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自意識過剰で被害妄想な女は笑ってよい

田房永子2015.06.30

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先日、インドの偉大なる聖人女性、アンマの来日イベントに行った。アンマは世界で最も影響のあるスピリチュアルリーダーの一人。分かりやすく言うとダライ・ラマ的な人である。アンマ来日イベントの件はまた別で詳しく書きたいのだが、今回はアンマが入場してきた時のことに触れたい。すごかった。
 会場は、アンマを待つ何百人もの人たちの熱気であふれていた。入場口から舞台まで、赤いじゅうたんが敷いてある。アンマが歩く花道だ。朝8時から並んだ私が誘導されたのは、偶然にもアンマが入場の儀式をするポイントの目の前の座席だった。
 白い布に身を包んだアンマが歩いてくる。オレンジ色の布に身を包んだインド人男性の僧侶たち5名ほどが、アンマの背後を囲むように並んでいる。日本人スタッフたちがアンマに丁寧におじぎをし、アンマに花びらをかけたりしている。ここにいるみんながアンマを慕い、尊敬し、感謝している。今日集まった人たち全員へこれからアンマが愛を施す。その偉業を称えるように男性僧侶たちがマントラ(お経)を歌いだす。男たちの重い声がハーモニーとなって、横隔膜に響いてくる。
 私の目からは大量の涙が出ていた。
 これだ、これなんだ…、私の理想の社会の形は…。女を中心に、男たちが並ぶ体制。女の教えを男たちが乞い、支える姿勢。意識の中心がこうでなければ、「女を守る」なんていうことはかなわない。男たちは、女から教わらなければ、女の守り方なんて知らないんだから。
 いまの日本では、男(安倍晋三的人物)を男たちがぐるりと取り囲み、その輪が2重3重4重5重あたりまでいかないと、女が出てこない。男たちの世界で男が成功するようにと手助けする母や妻はいる、という内助の功の話や、部下としての女性はいるなどどいう話ではない。人間が夢中になってしまうと忘れがちな忘れてはいけない何か、を教えてくれる国民的権力者、それは女でなければいけないと思うのだが、そういったアニメに出てくる村の裏ボス「長老おばあちゃん」的存在がいない。
 テレビ界には、そういった雰囲気の人がいる。美輪明宏や、細木数子。今はその枠にマツコ・デラックスがいる。彼らは女性に見える格好をしているが言っていることは男性とまったく同じである場合が多く、「女は家事を丁寧にする」などと男社会が円滑にいくための女への我慢のアドバイスしかしなかったりする。
 結局エライ男たちに向かって女の尊敬のしかたを教える「長老おばあちゃん」がいないから、この国の男たちは誰も、女を尊敬していないから、そして女も女を尊敬することを忘れてしまって、男たちだけでなんとかするというようなことになっている。そんなの無理なのに。
 男たちは、得意なこともたくさんある。だけど、女に聞かないと分からない、知らないこともたくさんある。だけど、なんだかもともと知っているような顔をするのが男の仕事、みたいになってしまっていて、育児や保育や妊娠・出産に関しての国レベルの取り組みは、ひどい有様である。いまの日本の少子化は、男たちが女を尊敬せず、自分の力の誇示のためだけの存在として女を利用し、粗末に扱ってきたなれの果てである。
 そういった歴史を積み重ねた上での、2015年現在の男たちの暴走がすごい。特にテレビはとても分かりやすいので注目してみたい。
 6月13日に放送された深夜番組「有吉反省会」でのこと。この番組は芸能人が反省するという態で自分の特徴や面白い部分をアピールするという内容のものである。この日は歌手のsoweluが「正統派シンガーとしてデビューしたにもかかわらず、自分の本能を抑えられずどんどん過激になっていること」を反省していた。本当はセクシーな格好をすることに抵抗がなく、いいと思っているという。高校生の時は制服の下の色物のブラを透けさせて通学していたら電車内で痴漢に遭ってしまった。そのことを番組スタッフにしたら「結局それって挑発したのsoweluさんですよね?」と言われてしまった、と話していた。
