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男子の性欲は「微笑ましい」か

田房永子2014.07.07

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学生や親子連れで座席は埋まり、立っている人もそこそこ、混雑している夕方の電車内、私の隣の席の男子中学生が大股開きでずり落ちるように座っていた。調べものがありスマホを見ていた私の視界に、男子中学生が自らの股間をちょくちょく触る様子が入ってきた。ポジションを整えているにしても触りすぎだなと思って見たら、その股間がもっこりと山のほうに大きくなっている。それを自分の手でゆっくりなで回し揉んでいる男子中学生。目は左向かいの女子高生と右向かいの20歳くらいの女性を交互に見ていた。

 知的障害者の人が、人前でそういう行動をしてしまうという話を聞いたことがあったし、脳内の本能と理性の連携がとれない何かしらの障害がある中学生なのかもしれない、と思ったけど、余りに堂々としていて気持ち悪すぎるので、注意してもいいんじゃないかと思った。(※)もしかして体が大きい男子だったら私はそう思わなかったかもしれない。華奢であどけない、サラサラの髪のジャニーズみたいな顔した男子だった。だけど何て言えばいいのか分からないので「あなた、何をしているの? 信じられない」って表情をして、じーっと見てみた。私に気付いた男子中学生は、深く座り直して前かがみになり、股間を隠した。目は女子高生をまだじーっと見ていた。
 私は、「気付いても堂々と股間を揉み続ける」か、「隣の人に気付かれて恥ずかしい!という感じで青ざめる」かを想定していたのにどちらも外れた上に、彼から“障害”の気配をまったく感じないことに、混乱した。
 私は頭がチカチカしたまま、電車を降りることにした。男子中学生はまだ女子高生をじーっと見ていた。男子中学生の、あの堂々っぷりは一体なんなんだろう。

 その前日も電車内で仰天した出来事があった。「週刊現代」の電車内中吊り広告。「60歳からのエロ動画」と巨大な字で書かれている。キャッチには「タダです! 安全です!」「あなたの人生観が変わります!」「妻にバレないのか? その不安、すべて解決します」とある。どんだけ手取り足取りなんだよ・・・・・・、「人生観変わる」とか自己啓発みたいなこと言われないと見れないなら見るんじゃねえよ! そもそもエロ動画くらい自力で見ろよ! リスクを負えよ! 「週刊現代」の見出しは話題になるたびウンザリしてたけど、これは本当に情けなくなった。別に60歳以上でもエロ動画見ればいいけど、電車内に大きく広告を出す必要性が分からない。「男のプライド」はどこへ行った? どうしてこんな猛烈に情けない気持ちを、電車に乗って感じなければならないのか。

 男子中学生が勃起した股間を電車内で堂々と揉むことと、電車内に「60歳からのエロ動画」なんて中吊り広告がぶらさがっていることが、関係ないとは言い切れないんじゃないだろうか。男子が中吊り広告に直接的に触発されているということではもちろんなく、ああいった広告が「普通」として許されている空気、ああいった広告を目にしても「男の人はいくつになっても性欲があって仕方ないですねえ」という気持ちを持つべきだという空気、ああいった広告を目にした時にいちいち怒ったり戸惑ったりしない人のほうが「賢い」というような空気、それすらもなくああいった広告を見てもなんとも思わない人のほうが圧倒的に多い空気。
 そういった空気が、「男子中学生が勃起した股間を電車内で堂々と揉むこと」に影響をもたらしてないと言い切れるだろうか。それに対して生理的嫌悪を多大に感じた女(私)も、反射的に注意したりできない、そして何より、あんな大胆な行動に気づいているのが車内で私一人だけだったという現実が、「ああいった広告」が野放しで許されている状況と酷似している。

 男子中学生のあの行為は一体なんだったのか、私は知って納得したかった。誰かにヒントをもらいたくて、一連の出来事をツイートした。
 すると知らない人からいくつか返信がきた。
「きっと無意識なんでしょうね。風でスカートめくれるのが視界に入ると反射的に目線が向かっちゃうってやつが酷くなったようなものなのかなぁ。理性で自覚して抑えて適切に振る舞えるようになったのが紳士なのかなぁ」
「無意識っていうか、それしか考えていないんじゃないですか。男の子ですから。」
「変なタイミングでうっかり股間が元気になってしまったんですね。わかります。」

