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親が子どもに謝ること<後編>

田房永子2014.05.07

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 加藤の母親ほどバラエティに富んではいないが、私の母も私の自尊心をたたきつぶすのが上手だった。
 数々の自尊心破壊エピソードの中でも際立ってひどくてどうしても許せないものがあった。
 27歳の時、母に軽い口調で「あれはひどかったと思うよ~」と笑顔で言ってみた。すると母の顔が急に青くなり、その口から「ごめん・・・」という言葉がしぼり出た。
 その瞬間、私の胸の中にバッ! と花が咲いた。いつも私の言うことや要望なんてつまらないことでも一切聞いてくれないお母さんが、謝ってくれた・・・? 信じられない・・・私はいつのまにか、お母さんを越えて、大人になってたんだ! これからはお母さんに優しくできる! 背中に羽が生えて富良野のラベンダー畑の上を浮かんでいるみたいにフワフワするような、とてつもない多幸感だった。母へのわだかまりや怒りのくすぶりが消滅したことを感じ、「私はお母さんの『ごめん・・・』を待ってたんだ」と知った。 
 
 
 これから母との関係がいいものに変わる! と1週間過ごし、母と会った。母は喫茶店のイスに着席するなり慌てた感じで言ってきた。
「こないだのあれね、お母さん謝ったけど、あの頃エイコちゃんが成績悪いしどうしようもなくて、本当にお母さん困ってたの。だからお母さんは悪くないの。ね? 悪くないでいいよね! ね! じゃ、この話終わりね!」
 唐突だったので、「何の話?」とあっけにとられてるうちに母は次の話題に移っていた。事実上、私が謝罪撤回を受け入れる羽目になった。こういった母の無自覚で無意識な天才的奇襲作戦はいつものことだったが、この時はことさらに落ち込んだ。やっぱり母のペースで、関係上のすべての「非」は母のものではなく私のものであり、母とは「対等」にはなれない。・・・。ぼんやりと絶望しつつ、「まっ、母はそういう人だし」といつも通りの納得を自分に“させた”。
 
 
 29歳の時、両親が私のフィールドへガツガツ介入してくる状況を「私が悪い」でおさめてバランスをとる状態が限界に達して、両親と決別することにした。あの時「謝罪を撤回された」という絶望は、ここでは「あの人には期待しないで自分の思うように行動しよう」という希望になったような気がする。
 そう決めると今度は、今までなんでもかんでも「お前が悪い」と言って私のせいにしてきた両親に対するものすごい恨みが体の底から湧き出してきた。
 人を恨むのはものすごくエネルギーを消費する。こみあげてくる怒りそのものもそうだけど、それが爆発してしまわないように抑え込む力のほうによりエネルギーが必要だと思う。「普通に接してくれれば私はもっと素晴らしい人生を送れていたかもしれないのに」という怒りが湧いてくれば、その怒りに身を任せることはできず、頭の隅で「いい年して親を恨むなんて」と自分を恥じたりした。そういった数々の感情がいっぺんに吹き出して、心の中は常に沸騰状態になった。しかし表面的には人に悟られず日常生活を普通に送らなければならない。
 
 
 「ごめんね、そんなに苦しいのはお母さんたちのせいだね」両親が泣きながら言っているところを何度も想像した。その言葉を聞けば、自分はこの生き地獄のような苦しみから解放されるはずと思った。どうやったら一番望ましい形で謝罪してもらえるか、数日考えた。
 謝罪されている自分を何度も空想してみて、違和感が浮かんできた。もし本当にそう言われて、私の怒りそのものはおさまるのだろうか? 急に弱々しくなった両親を相手に、むしろ怒りは100万倍にふくれあがるような気がした。「今更謝ってんじゃねえよ!」「時間と自尊心返せ!」そんな台詞が自分から飛び出すような気がした。土下座する両親に、殴りかかる自分の姿が脳裏に浮かぶ。抵抗しない逆ギレしない両親に対し、私はこの暴力を止められるだろうか? 結局、怒りすらも吸い込まれてしまい、逆にもっと延々と怒り続けることになってしまいそうな気がした。謝られても困る、と思った。私が両親にしてほしいことは「謝罪」じゃなくて「成立する会話」のほうだと気付いた。
 
 
 加藤の母が「謝罪」したのは、加藤が自殺未遂をして実家に帰ってきた時だという。加藤はボロボロだった。ボロボロだから自殺しようとして、それもかなわず、行くところがなくて実家に戻ってきた。自殺に失敗して実家に帰ってくる時の人って、生命力としてはゼロに近いんじゃないかと思う。「まぶしい」と真逆の存在だと思う。
 そんな状態の息子だから、母親は「謝罪」できたんじゃないだろうか。ボロボロで朽ち果てそうな息子に比べて今の自分のほうがまぶしい。だからやっと「謝罪」ができたんじゃないだろうか。
 厳しい親が自殺未遂した子どもに謝る、というのは普通のことかもしれないが、こんなに残酷なことはないと思う。加藤の自殺未遂は衝動的なものではなく、自分を否定しまくって消えてしまおうと計画したものだった。そういう状態の人が親から例えば「そんな風になってしまったのは私の育て方のせい。ごめんね」とか言われたら、どんな気持ちだろう。「お前の人生、失敗」と親から言われるようなもので、さらに過酷な心境に陥れられるのではないだろうか。
 
 
 成人になった子どもは親から「謝罪」されたら「俺が(私が)悪いから」と言うしかない。それにより、幼少期の親が決行した悪行によって感じた苦しみはすべて子ども本人へ還元され、逆に親は罪から解放される。親に対しての怒りを自分の心の中にすら持ってはいけない状況になる。加藤の母は最悪なタイミングで謝ってしまったのではないか、でもそのタイミングでしか謝ることができない、むしろそこで謝ることがこの親子関係の象徴ではないか、という想像がとまらなかった。
 
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田房永子(たぶさ・えいこ)

漫画家・ライター
1978年 東京都生まれ。漫画家。武蔵野美術大学短期大学部美術科卒。2000年漫画家デビュー。翌年第3回アックスマンガ新人賞佳作受賞。2005年からエロスポットに潜入するレポート漫画家として男性向けエロ本に多数連載を持つ。男性の望むエロへの違和感が爆発し、2010年より女性向け媒体で漫画や文章を描き始める。2012年に発行した、実母との戦いを描いた「母がしんどい」(KADOKAWA 中経出版)が反響を呼ぶ。著書に、誰も教えてくれなかった妊娠・出産・育児・産後の夫婦についてを描いた「ママだって、人間」(河出書房新社)がある。他にも、しんどい母を持つ人にインタビューする「うちの母ってヘンですか?」、呪いを抜いて自分を好きになる「呪詛抜きダイエット」、90年代の東京の女子校生活を描いた「青春☆ナインティーズ」等のコミックエッセイを連載中。

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