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フラリーマンを「GANTZ」で解説する 第3回(全3回)

田房永子2018.08.20

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ヒロイズム的帰らない男性が「家に帰らないこと」を「=妻子を守ること」と無意識にでもとらえているとしたら。

 女性側、妻側からすると、「夫が私を守ってくれている」と思うのは、そんなことじゃない。
 例えば、0歳の赤ちゃんがいる環境だったら、常に自分と子どものことを思ってくれて、寄り道せず帰ってきてくれて、帰ってきて部屋の中の状況を見てすぐに「いま何をすればいいか」が分かる、そしてイヤミなく恩着せがましくなく実行する、それが頼れる男である。

 自分が家事育児で疲れていたら代わってくれる、休ませてくれる、そんな時こそ「子どもと共に私は夫に守られている」と実感できるものだ。実際、ほんとに守ってる。
 いま何をすればいいかが分かるには、普段の信頼関係や、同じ作業をどれだけ一緒にやっているか、がとても重要だからある日突然できるようになることではない。

 うちのおばあちゃんは、おじいちゃんのことが大好きだった。おじいちゃんにデレデレしてるわけではないが、言動のいろんな節々から、おじいちゃんのこと愛してんだなーという感じが伝わってきた。

 おじいちゃんが亡くなってから20年くらい経ったときに、おばあちゃんがおじいちゃんの話をしてくれた。
 戦争が終わって、おばあちゃんは自分の故郷に一回帰りたくて、戦地から戻っていたおじいちゃんと上野駅に行った。だけど電車に乗りたい人が駅構内に溢れかえっていて切符も売り切れ。
 あきらめて「帰ろう」とおじいちゃんに言うと、おじいちゃんが「待ってろ」と言って人混みの中に消えて行った。しばらくすると雑踏の中から左手の拳をあげたおじいちゃんがニッカニカの笑顔で出てきた。その左手を広げると切符が入っていて、おばあちゃんはめっちゃビックリしたという。それでおばあちゃんは故郷に帰れたという話だった。

 おじいちゃんは確かにそういう感じの人だった。豪快で、家族を喜ばせることが好きで、いつもあれこれ考えているのが分かった。仕事も大好きでいつも楽しそうだった。失敗する時もあって家族に笑われると本気でシュンとしていたりして、可哀相で私がかばったこともあった。

 家族みんなに尊敬されて好かれているおじいちゃんだった。だからその話を聞いた時「あ~、切符買ってきそう!」と思ったし、おじいちゃんが亡くなってもおばあちゃんがずっと恋しがるはずだなと思った。

 妻が感謝し喜ぶエピソードは子どもへ孫へと引き継がれ、子孫までも癒す。

 どんな手を使ったのか分からないけど、切符をゲットしてきてくれるなんて、人生でたった一回で十分だ。あとはいつも普通に、当たり前のことをしてほしいだけ。その中で一度でも、私の欲しいものを私の手に握らせてくれたら、一生愛せる。

 それが妻の気持ちだとする。

 でも「GANTZ」的ヒロイズムが心にこびりついてる帰らない男性にとっては、その要望は「死」を意味するんだと思う。

 男としての死。当たり前のこと、家の中で女と同じ家事育児をするなんて、なんのために生まれてきたんだ、という話になるのかもしれない。
「GANTZ」を読んでいて、そんなことが胸に浮かんで仕方なかった。

 そして、その後、対照的な漫画を読んだ。
 朝ドラの「半分、青い。」を見てたら、高校生の時読みまくってたくらもちふさこ作品が読みたくなって、ワンクリック購入したのである。

 くらもちふさこ作品に出てくる、主人公と恋仲になる男子たちはマジでやばい。マジですごい。当たり前のことをやる「当たり前男性」なのは当たり前で、さらに「切符ゲット」レベルのときめきを当たり前のように日常的に繰り出してくる、スーパー当たり前男性たちだった。

 しかも、当たり前のことを当たり前にやりながらも、男の色気、スケベ性、ジョークの上手さも兼ね備える。

 女にとっての男の色気というのは、振り返ったら突然いなくなる(「東京のカサノバ」で疲れすぎていて無言で自室に行ってしまうちぃちゃん)とか、くどい説明をせず粋なはからいをする(「A-GIRL」でさりげなくおみやげの紙袋をマリ子に渡す夏目一朗、その紙袋の中には、んもおおおおおおおそれ入れときます?!(涙)!?なものが入ってる)とかだと今回改めて思った。