 この返信に対して、ものすごく違和感があった。女の私でも、目の前の女性のスカートがめくれたら反射的に見てしまうし、「それしか考えてない」時があるし、変なタイミングでうっかりムラムラッとすることがあるからだ。35歳の今だけじゃない。10代の時も20代の時もあった。誰だってあると思う。でもそういう時はみんな、全神経を集中させてそのムラムラが外にバレないようにふるまっているはずだ。男子中学生だからってムラムラを丸見えにしていいはずがない。だけど10代の男子の性欲に対しては「仕方ないですよ」と擁護するどころか「微笑ましいじゃないですか」ぐらいな雰囲気が充満している。いくら「10代の男の子の性欲はすごい」「抑えられないほどだ」なんて言われていても、電車内で堂々と勃起してそれを揉んでいいわけがない。実際、隣にいた私はスマホで調べ物が継続できないほどショックを受けた。でもツイッターでもこういった返信ばかりがくるということは、世の中は私が思っている以上に男子の性欲に寛容なんだと思った。

 「性欲は、男子18歳がピーク、女子40代がピーク」とよく言われているが、本当にそうなのか疑わしい。よく考えてみると私だって10代終盤の性欲は今よりもぜんぜん凄かった。ただ、そんなこと絶対、人には言えなかった。あの頃は「男は女より性欲が強い」というフレーズに乗っかって、自分の性欲を隠すことで身の安全を守る必要があった。街を歩く気持ち悪い男たちから、常に獲物として性的な目で狙われていることが分かっていたから。「女の性欲は40代がピーク」だなんて、ただ女は「私には性欲がある」ということを40代になって初めて人に言える、自分で認められる、だけなんじゃないかと思う。どこの政府機関が調査してるのか知らないが、そういうアンケートにすら、10代の女は「性欲がある」と書けないだけだと思う。それか、自覚しないように教え込まれているというのもすごくあると思う。

 18歳の頃、通っていた予備校には男子が数人しかいなかった。おじさんの講師は何かあるたびに男子たちにポケットティッシュを渡したり、「大学合格したらストリップに連れて行ってやる」と言ったりした。私は、なんだかよく分からないけどそれがすごくうらやましかった。「今、○○くんと先生、何してたの?」と誰かに聞くと、「先生が○○くんにポケットティッシュ渡してたんだよ」と呆れた感じで女子が言う。そういう場面に出くわした時、私たち女子は「性欲がない人間」として振る舞わなければならず、「母親のように呆れて笑う」と「処女のようにキョトンとする」以外の“取ってもいい行動”は、ない。
 講師が男子に「20歳になったら風俗に連れて行ってやる」と言っている時、「私も行きたい!」と手を挙げたことがあった。講師も周りのみんなもシン…と静まった。女である私がこういうことを言うのは無粋なことなんだ、と思った。
 男子の性欲が必要以上に「あるんだから仕方ない」「あることは健全だ」「存分に羽を広げろ」と言われている裏で、女子の性欲は常に押し殺され、ないことにされている。私がうらやましかったのは、自分たちの性欲が存在しているということをなんの遠慮もなく、むしろ「それを見守る女子」という最高のオーディエンスを従えて表現できることであり、私は自分が勝手に見守る側にされている不自由さから、彼らに嫉妬していた。
 
 その後ツイッターでこういった返信がきた。
「男の子が『男はそういう生き物だ』という無言のメッセージを小さい頃からたくさん受け取って育って、洗脳されていて、それでそうなってしまっていたんだとしたら、こんなに酷いことってないと思う」
 私もそういう方向を感じていたので、それで納得することにした。やっぱ、「週刊現代」の広告と関係がないとは言い切れないんじゃないかってとこで、一旦私の、男子中学生の混乱は終わった。

 しかしまた別の人からの返信で、今度はすべてを納得した。
「何が無意識なもんか、確信的自慰行為 だよ。多分 常習者だね。オカズ扱いに気づいて何らかの反応をしろよと妄想しながら…。周りはどうでもいいんだよ彼には。」

