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「当たり前」を崩す男たち

田房永子2016.01.21

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<気を使う父親>
 知人男性で、中学生の娘から電話がかかってきて仲良く話す人がいる。
「中学生の女の子ってお父さんを嫌がるんじゃないの?」と聞かれると、その人は「すごく気を使ってる」と答えた。「周りの中学生の娘を持ってる父親たちを見ると、結構なことをしてるんだよね…。あんなことしたら、そりゃ嫌われるよなあって思うから、そういうことはしないように気を付けてる」と言っていた。
 私はそれを聞いて、嬉しいとか感動みたいなものと、怒りと悲しみみたいなものが同時に湧いてきて、目の後ろが一瞬で熱くなった。

 「結構なこと」という時に、その人はジェスチャーで“ふざけながら隣の人に触ろうとする仕草”をした。
 世の中では「女の子は年頃になると父親を毛嫌いする」って言われてる。
 だけど娘を一人の人間として扱い、気を使っていれば、別に娘だって年頃だろうが普通に父親と喋ったりするだろう。それを、世の中ではさも女の子のほうを「そういう生き物」であるかのように語る。
 めちゃくちゃ悔しい。父親のほうが、風呂上りに性器を丸出しにしてリビングに出てきたり、ほじり出した耳垢を見えるようにティッシュに並べたり、娘の体や顔の品評をしたり、ふざけて触ったり、他にもいろいろあると思うけど、そういうことをしてることのほうが多いんじゃないだろうか。
 なのに思春期の娘と父親の関係を語る時、父を避ける娘の様子ばかりが言及される。娘がどれだけ嫌がっていても「年頃の娘ってそういうものだよね」と笑い飛ばされ、父親側の迷惑行為は「気にするな」と片付けられ、むしろ「働いてくれてるお父さんに冷たくしたら可哀相よ」とまで言われたりもする。娘に露骨に煙たがられてシュンとしてる父親に罪悪感を感じるのも、娘の仕事になっている。最終的には、結婚式で「お父さん、あの頃は一緒に洗濯しないでとか言ってごめんね」とか手紙を読んだりする人もいる。
 強い者はいつでも自分の行いを省みることなく、弱い者の反応の悪さに問題を転嫁して、それを一般化して自分の苦しみを回避し、目をそらして自分の気持ちいい風景だけを求める。
 父親から娘に対するセクハラ的言動が、一般的には「当たり前の家庭の光景」になっているから、知人男性はあえて「気を使ってる」っていう言い方をしたんだと思う。
 だけど本来、気を使うほうが当たり前のことである。いくら親子でも家族でも、他人の人間同士だから。
 そのことを知っていて実行してきた男性が、娘と普通に会話している。その事実が、“私たちの理不尽”を間接的に晴らしてくれているようで、この話が聞けてよかった、と思った。