 彼らはデリカシーが尋常じゃないほどあり、相手に自分の気持ちをハッキリ伝える能力もある。さらに見た目がものすごく良い。何よりも、誰の話でもちゃんと心で聞いている、というのが主人公たち及び脇役の女の子たち及び読者たちのハートを掴む。

 その中でも、私が思う、くらもちふさこ作品の男子たちの一番すごい特徴は「本来、私がやるべきこと」をサラッとやっちゃうとこである。
 例えば「いろはにこんぺいと」で、主人公チャコ(高校生)が、悲しみにくれるクンちゃん(小学低学年)に寄り添うシーン。

 おもむろに上着を脱ぐ達(とおる)ちゃん。その上着を二人にかけようとした時、横で寝ちゃっているコミちゃん(小学低学年)に気づく達ちゃん。次のコマではその上着はコミちゃんにかかっている。ここが達ちゃんの最強ポイントである。
 この4人は全員同じアパートに住んでおり、日常的に主人公のチャコは、クンちゃんコミちゃんの世話役となっている。今はクンちゃんに寄り添わないといけない状況で、手が離せない。だからチャコ的にはおそらくコミちゃんのことが気になっていたか、もしくは全く忘れていたかもしれない。その代わりに達ちゃんが、コミちゃんに上着をかけるのである。

 すごい、すごすぎる。ここで、読者としては達ちゃんが上着を、抱き合うチャコとクンちゃんにかけてもその優しさを感じるのに、いやいや、そうだコミちゃんがいたわ、っていうのを達ちゃんの行動によって気づかされる。それをさらりとやる達ちゃんの優しさと細やかさに、読者は打ち震えるのである。

 「A-GIRL」の夏目も、さらりとお姉ちゃんに八宝菜を分け与える。マリ子の代わりに。
 この「本来、私がやるべきこと」をサラッとやってくれちゃう男になぜこんなにときめき癒されるのか。

 自分のやるべきことが5つあったとして、そのうちの2を補ってくれる。それが多くの女が求める「男の優しさ」だからではないかと思う。

 自分のすぐ横で、若しくは後ろで、若しくはあとで、若しくは先に、自分がやるべきことをさりげなく補ってもらっていて、そのことに気づき、相手への信頼を築いていくくらもちふさこ作品のヒロインたち。

 彼氏である玄野から、何も知らされず、突然いなくなったり帰ってきたりして、何もわからないまま結果的に守られている状況にはなっている「GANTZ」のヒロイン・タエちゃんはすごく対照的である。
 玄野は、戦いの世界をタエちゃんに知られたくなくて、必死に隠している。それが怖くて危なくて汚くてむごたらしい世界だから。
 ヒロイズム的帰らない男性は、自宅の外では、怖くて危なくて汚くて目をそむけたくなるほどひどい世界に自分を置かなければならない、と無意識に思っているのではないか。

 嘘をつき、隠し事をして、必要以上にお金を使い、他の女とセックスをすることで、自らそのむごたらしい時間を作り出そうとしている。家の外の光景がそれに匹敵すればするほど、妻子を守ることになり、男としての自分が満たされるからだ。
 0歳のワンオペ育児妻が家にいるのにそんなことをしてること自体が、彼の人生におぞましい危機を呼び込んでいるのだが。

 といった「GANTZ」とフラリーマンの関係性の仮説を立てたくなるほど、「GANTZ」は素晴らしく面白かった。

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田房永子(たぶさ・えいこ)

漫画家・ライター
1978年 東京都生まれ。漫画家。武蔵野美術大学短期大学部美術科卒。2000年漫画家デビュー。翌年第3回アックスマンガ新人賞佳作受賞。2005年からエロスポットに潜入するレポート漫画家として男性向けエロ本に多数連載を持つ。男性の望むエロへの違和感が爆発し、2010年より女性向け媒体で漫画や文章を描き始める。2012年に発行した、実母との戦いを描いた「母がしんどい」(KADOKAWA 中経出版)が反響を呼ぶ。著書に、誰も教えてくれなかった妊娠・出産・育児・産後の夫婦についてを描いた「ママだって、人間」(河出書房新社)がある。他にも、しんどい母を持つ人にインタビューする「うちの母ってヘンですか?」、呪いを抜いて自分を好きになる「呪詛抜きダイエット」、90年代の東京の女子校生活を描いた「青春☆ナインティーズ」等のコミックエッセイを連載中。

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