 勃起した股間を堂々と見せつけるようにつきだしていたのは、そうか、向かいの女子高生と20代女性に対して「ほら、見てみろよ、お前をおかずにしてるんだぜ」っていう意思表示だったんだ。あの二人の女子に、自分の勃起を気付いてもらおうとしてんだ。ものすごいしっくりきた。絶対そうだと思う。あれは痴漢行為だったんだ。

 私は、びっくりした。まったくの無意識で「10代男子の性欲」をかばっていた自分に。ツイッターの返信を見て「みんな寛容すぎるよ!」って思ったけど、私が相当寛容だった。「痴漢かも」なんて発想もしなかった。「無意識で触ってるのかもしれない、何か事情があるのかもしれない」って思ってたのは、私だった。
 男子中学生じゃなくて20代、30代の男がそんなことしてたら即「痴漢!」「おかしいやつ!」って思ったはず。絶対思ったはず。なのに「制服を着ている華奢な男子中学生」というだけで、「一体、何が?!」と混乱してしまう。

 男子の性欲は本当に「微笑ましい」のだろうか。「微笑ましい」としていることに、なんの弊害もないのだろうか。そしてそれは一体、なんのために「微笑ましい」とされているんだろう。10代の時から、男子の性欲ばかりを認めさせられてきて、35歳になっても電車の中吊りで高齢男性の性欲の黙認を静かに要求されることに、私は心底うんざりしている。

 

 ※2段落目での「知的障害者」及び「障害を持つ人」に対しての表現において、偏見的であり、暴力的であるとのご指摘を戴きました。私もこの部分は、読んでショックを受ける方がいるのではないか、と想像し、書くのがこわくて、書かないほうが無難だと考えていました。でも私の中にはそういった偏った情報が実際にあり、現場でパッと頭に浮かんでしまったのは事実で、それは自分自身の「知的障害者」と呼ばれている人たちと全く触れあったことがない未熟な経験から起きていると思います。
 「そんなことは実際はないと思いますが」とか「そんなことする人ばかりじゃないですが」とか“フォロー的なこと”を書くのは、私の中で嘘くさい行為でした。なので、私の中に実際にある暴力的な偏見が、そのまま文章になったという形になりました。
 「男子の性欲」が思う存分羽を広げることができ、羽を広げすぎていることで女子は危険にさらされ、「女子の性欲」はひっそりと身を潜めていなければならない。「男子の性欲」の肯定も、「女子の性欲」の否定も、偏見である。という主題の中に、そう書いている私自身が、「知的障害者」及び「障害を持つ人」に対して偏見を持っている、という皮肉も込めたつもりでしたが、主題を際立たせるために、その辺りの記述を意識的に省きました。そのせいで、暴力的な書き方になってしまったことも自覚した上での掲載でした。その点のフォローは入れるべきであったと思います。
 しかし、この文章も、その偏見部分を込みで成立していると私は感じているので、全体を書き直そうかとも思いましたが、敢えて注釈という形をとらせていただきました。

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田房永子(たぶさ・えいこ)

漫画家・ライター
1978年 東京都生まれ。漫画家。武蔵野美術大学短期大学部美術科卒。2000年漫画家デビュー。翌年第3回アックスマンガ新人賞佳作受賞。2005年からエロスポットに潜入するレポート漫画家として男性向けエロ本に多数連載を持つ。男性の望むエロへの違和感が爆発し、2010年より女性向け媒体で漫画や文章を描き始める。2012年に発行した、実母との戦いを描いた「母がしんどい」(KADOKAWA 中経出版)が反響を呼ぶ。著書に、誰も教えてくれなかった妊娠・出産・育児・産後の夫婦についてを描いた「ママだって、人間」(河出書房新社)がある。他にも、しんどい母を持つ人にインタビューする「うちの母ってヘンですか?」、呪いを抜いて自分を好きになる「呪詛抜きダイエット」、90年代の東京の女子校生活を描いた「青春☆ナインティーズ」等のコミックエッセイを連載中。

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