ラブピースクラブはフェミニズムの視点でセックスグッズを売り始めた日本で最初のトーイショップです。Since 1996

Loading...

 

 

 

 

友人の結婚パーティーで着る服を、前日に慌てて買いに行った。オシャレな店をザーッと回り、「いいな」と思ったワンピースに目星をつけて、同じ店に戻り、試着した。ワンピースをかぶったところで、「あ、細いな、入るかな」と思ったけど、細い布の筒にぐぐっと体を通した。入った。結構似合ってるし値段もお手頃だから、買うことにした。


 脱ごうとしたら、脱げない。どうにもこうにも、狭い試着室の中で一人では脱げなかった。どうしよう・・・。汗がふき出る。
 着たまま帰ることにした。
 〈でも家でも脱げなかったらどうしよう、明日そのまま着ていく? じゃあ今日眠れないじゃん、ファスナーのところ切るしかないのかな、買ったばかりの試着しただけの服を切るって、どういうことだよ? あーついてない! でもこの服は似合ってるから、まあ、いいか!〉  
 そんなことがグルグルと頭の中を回って、店員さんには「脱げなくなっちゃったので・・・このまま着て帰ります」「大丈夫ですか?!」「わからないです・・・ハハハ・・・」「焦ると脱げないこともありますよね!」とフォローしてくれた。
 そそくさと帰った。私はこの時、青ざめていた。「一生脱げなかったらどうしよう」っていう不安で頭がいっぱいだった。だけど、その頭の隅では、自分の“変化”に驚いていた。
 ちょっと前の私だったら、こんなことがあったら、卑屈でみじめな気持ちで耐えられなくなって「痩せなきゃ!!!」っていう焦りでもっともっとパニックになってた。でも今の私は、物理的に「このまま脱げなくなったら」ということを心配しているだけで、このワンピースが脱げないことを「自分が太りすぎ」とか「こんな細い服着ようとしちゃってみっともない」とかいう、自分の「非」としてとらえてない、ということが、自分でびっくりだった。
 そのあと夫に事情を話してる時、「恥ずかしい、もうあの店に行けない」と、口で言ってみた。こういった出来事の時に、そういうことを言ったほうがおさまりがいいかな、と思って言っただけで、別にそんなこと思ってなかった。家で夫にひっぱってもらったら、すぽっ! と抜けて、うれしかった。


 以前の私だったら、こんなことがあったらもう、1週間は落ち込んだ。こういうことがないように、危なそうなワンピースを試着しないし、そもそも「いいな」と思った服を試着しない。「いいな」と思う服を見つける、ということ自体が苦痛だった。“どうせ似合わない、着られるはずがない”って思ってたから。
 「いいな」と思った服が入らないとか、似合わないとか、それを自分の目で確認する試着という作業が大嫌いだった。それは私にとって「自分自身の存在の全否定」、すなわち「死」を意味するレベルの作業だったから、ほとんどやらなかった。量販店で自分の実際のサイズより一つ大きいのを買う、で試着を回避していた。


 だけど「呪詛抜きダイエット」(大和書房・刊)をしてから、服というのは気に入ったものを着ると、自分の顔もお気に入りな感じに見えて、楽しい時間が過ごせる、ということを知り始めたので、試着もできるようになってきた。


 今回、オシャレなお店で服が脱げなくなってみて、分かった。
 私が、「痩せなきゃ!」とパニックにならなかったのは、細い人用の服が脱げなくなった私にも着れる可愛い服は、この世にたくさんある、って既に知ってるからだ。このワンピースから拒否されても、他にも私に着られてくれる可愛い服が、この世にたくさんある、ということを知っている。だから必要以上に卑屈な気持ちにならなかった。


 服を買うというのは、恋愛と一緒だったんだ。
 私は10代の頃から、「この人いいな」「いけそうだな」って思った男の人には、自分からグイグイいく。物怖じしないでアプローチする。向こうはそんな気なくてダメだったこともある。だけど私は、男にふられて落ち込んだことが一切ない。それは私の中で「男にふられる」ということが「自分の存在を否定される」ということに結びついてないからだと思う。一人の男にふられるというのは、その人との時間を失うということだけど、「その人との時間が始まる」ということは「別の男の人との時間を失う」ということでもあるので、「その人にふられる」ことは同時に「別の男の人との可能性」が生まれる楽しい瞬間でもある。
 そういう思考回路だから、「いいな、付き合いたいな」って思った人に拒絶されても、合ってなかった、縁が無かった、と思うだけで、「私が何かおかしいんじゃないか」とか「私は恋愛に向いてないんじゃないか」とか「あの人に好かれるにはどうしたらよかったんだろう」とか「あの人ほど素敵な男性にはもう二度と出会えない」とか、そんなの思ったこと一度もない。


 私にとっては「男にふられる」よりも、「服の試着」による心のダメージのほうが遙かにでかかった。だからずっと、試着や可愛いお気に入りの服を選んだりすることを避けてきた。私にはもう、一生無理なことだとあきらめてすらいた。
 だけど、服なんていっぱいある。細い人に似合う服を私が着れなくても、「太ってる私が悪い、みっともない、ああいう服を着れるようになるために痩せなきゃ」なんて思う必要はなかったんだ。「私」に似合う服を探せば良い。服なんてたくさんあるんだから。

 

tabusa1020.jpg

 

 

 
Loading...

田房永子(たぶさ・えいこ)

漫画家・ライター
1978年 東京都生まれ。漫画家。武蔵野美術大学短期大学部美術科卒。2000年漫画家デビュー。翌年第3回アックスマンガ新人賞佳作受賞。2005年からエロスポットに潜入するレポート漫画家として男性向けエロ本に多数連載を持つ。男性の望むエロへの違和感が爆発し、2010年より女性向け媒体で漫画や文章を描き始める。2012年に発行した、実母との戦いを描いた「母がしんどい」(KADOKAWA 中経出版)が反響を呼ぶ。著書に、誰も教えてくれなかった妊娠・出産・育児・産後の夫婦についてを描いた「ママだって、人間」(河出書房新社)がある。他にも、しんどい母を持つ人にインタビューする「うちの母ってヘンですか?」、呪いを抜いて自分を好きになる「呪詛抜きダイエット」、90年代の東京の女子校生活を描いた「青春☆ナインティーズ」等のコミックエッセイを連載中。

RANKING人気記事

Follow me!

  • Twitter
  • Facebook
  • instagram

TOP