それ自体はなんら面白くない話である。どうせ、男性司会者はそこで「そりゃあそうでしょう、そんな恰好していたら!」と言うはずだと私は無意識に思った。しかしそのあと、司会者の有吉弘行は大げさに驚きながらこう言った。
「そんなセクハラ発言するスタッフいた?!」「痴漢を擁護するスタッフがいましたか?! 信じられないですよ私は!」
 立腹している、というパフォーマンスをしながら、でも笑いながら、そう言ったのである。すごい!! と思った。有吉弘行はさすが、いまの芸能界のトップを独走するスーパータレントである。その話で「そりゃあそうでしょう、自分で透けさせていたんだから」という“当たり前”の返答などしない。時代遅れの還暦超え司会者なら堂々とそう言っただろう。しかし有吉は、このあたりの話題に関する最近の流れを知っているんだろう。一部の視聴者から「セクハラだ」とか「痴漢を擁護する発言です」という意見が出ると分かっている。だから有吉はその「一部の視聴者」の声を、先に自分で言うのである。しかし本当の怒りの声として言うわけではなく、「そういうこと言うと、ああいう人から批判が来ちゃいますよ! 怒られちゃいますよ!」みたいな「こうしてなんでもかんでもセクハラって言って怒る人、いますよねえ!」みたいな「今はこういう話でこう返すのがトレンドなんでしょう?笑」みたいなギャグとして発言する。「怒られちゃいますよ!」とそのまま言っても成立するのだが、ひねって言うことで、「一部の視聴者」の声を“代弁”しながら実はその「一部の視聴者」を“笑いもの”にするという、実に巧妙なショータイムを披露していた。
 有吉の上げたそのトスを打つのは博多大吉。大吉は真面目な顔をして言った。「これはコンプライアンス問題です!」スタジオはさらに大きな笑いに包まれた。
 この場合の「コンプライアンス問題」とはどういう意味なのか分からなかったので調べてみたのだが、おそらく「一人の社員が問題を起こして企業にダメージを与える問題」みたいなことのようだ。つまり、有吉反省会のスタッフ(日本テレビ社員)がタレントにセクシャルハラスメントという不祥事を起こす、これは大問題です、という意味である。それを敢えて真面目な顔して言うことで、笑いが起こる。一昔前ならここで「それはセクシャルハラスメントです!」と言っていたんだと思う。しかし今はセクハラという言葉が浸透してきて正しい意味を把握する人が増えたため、笑えない言葉になりつつある。だからさらに新しい言葉「コンプライアンス問題」を使う。
 そうやって「一部の視聴者」から批判されにくい形をとりながら、結局は世間にはびこる「痴漢は露出の高い女によって引き起こされるものである。なのに『痴漢を擁護するな』とブサイクババアが怒り狂って困るよな(笑)」と思っている人たちを笑わせる(イコール安心させることでまたその認識を改めて定着させる)ことにも成功しているのである。凄すぎてビックリした。
 爆笑する会場に対しsoweluが笑いながら「まあね、私の行動も行動なんで」と言った。有吉はそれに対し「いやいやそんなことない」と真顔で返してそのくだりが終了した。そこで私はドキッとした。「痴漢犯罪を引き起こすのは女性の服装などのせい」という誤認識が、延々といつまでも変わらないまま、それがテレビで流れるんだと思っていたから、えっ ウソ、ヤダ、有吉って実は案外分かってくれてるの? とときめいた。しかしよく考えると「痴漢は犯罪」は明白なわけで、被害者から面と向かって「私も悪いんで」と言われたら「いやそんなことない」と返すのは、それこそ当たり前のことだった。
 有吉らは、本当に話術に長け、大衆の意識を察知する能力がハンパなく高い人たちだと思う。90年代のダウンタウンの奇想天外なコントは実は人間のよくある光景や心理を表していて、目の前の映像と自分の感覚が照合される快感の笑いだった。2015年の最近は、視聴者の既にある心理の形に有吉やマツコや大吉が変形して入ってきてピッタリおさまるのが快感、というタイプの笑いだと思う。
 タイプは違っても、女性の人権という視点で見ると(まずその見方が“間違っている”のだが)、その意識レベル自体は、大学生が飲み会で「あの子、処女かなあ」「本人に聞いてこいよ」「バカ、お前それセクハラだから」「ギャハハハ」と話しているのと今も昔も変わりない。

