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極私的これからのボディビジョン

田房永子2015.09.14

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このあいだ虫刺されがひどい状態になり、両方のふくらはぎが蛍光のピンク色のあざでいっぱいになってしまった。蚊を舐めていた。雨の日に虫よけせずに長靴とレインコートで外に出たら、足が出てる10センチくらいの部分だけに集中してマジでシャレにならない数を刺され、多すぎてアレルギーみたいな感じになった。皮膚科で出された薬を飲んで塗り薬を塗ったらすぐ治ったが、足がピンク色だったその日はスーパーに行く際、道行く人が驚くだろうと思い、足を隠して歩くことにした。ちょうどスパッツ的なものしかなく、股部分がアレなので、チュニック的な裾が長めのTシャツを着て、暑いので髪をうしろに一つでしばって出かけた。
 そしてスーパーマーケットで。野菜売り場の横のでかい鏡に映った自分の姿を見て、「わっ…」と思った。れっきとした「オバサン」な自分を初めて見た。完璧な「オバサン」だった。すごい、すごい、オバサンだ! と思った。
 吹っ切れたというか、他人事というか、すごすぎて惚れ惚れするっていうか、ちょっと小宇宙な空間に入ったような感覚に一瞬なる程だった。我に返ってみると、今まで強烈に持っていた「オバサンな自分を見たくない、絶対認めたくない」という感情が和らいでいることに気付いた。なぜその感情をそこまで強く持っていたのだろう、と思った。

 小学生になった時も、中学高校に入った時も、成人した時も、それになった瞬間を記念して写真を撮った。そこまでの成長が喜ばしいことだから写真を撮るんだろう。妊婦になっても、子どもを産んでママになったあたりまでは、その「喜ばしいので写真を撮る」という行為が成立していた。だけど「オバチャン」になってからは、子どもの入学とかそういう時だけ記念写真に参加するだけで、「自分がオバチャンになった記念」の写真を撮る機会はない。オバチャンになることも、小学生になったとか社会人になったとか、それの一つなはずなのに。本当は、人の成長のひとつとして、喜ばしいことなはずなのに。

 「オバチャンになった記念」の写真を撮ろうと思った。カッチリと着飾ったり、細く写るように体を傾けたり、髪のボリュームをつけたり、真っ白な光で飛ばしたり、しないやつ。セルライトまで、肉のたるみまで、きれいで立派だと思ってくれる人に、疲れ切った顔でスーパーマーケットで買い物してる立派な私を立派に撮ってもらおうと思った。そういうのはどうしたら撮ってもらえるのかわからないが、夢がひとつ増えた。

 私が中学1年くらいの頃、森高千里がテレビに現れた。当時の私は森高千里が大っ嫌いだった。あのアニメみたいな不可解なぶりっ子声がいやだったし、歌詞もバカみたいですっごいヤダと思ってたし(特に「勉強の歌」)、妙になまめかしい服装で怒ってるみたいな真顔でカクカク踊るのも、とにかくすべてが生理的嫌悪を刺激されてほんと嫌いだった。

 今は森高千里を見ても特に何も思わない。こないだ歌番組で44歳になった森高がミニスカートを履いて「私がオバさんになっても」を歌ってた。ぜんぜんオバさんになってない、って話題になっていた。確かにぜんぜん変わってない。すごいかわいいしミニスカートも似合ってた。
 でもだからなんだって言うんだろう、とも思った。むしろオバさんの容姿であの歌を歌ってくれたら、いいのになあ。
 なんていうか本当に、息苦しいんだ。
 子どもがいてもキレイ、っていうのが「正解」だと言われているような感じ。別に誰も私に言ってはないんだけど、だけどずーっとずーっと、誰かに言われている感じ。私だって、いろいろあって贅肉がついているんだ。10代のころから美容とかどうでもよくって、それより別のことに興味があったんだ。私の容姿は、私の生きている証しなんだ。そうやってせっかくオバチャンな自分を受け入れられそうになっても、世の中の価値観はそうじゃない。森高や石田(ゆり子)や永作が、変わらなさを見せつけてくる。そんな美を世間は讃える。

 別に美魔女になりたいわけでもないのに、オバチャンな自分を容認しきってなんの悩みもない状態になってるわけでもない、そんなモラトリアムな自分をさまよっていた時。
 夕方、家の近所を自転車で走っていたら、前にいる女子高生が後ろをチラチラ振り返りながら歩いていた。見覚えがある仕草。あー、私もあんなふうに歩いてた。ついこないだまで。後ろからものすごい遅いスピードのスクーターで着けられたり、角に隠れていて突然出てきて抱きつかれたり、道端で見知らぬ男からそういう目に遭わされることがありすぎて、親や警察から「気をつけなさい!」と言われ道端の看板からも「チカンに注意!」と言われ、キョロキョロしながらビクビク歩いてた。もし、この女子高生が目の前で襲われたら、私は何ができるだろう、と思った。

