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『逃げるは恥だが役に立つ』がブッ込んできた「愛情の搾取」という言葉に目が覚めたわ!

高山真2016.12.14

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 前回のコラムから間隔が空いてしまって申し訳ありませんでした。肉体的にはそれほど問題がない2カ月弱だったのですが、精神的にバタバタしてしまって…。

 前回のコラムはTBSのドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』についてのコラムでした。2回連続で同じドラマを取り上げるのはいかがなものかとも思ったのですが、あたくし、ちょっとこのドラマのクオリティに驚いておりまして。

 前回のコラムで、あたくし、こんなことを書きました。

・・・・・・・

 仕事が評価されること。もっと正確に言えば、自分が必要とされている任務だったり、「これはあなたがいちばん」とか「あなたにしかできないこと」と言われるような自分の持ち味が、きちんとした報酬(ぶっちゃければ、お金)になって返ってくること。それを主人公は渇望している。そして、その「渇望」は非常にシビアで、現代的な問題でもあると私は思います。新垣結衣およびキャストによる、エンディングのダンスが話題になっているようですが、むしろこの「渇望」の帰着点が、今の世の中ではどこにあるのかを知りたくて、たくさんの人たちがこのドラマを見ているのではないか、と思ったりしているわけです。

・・・・・・・

 なんてことを分かったような口調で書いたわけですが、前回のコラムは第2話終了時点のもの。そこから時は流れ、最終回直前の第10話まで話は進みました。

 第3回から第10話の前半まで、ほとんどを占めていたのは、やはり恋愛のこと。まあ、「ムズキュン」という言葉がプチ流行しているくらいに人気を博しているラブコメディですから、それも当然っちゃ当然ですが。

 35歳の独身(女性との交際経験なし。つまり童貞)・平匡が、自分の中にある偏見やヘタレな部分を克服しつつ、「契約上の夫婦」に過ぎなかった主人公・森山みくりと「性愛込みの愛情を持ったパートナー同士」として向き合っていく…というのが、物語の95%を占めていました。あたくしの予想、大ハズレです。

 ただ、ドラマの作り方のうまさったらなかったわ。「自分の恋愛が忙しい人は、わざわざ恋愛ドラマなんて見ない」し、逆に「恋愛なんてそもそも日常の中にないのが当然って人も、美男美女の絵空事など見ても燃え上がったりしない」のが、今という時代。そんな時代でラブコメを作るなら。「燃える」ではなく「萌える」に的を絞らなきゃいけない。それこそが、現代のドリーム…。制作側はそれをきっちり分かっていた感じね。

 「萌える」という単語は(あたくしの偏見もあるでしょうが)、かなりアニメ的な雰囲気を醸し出しますが、「ムズキュン」と言い換えると、あら不思議。とたんに「恋に不器用な大人同士の実写ドラマ」の雰囲気に。その「ムズキュン」の供給装置として、大変に優秀なドラマだったと思います。何度も「うまい!」とうなっちゃったもの。

 で、12月13日オンエアの第10話。童貞を卒業した平匡と、「本当の恋人」になったみくり。もうラブラブです。いい意味で目もあてられません。そして、ラブラブ生活を送りつつも、みくりは、「自分の持ち味が、報酬(ぶっちゃけ、お金)になって返ってくること」というあたくしの予想に、中盤当たりから応える動きを見せてくれました。地元のさびれた商店街のコンサルタント的な業務を引き受けるのです。

 その商店街の面々が、みくりのアイデアとその後の協力を、「無償で使わせてもらうのが当然」みたいな話の流れで盛り上がっているシーンで、みくりは決然と「NO」を言い、さらに続けます。

 「いいですか皆さん。人の『善意』につけ込んで、労働力をタダで使おうとする。それは搾取です。例えば『友達だから』『勉強になるから』『これもあなたのためだから』などと言って、正当な賃金を払わない。このような『やりがい搾取』を見過ごしてはなりません。わたくし森山みくりは、やりがいの搾取に断固として反対します!」

 最近のブラック企業への痛烈な批評になっている、素晴らしいセリフです。こういうセリフをラブコメの中に入れても成立するのは、みくりが「こざかしくて面倒くさい女」(←みくりの自己イメージ)だからですが、しかしこれを聞いた商店街の8人の男性店主たち(見事に男ばかりだった)は、さびれた商店街ゆえにめちゃくちゃ安値ではあるものの、報酬の提示をして、みくりに「お願いします!」と頭を下げるのです。

 一方、平匡のほうは、30代半ばでやってきた「脱・童貞」で、どうもおかしな方向に進み始めます。まずは、「自分の女」になったみくりに、風見(人間関係の機微をきちんとわかっているイケメン)の家でも並行してやっている家事代行の仕事を辞めてもらいたいと告げる。「風見とみくりの間には、お互い恋愛感情がまったくない」ということが分かっているにもかかわらず、です。アレですよ、アレ、童貞とか処女を卒業したばかり(しかし精神的には童貞・処女のまま)の男女がよくやる、アレ。「異性が働いているようなところでバイトとかすんな」みたいな。ま、丁寧な言葉遣いは崩さない平匡ですから、「かわいい嫉妬」として描かれてはいますが、これって要するに、「女の経済のヒモを1本ずつ切っていく」ってことですからね。