 昔のテレビのお笑いはもっと、女性人権なんか無視してやりたい放題だった。「一部の頭の硬い視聴者が苦情の電話をよこすから、お笑い番組でできることがどんどん少なくなり、制限されてつまらなくなった」とお笑い芸人が言っているのをよく耳にする。私が中高生の頃から、そういうことを言っているお笑い芸人がいた。その「頭の硬い視聴者」というのは、「教育委員会」や「PTA」とも呼ばれ、イメージでは眼鏡をかけた怒ってるおばさんというところだろう(そのイメージを具現化すると田嶋陽子になるのだろう)。10代の私は、「テレビをつまらくなくする大人」に反感を持っていた。自分はそんなつまらない大人には絶対になるわけがないと思っていた。そうやって信じていた日本のテレビの笑いの世界が、実は自分に寄り添ったものではなく、「男」を中心に形成されているものだと肌で感じるようになるのは、33歳で出産したあとだった。
 その「男が楽しい」を土台に作られ、着々と歴史を積んできたお笑い界。その世界の超エリートと呼んでいいほどの凄い女性お笑いコンビが登場した。「おかずクラブ」という二人組である。大きめの体型のゆいPと特徴的な顔立ちのオカリナ、見てるとだんだん可愛く見えてくるということで「ぶさカワ芸人」とも呼ばれ、ただ今人気急上昇中で頻繁にテレビに出ている。この「おかずクラブ」のコントが、大学生レベルの女性人権意識に忠実に沿った出来上がりで、本当にすごくって、見ていて固まってしまう。
 文字でコントを説明するのは難しいし「おかずクラブ」に申し訳ないので、ぜひとも彼女たちのコントを見て欲しい。
 そう言いながらもおかずクラブの代表作コント「合コン」について説明させていただきたい。舞台は飲み屋、すみれ(ゆいP)が、「すごい可愛い子が来るから!」と紹介して、エリカ(オカリナ)が出てくるところから始まる。その時点で笑いが起こる。「かわいい子」と言われてブスが来る、到着したブスが上着を脱ぐと贅肉のついた背中が丸出し、二人とも美人という設定で話している、等、幾重にも重なったブスギャグが連発される。中盤では、「エリカってお酒弱いんで~す あ~、いま、エリカを酔わせてへんなことしたいって考えなかったー?」「もーお がっつきすぎーぃ」「仕方ないよ、男の子だもん」というやりとりもある。
 そして最終的に、食事を取り分けるエリカの胸元を合コン相手の男性が写メで撮っているとすみれが言い出し、「ねえ 今撮ってましたよねえ? 私そういうのすぐに分かるんだから! 伯父にも叔母にも感受性が豊かな子だって言われて育ってきたんだから!霊感だってあるんだからぁ!!」とすみれが怒号を上げる。泣き出すエリカ。心配したすみれはエリカの肩に手をおいたままこちらを睨みながら「謝ってよ、今すぐエリカに謝ってよ!」と怒鳴り、怒りの勢いあまってエリカの肩を突き飛ばす。エリカは泣きながらすみれを止める。「悪いのはエリカだよ 知らず知らずのうちに男をトリコにしちゃうエリカが悪いのぉー」とひざから崩れて泣きつくすエリカの横で、すみれがこちらにものすごいにらみを利かせながら「それがお前らの、やり方かぁーーー!!」と怒鳴って終わる、というコントである。
 初めて見たとき、もう、呆然とした。
 私は10代の頃たくさん痴漢被害に遭っていて、「やりそうな人」というのは他の男性たちとまったく挙動が違うので、反射的に分かるようになった。そしてそういう人を注意深く見ていると本当に痴漢行為を行い始めることがある。
 そういうことをネットに書くと、「見ただけで犯罪者が分かるとかどんな能力だよw」とか、「お前みたいなやつがいるから痴漢冤罪が起こるんだよ」的なコメントをもらったりする。私としては、そんなサイキック能力がありますみたいな話をしたいわけではなくて、被害に遭っている女性への対処法や目撃した時にできる痴漢犯罪の抑止についての話をしたいだけなのだが、そのあたりは一切無視されるのが基本である。