 昔、10代の時、夜、駅から自宅まで歩いていたら、マントみたいなコートを着てマスクとサングラスをした男に突然抱きつかれた。「んだぁ、こらあああ!!!!」って大声を出して暴れたら、マント男が駅のほうへ走り出した。駅のほうから歩いてくる単独の20代くらいの女性と、単独のおじさんがいたので、めいっぱい大声で「痴漢です!! そいつ!!」って叫んだ。しかしなんと、女性とおじさんは完全に無視して平然と歩き続けて私を通り過ぎようとするのである。「???」と思い、私はダッシュして痴漢を追いかけたが、追いつかなかった。パニックになっていたので、Uターンして女性を追いかけ、「痴漢ですよ! 今の!」と言ったら「え、彼氏と喧嘩してるのかと思った」と普通に言われ、仰天した。歩いていて知らない人に突然そんなこと言われても、自分の身を守るために、なかなか咄嗟には動けないものだと思うし、そんなに大変な事態ではないと本能的に思い込むってこともあると思う。でもなんていうか、とても悲しかった。

 キョロキョロ振り返りながら歩く女子高生を見て私は、無視する第3者になりたくないと改めて思った。強いオバサンになりたい、と思った。戦ったり撃退するのは無理かもしれないけど、腕力、体力がすごいオバサンになっておくことは、無駄じゃない。そこを目指そう、と決めた。

 どうすれば強いオバサンになれるのか、ネットで検索したり、調べた。同じことを考えてる女性がいるようで、「身長150センチ弱の私が、男性と対等に戦えるようになるには、どんな武道や格闘技を習えばいいですか」と質問している人がいた。格闘技経験者がそれにハッキリと答えていた。
「格闘技などは、技や力も大切ですが、一番重要なのは、『恐さ』です。男性から見て女性にはそれがありません。だから特に身長が低い女性が男性と対等に戦うのは難しいでしょう」
 そうなのか…。では、恐いオバサンになりたい。風貌からして、勝てないと思うような、迫力のある、オバサンになるんだ。自分のボディイメージが膨らんでいく。こんなこと、初めてだった。

 ネットで見ていても仕方ないので早速、空手教室の体験見学に行ってみることにした。超本格的な教室に行ってしまい、(それが普通なのかもしれないが)1回の練習が3時間もあるので毎週通える自信がなく、早くも入会前に挫折した。あと、仕方ないことかもしれないし個人的なことであって空手がどうっていう話じゃないんだけどけど、ボス的な師範のおじさんが、「空手とは」みたいなことを教えてくれる際、「ふつうの人はこう思ってるものですが、空手の世界では違うんです。さあ、なぜでしょう」とか「じゃあ、呼吸してみてください。…はい、そうじゃないんです。違いはなんでしょう」とかいちいちクイズ形式で話してくるのが本気でめんどくさくて、いい教室だと思うんですが、それが超つらいなと思った。
 しかし、空手教室でひとつ分かったことがあった。師範の一人に仙人みたいな小柄なおじいちゃんがいて、その人は私より明らかに体重少ないと思うんだけど、すごく威圧感があって恐かった。しゃべり方とかぜんぜん優しいのに、なぜかピッと身が引き締まる。なぜだろう? と思ったら、そのおじいちゃんは時折出す声がすごいのだった。声の出し方が「ハッ!!!!!」って地響きな感じで、内臓に直撃してくるので、場がピリッとする。体が小さくて姿が恐くなくても、声で恐さは伝えられるんだ! と思った。
 恐い声を出せるようになる教室と、あとやっぱり昔から合気道にあこがれているので、あきらめずにがんばって教室を探そうと思います。合気道教室を探すっていうのは、何年か前のコラムにも同じことを書きましたが…

 とりあえず、空手教室で習った突きの練習を家でしていた。足を広げて膝を少し曲げて立って、右手と左手の拳を交互に出すあれです。やっていると気持ちいいし、なんか強くなってる感じがして楽しいから、家で一人の時はやっていた。そしてwiiの本体を買い、空手のゲームもしていた。そしたらなぜか、今まで一切できる気配もなかったヨガの逆立ちのポーズ(頭頂部とひじで立つやつ)ができるようになった。筋力がついたのだろうか。恐いオバサンに近づいている、と信じている。

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田房永子(たぶさ・えいこ)

漫画家・ライター
1978年 東京都生まれ。漫画家。武蔵野美術大学短期大学部美術科卒。2000年漫画家デビュー。翌年第3回アックスマンガ新人賞佳作受賞。2005年からエロスポットに潜入するレポート漫画家として男性向けエロ本に多数連載を持つ。男性の望むエロへの違和感が爆発し、2010年より女性向け媒体で漫画や文章を描き始める。2012年に発行した、実母との戦いを描いた「母がしんどい」(KADOKAWA 中経出版)が反響を呼ぶ。著書に、誰も教えてくれなかった妊娠・出産・育児・産後の夫婦についてを描いた「ママだって、人間」(河出書房新社)がある。他にも、しんどい母を持つ人にインタビューする「うちの母ってヘンですか?」、呪いを抜いて自分を好きになる「呪詛抜きダイエット」、90年代の東京の女子校生活を描いた「青春☆ナインティーズ」等のコミックエッセイを連載中。

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