 そのお願いを、その場では明るく「わかりました」と受諾したみくりですが、何か小さな鉛でも飲んでしまったのでしょうか、餃子を一緒に作りながらの超イチャイチャシーンで、平匡から「みくりさんがいてよかった」と凄い決めゼリフを言われたのに、心から喜んでいるふうには見えない。「信じられるなら、それで一緒にいられるなら、どんな形でもいいですよね。関係は、それぞれなんだし」という返事も、どこか自分自身に言い聞かせているような表情。当然、精神的童貞のままの平匡は、首をかしげるばかりです(また、この小首をかしげる星野源が、あざといくらいの萌え生産者なのが凄まじい)。

 その後も、「リストラされることが決定し、次の職探しも含めて超忙しい」という大義名分はあるものの、みくりが「家事のプロ」として作ったご飯を「美味しい」とも言わなくなる平匡。前回、会社がてんてこ舞いな忙しさの中、ようやく家に帰って一緒にご飯を食べられるというときに限って、みくりがメインのおかずで大失敗をやらかすのですが、そんな大失敗のおかずにもポジティブな感想を出していただけに、見ているあたくしは余計に「?」となるわけです。

 そして、アタシ的な極めつけが、ディナーのお誘い。これさあ、精神的童貞が知らないのは仕方がないかもしれないけれど、「多少のドレスコードが必要な店かも」くらいの情報は前もって渡しておくのが最低限の礼儀でしょうに。恥をかくのは何も知らずに誘われたほうなのよ!

 あたくしも30歳になる少し前、コレをやられたことがありまして。サンローランとドルガバではあったけれど、Tシャツとジーンズでグランメゾンに連れていかれたときの冷や汗ったらなかったわ。あたくし、入り口でマネージャーに「家に戻って着替えてお邪魔しますから、30分ほど、これは(あまりの腹立たしさに、『彼は』とは言わなかった)隅っこの席に座らせておいてください」と伝え、タクシーに飛び乗って自宅に直行よ。

 そんな昔を思い出したせいかしら、みくりが「こんな服で…」と漏らすのに、そのいたたまれなさをまったく感知せずに「かわいいですよ」と返す平匡に、「お前の判断はどうでもいいんだよ!」とテレビに向かって言ってしまったほどよ。やだ、あたくし、まんまとこのドラマの思惑に踊らされてる!

 んでもって、平匡ったら、このディナーの席で「公的な意味で結婚して、本当の意味で夫婦になってください」というプロポーズをぶちかまします。ご丁寧に、「公的な夫婦になるのが、どんなにお得か」という試算表を見せながら。しかも、これが何より重要なのですが、「結婚したら、お得」の試算のほうは、「みくりがいままで『家事のプロ』としてやっていた労働全般」が「無償」のものと計算されていたのです。

 ここで、みくりが、商店街の男たちに決然と切った啖呵がよみがえります。

 あの啖呵の『善意』を『愛情』に、そして『友達だから』を『妻だから』に、『勉強に』や『あなたのため』を『家族のため』などに置き換えると、あら不思議。共働きであっても家事全般のほとんどを妻が負担しなくてはならなくなったり、実親のみならず義理の親の介護まで妻が(時には自分の仕事を辞めてでも)させられたり…という、身も蓋もない現実が立ち現れます。みくりが、平匡との契約結婚の中で完璧な家事をこなすのは、それが「お金のやり取りがきちんと発生するものだから」という、ドラマ本来の基本が、ここでもう一度浮かび上がるのです。

 脱・童貞という意味だけでなく、平匡が、男に「なってしまった」…。ああ、ブルータス…。

 超イチャイチャなシーンで、どこか幸せそうに見えなかったみくりは、ここでそう気づいたのでしょうか。もう一度、決然と言い返します。

 「それは好きの搾取です」
 「わたくし森山みくりは、愛情の搾取に断固として反対します」と。

 ドラマはここでエンディングテーマ。すべては来週の最終回に持ち越しです。いや素晴らしい!

 正直、「萌える」のが目的でこのドラマを見ていた(何度も言いますが、「そういう目的で見ていた人たちをムズキュン死させただろうな」とサラッと思えるほど、このドラマはその方面のクオリティも高かった)視聴者の何割かは、バッサリ切り捨てられた気持ちになるでしょう。「そこまで言うか?」みたいに思ってる人たち、けっこう多いんじゃないかしら。

 なんだかんだで「搾取されることも含めて、結婚」「搾取されることも含めて、愛情」という考えは本当に根強い。もっと正確に言うなら、その考えはたいてい非常にロマネスクな色のペンキで分厚く上塗りされているがゆえに、多くの人は「搾取」を見抜けない。気づくのは、ロマネスクなペンキが剥げ落ちる頃で、その頃にはもう遅すぎるわけですよ。

 そういう人たちを切り捨てる(あるいは、切り捨てられる)覚悟をしたうえで、今シーズンのラブコメ系ドラマで最高の視聴率をとっているドラマの最後に、「好きの搾取」「愛情の搾取」をブッ込んできた制作側に、あたくしは拍手を送りたい。「いろいろあるけど、結婚したらハッピーエンド」で終わらすほうが、絶対に簡単なはずだもの。

 最終回、「愛情の搾取」は、どんな形で決着を見るのか。あたくしは非常に楽しみにしているわ! やだ、あたくし、ほんとまんまと踊らされてる…。

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