 おかずクラブのコント、特に「私そういうのすぐに分かるんだから!」という部分を見て、ああ、私みたいな人を再現したコントなのだなあ、と思った。「感受性の豊かな子だって言われて育ってきたんだから! 霊感だってあるんだから!」というところ、毎度ここが一番ウケている。「痴漢やりそうな人は見ると分かる」とか言い出しちゃう私みたいな女の、非論理性、感情的な雰囲気、唐突で無根拠な感じ、それをゆいPが見事な演技力で表現しているんだろう。
 私は、痴漢犯罪被害にまったく詳しくない人から見ると、こういう風に映っていて、それがたくさんの人にとっては滑稽な姿なのだなあ、と思って固まってしまった。見てはいけない物を見たような、来てはいけない場に来たような、トイレの個室に入ってたら外から自分の悪口が聞こえてきたみたいな、感じがした。
 おかずクラブのこのコントは、「痴漢行為に敏感で怒りやすい女」と「男をかばう女(痴漢に遭うのは自分の責任であると主張)」という構成であり、「怒りやすい女」が「かばう女」を守ろうとして結果的に投げ飛ばしている、というところも重要なのだと思う。女を守ろうとしている女自身が、その女を追い込む、という風景をたまらなく面白いと思う人がたくさんいることは知っている。
 このコントの中で、合コン相手の男が本当にエリカの胸元を撮っていたのかどうかは明かされない。にもかかわらず、このコントを多くの人がためらいなく爆笑するのは、その根底に「こんなブスの胸元、撮るわけない(価値がない)」という前提が存在するからである。それによってすみれが「単なる自意識過剰で被害妄想が激しすぎる女」として成立し、笑いが起るのである。
 性犯罪を取り巻く大衆意識の構造をデフォルメして再現したコントとして、完成度が高すぎる。おかずクラブの他のコントも、同じ構成のものがいくつかある。「下着泥棒」というコントも凄まじいのでぜひ見て欲しい。
 おかずクラブ自身が、この男中心の世の中を逆手にとってこのようなコントを作っているとは思えない。おかずクラブというコンビ名は、「オカリナは芋の煮っ転がしっぽい。ゆいPはから揚げっぽい。私たちらしい、ダサいコンビ名にしよう」と決まったという。オカリナはその前に別の女の子と「全身コンプレックス」というコンビを組んでいたらしい。きっと「合コン」は、そんな彼女たちが今のお笑い界で有名になるために自分たちができることを思案し生み出されたコントなのだと思う。テレビにたくさん出るようになってから、コンビ名の由来には「あなたの“おかず”になりたい」という意味も付け加えたという。
 私は思ってしまう。おかずクラブのコントを、ビヨンセが見たら一体、なんて言うだろうと。おかずクラブのコントが深夜番組だけで流れ男子大学生や若い男性たちがひそかに笑っているわけではなく、ゴールデンタイムの番組で40代の男性お笑い芸人たち、女優達によって爆笑され絶賛される日本の風景を見たら、何を思うだろうと。
 単純に、知りたい。
 政治・社会の中心に国民的権力者おばあちゃんがいる世の中だったら、きっと日本のテレビのお笑い番組は今とはまったく性質の違うものが流れているんだと思う。果たしてそれは、「つまらない」のだろうか?
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田房永子(たぶさ・えいこ)

漫画家・ライター
1978年 東京都生まれ。漫画家。武蔵野美術大学短期大学部美術科卒。2000年漫画家デビュー。翌年第3回アックスマンガ新人賞佳作受賞。2005年からエロスポットに潜入するレポート漫画家として男性向けエロ本に多数連載を持つ。男性の望むエロへの違和感が爆発し、2010年より女性向け媒体で漫画や文章を描き始める。2012年に発行した、実母との戦いを描いた「母がしんどい」(KADOKAWA 中経出版)が反響を呼ぶ。著書に、誰も教えてくれなかった妊娠・出産・育児・産後の夫婦についてを描いた「ママだって、人間」(河出書房新社)がある。他にも、しんどい母を持つ人にインタビューする「うちの母ってヘンですか?」、呪いを抜いて自分を好きになる「呪詛抜きダイエット」、90年代の東京の女子校生活を描いた「青春☆ナインティーズ」等のコミックエッセイを連載中。

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