。
数年前「性同一性障害」のことを新聞で読み、「私って、コレかも」と思い、新聞を手に埼玉医大に行くが、「ジェンダー」も「FTM」という言葉も知らず、医者に「もっと勉強してきなさい」と追い返される。「自分のことなのに・・・どうして勉強しなくちゃいけないの?」とモヤモヤした気持ちを抱えながら、FTMのことを勉強。 二丁目は大好きだったが、「女らしくない」自分の居場所はレズビアン仲間たちの中にもないように感じていた。「性同一性障害」と自認し、子宮摘出手術&ホルモン治療を受ける。
エッセーは「これって本当にあったこと?」 とよく聞かれますが、全て・・・実話です!。2005年~ぶんか社の「本当にあった笑える話 ピンキー」で、マンガ家坂井恵理さんがマンガ化! 

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