ラブピースクラブはフェミニズムの視点でセックスグッズを売り始めた日本で最初のトーイショップです。Since 1996

チンコな世界。挿入編 後編

北原みのり2004.03.22

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週末、テレビをつけたら大相撲をやっていて、ちょうどよいことに「女を土俵にあげることについてどう考えるか」を解説者がしゃべっていた。幕間の数分間。こんなスリリングな話題をふるんだね、大相撲春場所。思わず聞き入ってしまう。
 
その解説者によれば「女の人、(土俵に)あげた方がいいと思いますよ。女の人を敵にまわしちゃいけない。女の人はカレシや夫、子供も連れてきてくれる大事なお客さま。どうしても土俵にあげられないというのなら、赤い敷物でもひけばいい」と。テレビ欄を見たが、解説者の名前が二人あがっていたので誰がこの話しをしたのかは明確じゃないけれど。相撲関係者であることは間違いない。
 
横綱審議委員の内舘牧子さんは、この相撲関係者の発言をどう聞くのだろう。内舘さんと言えば今、大学院生でもあるのだけれど、大学院に通う理由を「土俵に女をあげてはいけないことを、理論的に証明するため」と言い切っている。誰に対する理論武装かと言えば、「土俵に女をあげないのは女性差別」と言う人(フェミ系人種)のためだろう。内舘牧子さんを大学院に行かせたのは、フェミの責任なのである。
 
それにしても、内舘牧子さんの「敵」は、フェミじゃないんじゃないか。解説者の「冷静」な意見を聞きながら思う。内舘牧子さんの敵は、内舘さんのすぐそばに。「お金のためなら、女の人も大切にしなくっちゃね」という内なる「資本主義」との闘い。少なくとも、私の周りに「土俵の女をあげるべきだ」の理論武装のために大学院に行くようなフェミ、いないもの。
 
しかし「フェミ」。内舘牧子さんが「見えない」フェミと闘っているように、実在はしない「フェミ」が一人歩きしているような気配を感じる。例えば今日のテレビ朝日で放映された「爆笑問題&日本国民のセンセイ教え下さい!!」。ここで「ジェンダーフリー教育」がやり玉にあがっていた。
 
そこで「表現される」フェミとは、ポニーテールした女子にカワイイとか、逆上がりができない男子に男の子なんだから頑張れと「言わない人」ではなく、「そんなこと言ってはいけない」と「強制する人たち」のことである。当然、「こわーい」「頭かたーい」「洗脳みたーい」という反論が起きる仕組みになっている。
 
「男が男らしく、女が女らしくて何が悪い。」「社会には、男・女の役割分担が必要だ。それがない国は弱くなる」「男は女子供を守って戦争に行く。」などなど、タレントたちの勢いの良い言葉の一方で、ジェンダーフリー推進派の現場の先生たちの言葉は、弱かった。「男らしいって言われて、傷つく人もいるんですよ」と一人の先生が言えば、「考えすぎだよ」とヘラヘラと笑われておしまい。「男女混合名簿おかしい!」と、「男女別名簿」のおかしさを問われることなく、番組はすすむ。
 
面白い・面白くない。テレビで問われる価値はそこにあるから、面白くない「フェミ語」は、テレビに出るだけで負ける戦にわざわざ臨むようなものなのかもしれない。そもそもが、ネクタイして、特徴のない髪型して、スーツ着て、顔の美醜に決してこだわらないナチュラルでテレビに登場できる男の先生に、「男らしさ、女らしさにこだわることなく、自分らしく」とか言われても、説得力ないし。説教臭い感じが漂うだけだしな。
 
だからこそ、森田健作は面白かった。感情が剥き出しになる言葉に、人の品性が出るのだね。森田健作は「議員崩れ」と自分を指した学校の先生に、本気で屈辱を感じ、怒ってしまったのだった。怒りを隠そうと必死になりながら、怒っていた。「謝れ」と。笑い顔を創ろうと必死になりながら、震えていた。
 
去年、イラク攻撃を受けて緊急に開かれた国会衆議院本会議を傍聴してきた時、緊迫した空気の中、森田健作議員が机の上で「ピアノを弾いていた」のを思い出す。見えない鍵盤をたたく森田健作。気でもふれたかと、自分の目を疑ったものだ。土井たか子さんの「戦争で犠牲になるのは市民だ」の真剣な問いかけと、すごくひまそうな森田健作議員のピアノ練習風景。同じ国会にいながら、見えている現実のあまりの違い。森田健作のことはバカだと思っていたけれど、あの日以来、どんな時も癒し系バカとして心に残ってしまった。まさに、議員崩れである。本当のことを言われると、人は怒るものだしね。
 
さて。テレビ。ジェンダーフリーの「議論」はこんな風に締めくくられた。~「男らしさ」「女らしさ」が何であるのか議論されることなく、フェミニズムの人たちだけが議論し、ここまで教育現場まで浸透してしまったジェンダーフリー。これからは
「普通の人」が議論していかなくちゃいけない時代になりました。~と。
 
ここにも登場する、「フェミ」という妖怪。実態のない存在が吐き出す妖気が「ジェンダーフリー」なのか。見えない鍵盤をたたく森田健作のように、見えないフェミを叩く議員は、あちらこちらに。見えないフェミをたたく、普通の人々があちらこちらに。自分の本当の「敵」は何なのかを見極めないままに、見えないフェミ叩きが加熱する不思議。なんだか怖いから、フェミです、とか言うのやめようかな。実態のないものへの恐怖が加熱する時に暴力が暴発することは、たくさんの歴史が証明しているし。
 
それにしても。テレビの「ジェンダーフリー」議論を見て感じたのは、「面白く」フェミを語る必要なんてないってことだった。面白くしゃべることができないことに、フェミが責任を感じることはないわ。「面白み」を求めるテレビで、「ジェンダー」について語ることができない、そのトリックを考えた方がいい。「ジェンダー・バイアス」があるからこそ成立しているテレビ界で「ジェンダー」を問い直すなんて、無謀。出ちゃだめ。それは、ネクタイしながら「自分らしく」とか言っているオジサンと同じ。敵も味方もありはしない。私たちはみんな無自覚な共犯者なのだから。
 
と。挿入について考えるつもりが。テレビに夢中になると、ダメね。挿入問題引き続き来週。メールを下さった読者の皆様、ありがとうございます。男嫌いなのに、チンコくわえるフェミ。無自覚な共犯者の自分に嫌気がさしているってことなのかいな。では来週。
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北原みのり

ラブピースクラブ代表
1996年、日本で初めて、女性だけで経営するセックスグッズショップ「ラブピースクラブ」を始める。
著書に「はちみつバイブレーション」(河出書房新社1998年)・「男はときどきいればいい」(祥伝社1999年)・「フェミの嫌われ方」(新水社)・「メロスのようには走らない」(KKベストセラーズ)・「アンアンのセックスできれいになれた?」(朝日新聞出版)・「毒婦」(朝日新聞出版)など。佐藤優氏との対談「性と国家」(河出書房新社)・最新刊は香山リカ氏との対談「フェミニストとオタクはなぜ相性が悪いのか」(イーストプレス社)など。

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