<ワイドショースターとしての川谷絵音>
 去年、友達の旦那さんがゲスの極み乙女。の新曲の「両成敗でいいじゃない」っていうPV制作に携わると聞いて、見るのをすごく楽しみにしていた。そしたらベッキーとの報道が出て、え~、新曲PV自粛しちゃうんじゃないの、と思った。
 ベッキーが謝罪会見をした日、週刊文春にはイチャイチャ写真が載ってるという情報をネットで得て、ベッキーのそういうところをどうしても見たくなった私は週刊文春を買った。
 誌面を読みながら、あまりにも晒され過ぎなプライベートに、ベッキーの心境を想像してつらくなった。ここまで書かれてひどいよ・・・、こんなに書かなくても・・・と思いながら読んでいる自分。オメーみたいなヤツがいるからこういう記事が出るんだろうが、と自分が一番ゲスいな・・・と思いながら、しっかり読み込んだ。
 矢口真里の時は、どうして雲隠れするんだろう、何でもない顔で出てくればいいのに、と世間は言っていた。私もそう思った。
 だけどベッキーのLINE文章&画像&デートの様子晒されを見て、矢口真里の反応が普通だったんだ、と思った。元気な様子を大衆に見せる特殊な仕事、こういうことがあったら休むほうが通常の人間だと思う。
 だけど謝罪会見をしてからベッキーはいつも通り生放送に出ていて、偉すぎると思った(矢口真里が偉くないってわけじゃない)。今までベッキーって、東京駅の時計みたいな感じだった。すっごく目立つところにあるけど、目立ちすぎててあそこに時計があることを忘れる、みたいな、結局手元の携帯とかの時計を見ちゃうみたいな、でもシンボル、みたいな感じ。そういう存在でいるのって、やっぱり底力が必要だと思うし相変わらず仕事をして明るくテレビに出ているベッキーの凄さに圧倒された。どうかメンタル面でちゃんとしたケアを受けて欲しいな、と思う。
 そしてゲスの極み乙女。の川谷絵音さんも凄かった。関ジャニの番組にゲスの極み乙女。が出演して、スタジオで新曲PVを再現する、そこに友達の旦那さんも出演する、と聞いていて、楽しみにしていた。それがLINE報道の直後の放送だった。
 その番組内容が「川谷さんの音楽の才能」をまんべんなく披露するものだった。作詞・作曲・メンバーへの演奏指示、を短時間で即興でたった一人で行う絵音さんが延々と映し出された。おそらくどんなバンドもこのくらいのことをする人はいるんじゃないかと思うし、数々の楽曲はこうやって作られてるんだろうし、そんなに珍しいことじゃないんじゃないかと思う。だけどこんな大騒動後のタイミングでこういう映像が世間に流れる人は、そういない。
 たいがい音楽番組って、歌手のプライベート話を聞いたあとに歌を披露して終わりって感じなのに、よりによって川谷さんの才能を見せつけられて音楽に詳しくない私は単純に「わーすごいな」と思った。こういう、才能はあるけど対人関係がチャランポランな男ってモテまくるものだし、ベッキーが夢中になっちゃうわけだな、とベッキーが普段どんな人か知らないのになぜか確信した。
 そのあと新曲「両成敗でいいじゃない」を歌う絵音さん。歌詞が騒動にドンピシャなので話題になった。PVは自粛するどころかワイドショーやいろんなところで流れまくっている。
 そしてゲスの極み乙女。はミュージックステーションに出演し、生で「ロマンスがありあまる」を歌った。去年の6月に出た曲だけど、その歌詞もまためっちゃくちゃこの騒動に合っていて、うわーーっ! なんだこの歌詞!っていう驚きと、よくこれを今、生放送でちゃんと歌えるな!っていう感心、もはや川谷さんとゲスの極み乙女。メンバーに対して尊敬念すら湧いた。昔だったらこういう騒動を茶化すのはコント番組の役目で、騒動に合わせた替え歌を作って歌ったりしていたと思う。だけど、そういうコント番組はゼロになってしまったこの2016年に、パロディすらも全て一人で担う川谷絵音。こんなの見たことない!! 興奮で鳥肌が立った。
 新しいワイドショースターだ。例えば号泣議員は直接的な破裂的な面白さだったけど、絵音さんは間接的で偶然的で趣きを感じさせる面白さ。
 恋愛騒動のカップルの大物じゃないほうは、だいたい何も印象を残さずに収束するのが当たり前だった。羽賀研二だけはいろいろネタを提供していたと記憶してるけど、彼には作為的な雰囲気があったし結局は誠意大将軍どまりだった。絵音さんはいわゆる“持ってる”というか、印象の残し方が今までにない感じ。Mステで歌い終わった時にはテレビの前で拍手喝采してしまっていた。

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田房永子(たぶさ・えいこ)

漫画家・ライター
1978年 東京都生まれ。漫画家。武蔵野美術大学短期大学部美術科卒。2000年漫画家デビュー。翌年第3回アックスマンガ新人賞佳作受賞。2005年からエロスポットに潜入するレポート漫画家として男性向けエロ本に多数連載を持つ。男性の望むエロへの違和感が爆発し、2010年より女性向け媒体で漫画や文章を描き始める。2012年に発行した、実母との戦いを描いた「母がしんどい」(KADOKAWA 中経出版)が反響を呼ぶ。著書に、誰も教えてくれなかった妊娠・出産・育児・産後の夫婦についてを描いた「ママだって、人間」(河出書房新社)がある。他にも、しんどい母を持つ人にインタビューする「うちの母ってヘンですか?」、呪いを抜いて自分を好きになる「呪詛抜きダイエット」、90年代の東京の女子校生活を描いた「青春☆ナインティーズ」等のコミックエッセイを連載中。

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