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友人の結婚パーティーで着る服を、前日に慌てて買いに行った。オシャレな店をザーッと回り、「いいな」と思ったワンピースに目星をつけて、同じ店に戻り、試着した。ワンピースをかぶったところで、「あ、細いな、入るかな」と思ったけど、細い布の筒にぐぐっと体を通した。入った。結構似合ってるし値段もお手頃だから、買うことにした。


 脱ごうとしたら、脱げない。どうにもこうにも、狭い試着室の中で一人では脱げなかった。どうしよう・・・。汗がふき出る。
 着たまま帰ることにした。
 〈でも家でも脱げなかったらどうしよう、明日そのまま着ていく? じゃあ今日眠れないじゃん、ファスナーのところ切るしかないのかな、買ったばかりの試着しただけの服を切るって、どういうことだよ? あーついてない! でもこの服は似合ってるから、まあ、いいか!〉  
 そんなことがグルグルと頭の中を回って、店員さんには「脱げなくなっちゃったので・・・このまま着て帰ります」「大丈夫ですか?!」「わからないです・・・ハハハ・・・」「焦ると脱げないこともありますよね!」とフォローしてくれた。
 そそくさと帰った。私はこの時、青ざめていた。「一生脱げなかったらどうしよう」っていう不安で頭がいっぱいだった。だけど、その頭の隅では、自分の“変化”に驚いていた。
 ちょっと前の私だったら、こんなことがあったら、卑屈でみじめな気持ちで耐えられなくなって「痩せなきゃ!!!」っていう焦りでもっともっとパニックになってた。でも今の私は、物理的に「このまま脱げなくなったら」ということを心配しているだけで、このワンピースが脱げないことを「自分が太りすぎ」とか「こんな細い服着ようとしちゃってみっともない」とかいう、自分の「非」としてとらえてない、ということが、自分でびっくりだった。
 そのあと夫に事情を話してる時、「恥ずかしい、もうあの店に行けない」と、口で言ってみた。こういった出来事の時に、そういうことを言ったほうがおさまりがいいかな、と思って言っただけで、別にそんなこと思ってなかった。家で夫にひっぱってもらったら、すぽっ! と抜けて、うれしかった。


 以前の私だったら、こんなことがあったらもう、1週間は落ち込んだ。こういうことがないように、危なそうなワンピースを試着しないし、そもそも「いいな」と思った服を試着しない。「いいな」と思う服を見つける、ということ自体が苦痛だった。“どうせ似合わない、着られるはずがない”って思ってたから。
 「いいな」と思った服が入らないとか、似合わないとか、それを自分の目で確認する試着という作業が大嫌いだった。それは私にとって「自分自身の存在の全否定」、すなわち「死」を意味するレベルの作業だったから、ほとんどやらなかった。量販店で自分の実際のサイズより一つ大きいのを買う、で試着を回避していた。


 だけど「呪詛抜きダイエット」(大和書房・刊)をしてから、服というのは気に入ったものを着ると、自分の顔もお気に入りな感じに見えて、楽しい時間が過ごせる、ということを知り始めたので、試着もできるようになってきた。


 今回、オシャレなお店で服が脱げなくなってみて、分かった。
 私が、「痩せなきゃ!」とパニックにならなかったのは、細い人用の服が脱げなくなった私にも着れる可愛い服は、この世にたくさんある、って既に知ってるからだ。このワンピースから拒否されても、他にも私に着られてくれる可愛い服が、この世にたくさんある、ということを知っている。だから必要以上に卑屈な気持ちにならなかった。


 服を買うというのは、恋愛と一緒だったんだ。
 私は10代の頃から、「この人いいな」「いけそうだな」って思った男の人には、自分からグイグイいく。物怖じしないでアプローチする。向こうはそんな気なくてダメだったこともある。だけど私は、男にふられて落ち込んだことが一切ない。それは私の中で「男にふられる」ということが「自分の存在を否定される」ということに結びついてないからだと思う。一人の男にふられるというのは、その人との時間を失うということだけど、「その人との時間が始まる」ということは「別の男の人との時間を失う」ということでもあるので、「その人にふられる」ことは同時に「別の男の人との可能性」が生まれる楽しい瞬間でもある。
 そういう思考回路だから、「いいな、付き合いたいな」って思った人に拒絶されても、合ってなかった、縁が無かった、と思うだけで、「私が何かおかしいんじゃないか」とか「私は恋愛に向いてないんじゃないか」とか「あの人に好かれるにはどうしたらよかったんだろう」とか「あの人ほど素敵な男性にはもう二度と出会えない」とか、そんなの思ったこと一度もない。


 私にとっては「男にふられる」よりも、「服の試着」による心のダメージのほうが遙かにでかかった。だからずっと、試着や可愛いお気に入りの服を選んだりすることを避けてきた。私にはもう、一生無理なことだとあきらめてすらいた。
 だけど、服なんていっぱいある。細い人に似合う服を私が着れなくても、「太ってる私が悪い、みっともない、ああいう服を着れるようになるために痩せなきゃ」なんて思う必要はなかったんだ。「私」に似合う服を探せば良い。服なんてたくさんあるんだから。

 

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田房永子

田房永子(たぶさ・えいこ)

漫画家・ライター
1978年 東京都生まれ。漫画家。武蔵野美術大学短期大学部美術科卒。2000年漫画家デビュー。翌年第3回アックスマンガ新人賞佳作受賞。2005年からエロスポットに潜入するレポート漫画家として男性向けエロ本に多数連載を持つ。男性の望むエロへの違和感が爆発し、2010年より女性向け媒体で漫画や文章を描き始める。2012年に発行した、実母との戦いを描いた「母がしんどい」(KADOKAWA 中経出版)が反響を呼ぶ。著書に、誰も教えてくれなかった妊娠・出産・育児・産後の夫婦についてを描いた「ママだって、人間」(河出書房新社)がある。他にも、しんどい母を持つ人にインタビューする「うちの母ってヘンですか?」、呪いを抜いて自分を好きになる「呪詛抜きダイエット」、90年代の東京の女子校生活を描いた「青春☆ナインティーズ」等のコミックエッセイを連載中。

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