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SMAPに見る、「国民的な○○になるためのABC」とは…

高山真2015.09.14

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「国民的○○」というものが生まれなくなって久しいです。世代間の差とか趣味の細分化とかが進みに進めば、「子どもからお年寄りまでに大人気」なんてものが生まれなくても、それはもう仕方のないことではあります。

テレビが娯楽の主流、なんて状態も、ゆるやかとは言え変わりつつあります。『家政婦のミタ』とか『半沢直樹』といったドラマが「視聴率●%突破」と話題になることはありますが、あれはなんと言うか、全10話とか11話といった制約の中で、脚本とか俳優のハマり具合とか時流とかが全部マッチングして、数年に1度で起こるミラクルのようなもので、そのドラマに出ていた俳優たちやそのドラマを担当した脚本家が、もう一度同じミラクルに遭遇できるとは限りません。

いまの若い人たちには信じられないでしょうが、昔は「プロ野球の巨人戦の中継だと、いつでも必ず30%以上を獲る」という時代があったのよ。志村けんや加藤茶がいたグループ、ドリフターズが毎週土曜日の20時に生放送形式でやっていたバラエティ番組『8時だョ!全員集合』も、視聴率50%超えの時期があっただけでなく、「何年にもわたって視聴率30超えが普通」なんて、とんでもない状態を続けていたの。そういう意味じゃ、巨人は「国民的球団」、ドリフターズは「国民的グループ」ということになるのかしらね。

 アイドルも、CDに握手券つけたり、ジャケットを何パターンも用意して、ファンたちに複数買いさせることで売り上げを保っているけれど、じゃあ、「ファン以外の人、世代の違う人たちもなんとなく口ずさめるような曲を何曲持っているか」ということになると、松田聖子や中森明菜の底力を感じざるを得ない。ただ、聖子にしろ明菜にしろ、先ほども言った通り「テレビが娯楽の主流だった時代に芸能人人生のピークを迎えた」という幸運は、確かにあるかもしれません。そういう状況で、今現在アイドルを仕事にしている人たちは大変だと思うわ。

 長々と昔話を語ってしまいましたが、そんな現代で「国民的アイドル」の看板を張るのは容易なことではありません。この連載でだいぶ前の回で、「アイドルとは、体を張って『キラキラ』を見せることで、ファンたちに『この世界で生きていくことは楽しいんだ。怖くないんだ』と感じさせる存在のこと」と書きました。ジャニーズとか、ももクロとか、ハロプロの子たちとか、Kポップの子たちが、若いファンたちに与えている「キラキラ」と、氷川きよしや、かつてのヨン様とかが50代以上の女性ファンたちに与えている「キラキラ」は、あたくしの中では同じ種類のものなのです。こう書いた時点で、「かなり年齢を重ねてもなお、『キラキラ』を補給しないと生きていくのがしんどい、という日本の現状自体が悲しいっつーか、しんどいわよね」という考えも当然浮かんではきますが、それはまた別の機会に……。

当然ながらお若い方々はご存じないでしょうけれど、氷川きよしの「与え方」とか凄いわよ。もう名人芸の域。脚がだいぶ弱くなって車いすでイベント会場に来るおばあちゃんとかには、必ずグッとかがんでおばあちゃんよりも自分の目線を低くして、顔をのぞき込むようにして握手してたからね。あたくしが初めてその光景をみたのは氷川きよしがデビューしたばかりのときだったのですが、それを見た瞬間、「ああ、この子3年以内にオジさんの演歌歌手たちを飛び越えて大看板になるわ」と思ったものです。立ち居振る舞いに関して当然ブレーンの仕込みはあったのでしょうが、当時20代前半の男子があそこまでのことをおばあちゃんに向けてこなす、そのナチュラルさの度合いが群を抜いていたわけね。ブレーンの仕込みがなく、本人の意識だけでやっていたとしたら、あれは『異常』と呼んでもいい(もちろん、いい意味よ)レベルだったわね。

 さて、そんな「上の世代にもきっちり、しかしナチュラルに『キラキラ』を与えられるか」という課題は、「この仕事を長く続けたい」という野望を持っているアイドルたちが避けては通れないテーマです。特に、光GENJIがトップだった時代に比べて寿命がはるかに長くなった、ジャニーズのタレントたちにとっては。

 そんな状況下で、SMAPが新しい試みにチャレンジしました。なんと8月30日、神奈川県の秦野市を会場に行われた『NHKのど自慢』にゲスト出演です。ふだんのメイン視聴者層はたぶん60代以上であるだろうと予想される番組にSMAP。しかし、というかなんと言うか、これが予想以上に収まりがよかったのよ。

 別に「SMAPはすでに若い子たち向けではない」ということを言いたいのではないの。そうではなくて、「氷川きよし的な振る舞いは、今後ジャニーズのアイドルたちにとっても不可欠な要素になっていくんだろうな」という意味合いにおいての、収まりのよさを感じたわけね。

『のど自慢』では、出場した一般人の歌が終わったあと、ゲストが近づいていって短いトークを交わすのがお約束ですが、その際の身体的な距離の近さやボディタッチの多さは軽い衝撃でした(実はこれ、ジャニーズのアイドルが「ファンを全員対等に扱うためにはやむなし」と、むしろ今まで御法度にしていたのでは、と思うの。あるいは、「カッコつけゆえに自分にキャーキャー言う女子たちに精神的距離をとってしまう」という、若い男子に必ずついて回るカッコつけゆえのものかもしれませんが)。

 一般人との、経済的というよりはむしろ精神的な距離(「なんか住む世界が違いすぎて」と漏らさざるをえない、あの感じ)でいえば木村拓哉よりもさらに遠い場所にいるだろう稲垣吾郎の意外なまでの奮闘ぶりとか、「親しみやすいのにハートは割と閉じている。というか、誰に対しても一定の温度感」というあたりに師匠格の萩本欽一との共通点を感じた香取慎吾の司会っぷりとか。SMAPの歌を歌って合格した出場者に対し、「中居くんの代わりが見つかった」という香取慎吾のコメントに自ら乗っていくばかりか、ゲストの歌のコーナーで『SHAKE』を歌った後に、「よかったですよ。歌の途中で鐘が鳴らなくて」と、自らのオンチっぷりをきっちりネタにした中居正広とか。

『のど自慢』には去年、ももクロもゲスト出演したのですが、ももクロは割と「明らかに自分のファンではない人たちにも、ファンと同じように接する」というグループね。それはもちろん美しいことではあるのだけれど、「自分たちにさして興味のない人を自分たち側に引っ張り込む」という意味では、残念ながらそれではちょっと弱い。「むしろ熱心なファンではない人たちとの距離のほうを縮める」くらいの逆差別が必要なのね、と今回のSMAPの立ち居振る舞いを見て感じたわ。

さて、『のど自慢』以上のNHKの目玉番組といえば、大晦日の『紅白』です。で、『紅白』においては、出演順が遅い時間帯になればなるほど、「NHKが『国民的歌手』と認識している」ということになっている。まあたぶん、一般の人々にとってもそれは共通認識でしょう。が、あたくしにとっては、さまざまな思惑と事務所側の意向が交錯する紅白の出場順より、今回の『のど自慢』出演のほうが、SMAP(およびそのブレーン)が本腰を入れて「むこう20年は『国民的』と呼ばれ続けてやる」という大仕事に乗り出した印象が強いのです。

 なんでも9月26日の土曜日には、岩手県で行われたSMAPゲストの『のど自慢』の様子が放映されるとか。「すかさず」の勢いで二の矢を放っていくあたり、氷川きよしもうかうかできないわね……。

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